【29】『魔の正体』
距離三百メートルの狙撃が成功した――。
宴の最中、突然巻き起こった王の暗殺劇に、広場に集まった民衆が騒然としている。
スナイパーライフルによる狙撃のため、この世界の人間には、いったい何が起こったのか理解できないだろう。
犯人の俺でさえ『剣と魔法のファンタジー』の異世界で、まさか実銃によるリアル狙撃をやるハメになるなんて、思ってもみなかったのだから……。
だが、本当にギリギリの勝負だった。
特に場の流れを変えてくれた、ククルの機転には本当に感謝する。
あれがなければ、ラナも俺に気付いてはくれなかった。
まあ、あの芝居じみた演出には少々言いたい事もあるが、この際不問とする。
とにかく俺は、ラナの手を汚す事もなく、『依頼』である王兄暗殺をやり遂げた。
同時に『暴食神』の討伐も――。
という事は、
これでラナともお別れだ……。
まもなく俺は、センチアとククルと共に別の異世界に転移するだろう。
王兄の暗殺にいまだ騒然とする舞台上で、まだラナは俺を見つめている。
手紙を残したとはいえ、何も言わずに消えていく俺を、ラナはどう思うだろうか……。
考えると胸が苦しくなる。
偽装のためとはいえ、美しいドレスをまとったラナは本当に綺麗だった。
せめて最後くらいは、豆粒みたいな大きさではなく、ちゃんと顔を見たかったぜ……。
やるせない思いに、涙ぐみそうになる俺に、
『おい、レオ……』
センチアが念話で語りかけてくる。
やれやれ、もう転移か――、と思った瞬間、
『あ奴、まだ生きとるぞ!』
とんでもない内容に、俺も急いで、倒れた王兄に目を移す。
ヘッドショットを食らった王兄はいまだ倒れているが――、確かにその手がヒクヒクと動いているのがスコープ越しに確認できた。
『どういう事だ、センチア⁉︎』
傍らにいる俺付きの近衛騎士を憚って、一応念話で問いかける。
『ワシにも分からん……。いや、この瘴気! まさか――⁉︎』
センチアがそう言った瞬間、王兄が立ち上がった事に俺は愕然とする。
そして王兄は大穴の開いた額に指を突っ込むと、なんと撃ち込まれたラプアマグナム弾を自分で取り出してしまった。
それが意味するものを、俺は瞬時に理解する。
――千メートルの距離から撃っても、ボディアーマーを撃ち抜ける弾丸が、人間の頭を貫通できなかった。
それは、もはや人間ではない。
いや、もし奴が人間じゃなかったら――⁉︎
それに思い当たった瞬間、
『レオ、伏せろ!』
センチアの声に慌てて身をかがめた俺の横で、近衛騎士の首が吹っ飛んだ。
『なっ⁉︎』
『チッ、魔弾を放ってきおったわ!』
腰を抜かしそうになる俺に、センチアが苦虫を噛み潰した様な声で言ってくる。
魔弾――⁉︎ スキルか⁉︎
と、舞台上に目を戻すと、王兄の体がムクムクと大きくなっていくのに息を呑む。
「おおおおおーっ!」
獣の様な雄叫びが、三百メートル離れたここまで聞こえてくる。
『しまった……、見誤ったわ。奴は――魔族じゃ!』
センチアの声と同時に、王兄の体が二足歩行の獣へと変化を終える。
いや獣どころじゃない。あれは正真正銘の悪魔だ!
そして凶悪な獅子の顔となった王兄が――、手当たり次第に周囲の人間を食らい始めた。
「ギャーーーッ!」
湧き上がる悲鳴の数々。
一瞬で広場が、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「おい、センチア――⁉︎」
『ええい、分かっとる!』
俺の呼びかけに反応したセンチアが、次の瞬間、現界してその姿を現した。
そして宙に浮いたまま、俺の肩をガッと掴む。
「お、おい⁉︎」
「万が一に備えて、力を溜めとったが……。やむを得ん、いくぞレオ!」
そう言うなり、センチアは俺を抱えたまま上昇したかと思えば、次の瞬間、高さ五十メートルの塔から一気にダイブする。
「うわわわわーっ⁉︎」
「一直線にいくぞ、レオ! 準備しておけ!」
「――――!」
予期せぬスカイダイビングに顔面蒼白になる俺だったが、センチアが俺を抱えたまま飛行している事に気付き、気を取り直す。
そのまますごいスピードで広場に近付いていくと、まだ舞台の中央で、魔物と化した王兄から女たちを逃がそうとする、ラナの姿が目に映る。
「ラナ、お前も早く逃げろ!」
叫んでも混乱のため、今度は声が届かない。
「クソッ!」
舌打ちしながら、俺はまだ手にしていたブレーザーR93を消して、次の武器を考える。
もう狙撃ではない。必要なのは近接距離での連射性だ。
それならハンドガンじゃダメだと判断した俺は、
――よし、こいつでいく!
アサルトライフルである――ステアーAUGを錬成する。
――まずはこいつを空中からぶっ放す!
そう意気込んだ瞬間、
「あ、もう限界じゃ」
という、センチアの疲れ果てた声が、頭の上から聞こえてくる。
「えっ?」
「あとは任せたぞ、レオ!」
そう言うなり、センチアは最後の力を振り絞って、俺を放り投げるとフッと姿を消す。
おいおいおい、この状況でネタじゃなくて、本当に現界の限界がきちまったのかよ⁉︎
慌てる俺が舞台に目を戻すと――、漆黒の巨体の上にそびえる獅子の顔が、こちらを見ている事に気付く。
つまり――王兄と一直線に見つめ合っていた。
これはヤバイ……。
俺はまだ放り投げられた反動のまま、体勢が整っていない。
もちろん銃を撃つ事もままならない。
何もできないまま、みるみる舞台が近付いていく。
そしてなにやら、王兄が獅子の口を大きく開けている。
その中に――、ドス黒い光が渦巻いているのが見えた。
俺は直感で、それがセンチアの言っていた、近衛騎士の首を吹っ飛ばした『魔弾』だと分かった。
――ヤバイ、ヤバイ、マジでヤバイぞ!
慌てる俺は、丸まった体のまま、まさに格好の標的として王兄に向かって飛び込んでいった。




