【36】『少女の願いを踏みにじれ』
「レオさん……」
俺の申し出に、ラナが呆然としている。
――俺と一緒に遠くに逃げよう。
それはラナの願望を、百パーセント叶えてやるものだった。
ただし、
――この戦いが終わったら。
という枕詞は、我ながらどうかしていた。
無意識の発言だったが、わざわざ自分でフラグを発動させてしまった様なものだ。
まあこれは地球、しかも日本だけの局地的フラグだから、異世界人のラナにはピンとこないだろう。
だが、俺の言っている事は『嘘』なのだ。
ラナの事が大事なのは本当だが、この戦いが終われば――、王兄討伐が終われば、俺は別の異世界に転移する。
それに、わざわざ自分でフラグ立てしてしまった厨二センスは、さすが俺と言わざるを得ない……。
ラナからは、まだ何も言ってこない。
表情からして、嬉しく思っているのは間違いなさそうだが、今ここでゆっくり喜びを噛みしめられるのも、ちと都合が悪い。
なぜなら俺の真の目的は――、今もククルと激しい戦闘を継続している、王兄を倒す事だからだ。
そのためには、ラナの固有スキル『限界突破』による斬撃が必要なのだ。
だが『限界突破』には、相当の集中力が必要になる。
乱れた『気』では、なんの成果も得られないのだ。
だから、ラナの心を穏やかにして、静かに『気』を練らせる必要があった。
俺の『嘘』は、そのためのものなのだ。
ラナの夢は、俺と結ばれ、静かに暮らす事だ。
そこに現れたククルの存在に、ラナは抑えていた感情を爆発させ、激しい嫉妬の炎を燃やした。
だからまずは、その不安をすべて否定してやらなければならない。
――一番大切なのはお前だ。
――一緒に遠くに逃げよう。
今日び、三流のジゴロでも言わねえ様なセリフを、俺がいけしゃあしゃあと言わなければならなかったのも、そのせいだ。
本当に、俺は最悪だ。――最低の嘘つきだ。
だが、もう後には引けない。
――ラナ、だから『限界突破』を使って、あいつを倒してくれ。
俺はこれから、そう言わなけりゃならない。
だって、それが俺の真の目的なのだから……。
あー、クソ、マジで最悪だ。
俺は女の心を利用して、踏みにじって、そんでテメエの望みを叶えようとしてんだからな――。
だが時間稼ぎをしてくれているククルのためにも、急がなければならない。
これもラナにとっては、恋敵を救う様なモンだから、まったく俺は最低だ。
それでも俺は言わなければならない。
――世界を救うために。
それを立て前として、一人の女の子の純粋な気持ちを踏みにじるんだ!
俺が覚悟を定め、口を開こうとした瞬間、
「分かりました、レオさん」
そう言ってきたのは、ラナの方だった。
「ラナ……?」
「王兄を倒しましょう。なんとか私、頑張ってみます」
その顔はやはり喜色を帯びてはいたが、どこか達観した様な表情に、俺は不安を覚える。
「傷は大丈夫ですか?」
冷静になったのか、ラナは状況を的確に処理していく。
「ああ、なんとかな」
いまだ激痛が続く致命傷レベルの傷だが、ラナの『再生』のスキルのおかげで、幾分出血量は減っていた。
これならククルからのHP供給で、なんとかもちそうだった。
「また後でスキルをかけますから――、少しの間だけ我慢していてください」
ラナはそう言うと、俺に背を向ける。
そして開かれた右手に――、恐ろしいほどのサイズの大鎌が錬成される。
「私は怠け者……、怠け者……、怠け者……」
ラナが己を鼓舞するための、呪文の様な詠唱が始まった。
「だから頑張らなくちゃ……、頑張らなくちゃ……、頑張らなくちゃ……」
スキル『洞察』でラナのステータスを確認すると、今後こそ各スキルレベルが文字通り、爆上がりしていた。
その中でも、俺は『斬撃』のレベルに注目する。
王兄のスキルレベルは軒並み40を超えていた。
今は身体強化をかけているので、もう少し上積みされていると見るべきだ。
だから、せめて『斬撃』のスキルレベルが50は欲しい。
そうでなければ、あの王兄の強靭な皮膚を斬り裂ける可能性は低い。
ラナの『限界突破』は一撃必殺――。初撃が通らなければ、次も同じ事になる。
――44、45、46。
よし、あともう少しだ。
「私ならできる……、私ならできる……、私ならできる……」
ラナも詠唱の仕上げに入っていく。
――48、49、50。
50を超えた! これなら!
前のめりになる俺の耳に、
「レオさんのため……、レオさんのため……、レオさんのため……」
という、新たな文言が聞こえてくる。
「――――⁉︎」
――53、54、55。
上がり続けるスキルレベルに、俺は唖然とする。
「レオさんのために――、私は戦う!」
ラナがそう言い終えた時、
スキル:『斬撃:LV61』
ついにラナの『斬撃』はレベル60を超えた。
「ああああああああああーっ!」
まるで準備が整ったと言わんばかりに、ラナが咆哮を上げる。
その姿はまさに、王弟の前線指令たちを瞬殺した時と同じ、鬼神を思わせるものだった。
そして、ラナが地を蹴って踏み出す。
――頼む、ラナ!
その背中に向かって俺は祈る。
同時にまた意識が遠のきそうになる――。
だがそんな自分を、唇を噛み破る事で覚醒させる。
――こんなところで……、ラナの気持ちを弄んでおきながら、俺はオチオチ死んでなんかいられねえんだよ!
こうするしかなかった怒りを、自分にぶつける事で、最後の力に変換する。
なぜなら俺にもまだ――やるべき事があるからだ。
――ごめんな、ラナ。俺はどこまでも冷徹だな……。
そう思いながら、血にまみれた両手を広げると、俺は新たな武器の錬成を開始した。




