【35】『悪になる』
「グハアッ!」
絞り出す様な声が、喉の奥から漏れ出す――。
どうやら俺の腹に刺さった石像の破片は、背中まで突き抜けているらしい。
センチアの固有領域内の死闘でも、ここまで明確な外傷を負った事はないので、どう対処していいか分からない。
腹部から流れ出す血も止まる様子がなく、なす術がない俺は激しく動揺する。
同時に、だんだん意識も遠のいていく――。
――まずい……、これは死ぬ。
膝をついた瞬間、俺の左足首が鈍い光りを放つ。
「――――!」
視界の先に、王兄と戦いながら俺に向けて手をかざす、ククルの姿が映る。
そのククルの右足首も、同時に鈍い光を放っていた。
――ククルの固有スキル『女王様のご褒美』。
己に隷属する者への、女王からの加護が発動する。
俺とククルの、それぞれの足首に結ばれた赤い縄――。
それを経由して俺にHPが供給されていく。
――ああ……、またこれか……。
異世界に来ても、また同じ事の繰り返しに、違った意味で気が遠くなっていく。
だが、これで当座の命は繋げた。
問題は、たとえ蘇生しても傷口が塞がらなければ、死ぬ、蘇生、死ぬ、を繰り返す無限ループになってしまう事だ。
あの生き地獄は正直、もう避けたい。
とはいえ、俺には『再生』のスキルがない。
自然治癒にまかせていれば、きっと百年たっても治りはしないだろう。
ククルなら『再生』のスキルを持っているが、王兄と絶賛戦闘中の状態では、仮にここまで来れても、集中して俺を治療する事はできない――。
そんな事を考えているうちに、また出血のために意識が薄らいでいく。
やはりククルがスキルを使って、HPを供給してくれるが、これはこれでジリ貧状態に陥っている事に、俺は焦りを募らせていく。
――やばいぞ、これは……!
と思っていると、
「ごめんなさい、レオさん!」
というラナの絶叫が聞こえてくる――。それはもう半分、涙声だった。
「血が……、早く、早く……!」
ラナが慌てながら、膝立ちで動けない俺に『再生』のスキルをかけてくる。
低いレベルだったが、ラナも『再生』を持っていた事を思い出す。
だが、大量出血の傷にラナ程度の『再生』では、とてもではないが治癒が追いつかない。
「レオさん! レオさん!」
ラナの声を聞きながら、意識を遠のかせる俺に、またククルのスキルによりHPが注ぎ込まれ、なんとか覚醒する。
――まずい! マジで早く勝負をかけなければ、本当に終わる!
負けパターンが見えてきた俺は、真剣に慌て出す。
勝つためには、ラナの『限界突破』が必要だ。
だがこの状況から、どうやってラナを奮い立たせる事ができる――?
ククルもそれを考えろと言っていた。
激痛に加えて、遠のく意識とも戦いながら、俺は思考をフル回転させるが、やはり何も思いつかない。
一つの方法を除いては――。
その方法さえ実行すれば、ラナは絶対に俺のいう事をきいてくれる。
それは最初から分かっていた。
ならどうして、そうしなかったのか?
もしそれを使えば――、俺は『悪い男』になってしまうからだ。
俺としては、今でもそれだけは避けたい……。
だが、もう迷ってはいられない!
俺が決断しなければ、すべてが終わる。
逆に、俺さえ決断すれば、すべてを救えるんだ。
そのためには――、俺は『悪』になろう!
――すまない、ラナ。
心で詫びてから、口を開く。
「ラナ……」
「レオさん、ごめんなさい。私、私……」
どうやら俺が負傷した事で、ラナは正気に戻った様だ。
半泣きの声だが、さっきまでの混濁した気迫は消え失せている。
それならと、俺は『策』を遂行する。
「俺こそすまなかった。黙っていなくなろうとして――」
「レオさん……」
ラナの目が喜色を帯びてくる。
俺の言葉は、確実にラナの心に響いている。
同時に激しい罪悪感にも襲われる。
その時、まだ王兄と激しい戦闘を続けるククルの姿が、視界の端に映る。
けっして弱音を口にしないが、そろそろククルも限界だろう。
ここで躊躇している訳にはいかない――!
「ラナ……」
「はい……」
「俺が一番大切なのは――お前だ」
「――――!」
ついに言ってしまった。
ラナも俺からの突然の告白に、目を丸くしている。
「だけど、俺にもどうしようもできなかったんだ。分かってくれ……」
言い訳モードの自分に、我ながら引いてしまう。
「私もレオさんの気持ちも知らないで……、ごめんなさい」
あー、ラナの奴、完全に信じちゃってるよ。いや嘘じゃないけど、なんかゴメン……。
だが、ここで怯んではいられない。
ラナには、俺とククルを救うために『限界突破』を発動してもらわなくてはならない。
もう時間もない。心苦しいが迷っている暇はないんだ!
「ラナ……」
次の言葉を、固唾を飲んで待っているラナを見つめながら、俺は『策』の仕上げにかかる。
「この戦いが終わったら――、俺と一緒に遠くに逃げよう!」




