【38】『今ここにいるという事』
「――――」
声が……聞こえる。
幼い女の声だ。
ところで、ここはどこなんだ?
真っ暗で、何も見えやしない。
どうして俺はこんな所に……?
ダメだ、意識が混濁している。
「――のに」
ん? また声が聞こえるぞ。
悪ぃけど、もうちょっと大きな声で喋ってくれねえか?
こちとら体に力が入らなくて、なんだか耳まで遠くなってんだ。
「だから――」
うんうん、だから?
「――違うって言ったのに」
――――⁉︎
なぜかその瞬間、体が硬直する様な感覚を覚える。
――何かとてつもない間違いを、俺は犯した。
意味は分からないが、それだけはハッキリと分かったのだ。
「待て、お前はいったい――⁉︎」
そう言おうとしたが、声が出ない。
クソッ――!
無性に心が焦っていく。
同時に混濁していた意識が、覚醒していくのを感じる。
そして突然、目の前の暗闇が晴れていった――。
「――――⁉︎」
今後は視界が青一色になった事に、少しだけ驚く。
それが雲一つない青空だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「レオさん!」
呼びかけられた声に首を回すと、ラナの顔が見えた。
「ラナ……?」
俺はラナの顔を下から見上げていた。
少し視点をずらすと、細い体には少しアンバランスな、ほどよく大きな胸のシルエットが映る――。
まさか……、これは?
やっと俺にも状況が把握できた。
俺は今――、ラナに膝枕されている。
「うわっ、ゴメン!」
飛び起きようとする俺に、
「コラ、レオさん! まだ傷が塞がったばかりなんですから、じっとしていてください!」
そう言って、ラナが体を押さえつけてくる。
柔らかく俺の顔面をプレスする胸の感触――。
――ああ、ここは天国ですか?
突然訪れたラッキースケベに、夢見心地になる。
だがそんな俺を、
「やっと目が覚めた様ですわね――。ダーリン」
というククルの声が、一気に現実に引き戻す。
そのショックのせいか、だんだん記憶が戻ってきた。
俺たちは『暴食神』である王兄を倒すために、王都まで乗り込んで来たはずだ。
なのに、ここは王都ではない――?
「ここはいったい……。どうして俺は――」
「王都から離れた林の中ですわ――。ダーリンは王兄を倒した後、気を失ったので、私と彼女でここまで運んできたんですのよ」
ククルが簡潔に、疑問に答えてくれる。
そういえば俺は死にかけの状態で、魔族の姿となった王兄に、対物ライフルをぶっ放したんだった。
――俺の狙撃、ククルの援護、そしてラナの『限界突破』。
そこに至る経緯も、すべて思い出した。
激しい戦いだったが、ククルとラナが、共に健在という事に安堵する――。
そして、王兄が投げた石像の破片で負傷した、俺の腹の傷も塞がっていた。
見れば今もラナは、膝枕の姿勢で横たわる俺の腹に手をかざし、『再生』のスキルをかけ続けてくれている。
「ラナ……」
それに俺が感謝しようとすると、
「言っておきますが、傷を塞いだのは私ですからね。もう放っておいても大丈夫なのに、彼女がどうしてもと言うから、仕上げをさせているだけですわ」
と、ククルが少し呆れ顔で、口を挟んでくる。
ラナの気まずそうな顔から、それが本当なのだと俺も理解する。
「すまない、ククル。ありがとう」
すぐに俺は順番をあらため、まずククルに正当な感謝を述べる。
HPの供給もそうだが、ククルがいなければ、俺は何一つ果たす事ができなかっただろう。
「まったく最後の銃も無理に錬成するから、銃身がひしゃげて余計なケガまで負って――。本当に手がかかりましたわ」
ここでデレれば可愛いのに、ククルはさらに苦言を呈してくる。
だがククルの指摘で、俺が最後の勝負をかけた対物ライフルの錬成が、ギリギリだった事が判明する。
いやギリギリじゃない。暴発こそしなかったが、銃身が変形していたのなら、俺は不良品を錬成したという事になる。
発砲煙がきついとは思っていたが、それも銃身の破損による影響だったのかもしれない。
という事は、下手をすれば、王兄だけでなく俺の五体も吹っ飛んでいたかもしれないと思うと、今さらながらゾッとしてくる……。
反省材料は山積みだ――。
だが王兄は倒せた。
だから、
「ラナもありがとう」
と、俺は順序を守った上で、今度こそラナに感謝の言葉を贈る。
今、俺を思いやってくれる事もそうだが、『限界突破』の斬撃がなければ、肉体強化した王兄を倒す糸口は得られなかった。
「いいえ、レオさん――、私の方こそです。私のために戦ってくれて……、本当にありがとうございます」
ラナもそう言って、満面の笑みを返してくれる。
だがそこで、俺はハッとなる。
今、俺の目の前にラナがいる。
という事は――、俺は転移していない⁉︎
『センチア⁉︎』
俺は近くにいるはずのセンチアに、念話で問いかける。
『レオ……、奴は『暴食神』ではなかった』
俺の意を察した様に、センチアが短く答える。
『なっ――、マジか⁉︎』
動揺する俺に、ククルがさらに明確な答えを与えてくれる。
『ダーリン――。私たちは……『二者択一』を外したんですわ』




