【39】『笑顔の理由』
ラナの暮らす貧民街へと戻るために、馬車を走らせる。
馬車といっても、さすが異世界だけあって、荷台を引くのが六本足の馬だったから、最初は驚いた。
だが六本足のおかげなのか、その二頭立ての馬車が、なかなかにスピードが速い。
それをククルが御者台で、お得意の鞭を振るいながら巧みに操っている。
もちろんこの馬車を用意したのもククルだ。
暴虐の限りを尽くしていた人食い王が、まさかの魔族で、その上突然の襲来者に討たれたのだから、今、王都は混乱の頂点に達している。
俺たち暗殺の実行犯が、こうしてぬけぬけと逃げおおせてこれたのも、そのおかげだ。
その混乱に乗じて、馬車まで拝借してきしまうのだから、ククルの抜け目のなさには本当に頭が下がる。
「追っ手は、来ない様だな」
荷台から後ろを気にする俺に、
「王が討たれたとはいえ、その王が魔族だったんですからね――。混乱しているのもあるのでしょうけど、仇討ちの討伐隊など編成する意義もないのでしょう」
ククルが情勢を分析しながら、客観的な感想を述べる。
確かに暴政を敷いてきた王が殺されても、人民は喝采するだけだ。
それが人食いの魔族だと分かったのなら、なおさらだろう。
だが、これで逃げられるのなら好都合だ。
徒歩で来た往路とは違って、この馬車のスピードなら一日もかければ、貧民街に戻れそうに思える。
『レオ、ククル、よいかの?』
脱出が一段落したところで、センチアが念話で語りかけてくる。
『ああ――』
俺は短く答える。
暴食王こと王兄の討伐は成功した――。
だが俺たちの真の目的は、果たされていない。
それについて、俺たちは話し合わなければならない。
『ワシも王兄が『暴食神』ではないかと思ったが、まさか人食いの魔族だったとはな……。やれやれ、見誤ってしもうたわ』
センチアが今回の討伐を、簡潔に総括する。
俺たちは、判明したミッション――『二者択一しないと出られない異世界』に基づいて、大陸を東西二分して争う、王兄と王弟のどちらかが『暴食神』の分裂体だと予想した。
そこで王兄が『暴食王』の異名を取る事を知り、ラナが受けた『依頼』と合わせて、その討伐に乗り出したのだが――。
結果、見事に予想を外してしまった。
思い返せば出発の時、俺の固有スキル『裏読み』も警告を与えてくれていた。
その時、俺はいったい何が悪手だったのか分からなかったが、今になってみれば至ってシンプルな警告だったのだと頭を抱えたくなる。
『二者択一――。そこから考えますに、『暴食神』は王弟だったという事でしょうか?』
ククルが次への道を指し示す。
いたって妥当な結論だ。
――二つに一つ。
その片方を外したのなら、正解はもう片方であるはずだ。
『フム……』
センチアも一息おいてから、
『もし王弟が『暴食神』ならば、必ずワシらは引かれ合う。『大罪のカルマ』を持っておるかぎり、その必然が起こるはずなんじゃ』
と断定はしないまでも、その可能性を否定しない。
慎重な口ぶりから、センチアも今回の討伐が空振りに終わった事に、責任を感じているのかもしれない。
『それなら――』
前に進むだけだ――、と俺が口を挟もうとした時、
「レオさん――」
これまで無言だったラナが、突然声をかけてくる。
ラナは俺と向かい合う形で、荷台の後部に座っている。
今は今後の方策を協議するために、念話に集中したかったが、
「ん、どうした?」
放っておく訳にもいかないので、その呼びかけに笑顔で耳を傾ける。
「レオさん。今回の事、本当にありがとうございました」
そう言って、ラナが深々と頭を下げてくる。
「お、おい……」
いきなりの事に、俺は慌ててしまうが、
『ダーリン、しばらく黙って聞いていなさい』
背中合わせのククルが、チラリと横目で後ろを振り返りながら、念話で語りかけてくる。
その珍しい命令口調に、俺も黙ってそれに従う事にする。
「今回の事は、私のお母さんが王弟様から、暗殺の『依頼』を受けた事から――。ううん、もっと前から――、私が人殺しの『依頼』を受けていたから……」
ラナは、自分の血塗られたこれまでを振り返ると、
「すべて私の――、私の家の事情でした。巻き込んでしまって、本当にすみませんでした」
そう言って、俺に向かってまた深々と頭を下げてくる。
「…………」
いやそんな事は――。と言ってやりたかったが、ククルに釘を刺されている事もあり、俺は黙ってラナの言葉を聞き続ける。
「レオさんは、異世界の人で神様の眷属――。それに世界を救うという使命も、背負っています」
王兄討伐が終われば即転移する前提で書いた、すべてを記した手紙――。
そのせいで、ラナは真実を知っている。
「この戦いが終わったら、一緒に逃げよう――。って言ってくれましたよね?」
俺がラナの『限界突破』を引き出すためについた嘘――。
それをこの場で持ち出されて、息が止まりそうになる。
だが、
「嘘なんでしょ? 分かってますよ」
そう言って、ラナは微笑んでくれる。
「嘘でも……、嬉しかったですよ」
その笑顔は『限界突破』に挑む直前の、あの達観した様な笑顔と同じだった。
ラナは俺の嘘に気付いていた。
気付いていて尚、俺のために戦ってくれた――。
その事実に、俺の心は張り裂けそうな痛みを覚えた。




