【28】『赤の救世主』
最初の女が選ばれてから、約十人の品定めが進む中、さらに二人の美女が王兄によって選ばれる――。
これが妃や側室になれるのならば、まだマシだが、この女たちは食われるのである。
悲鳴を上げ、泣き崩れる女たちの姿に、早く王兄を殺さなくてはと気持ちが焦っていく。
だが、どうしても一列に並んだ『女の壁』がスナイパーライフルの斜線に重なり、引き金を引く事ができない。
たとえ女が倒れても、その時には王兄はそれを顧みる事もなく、次の美女の前に移動している――。
一撃必殺の時が、一向に訪れないのだ。
ラナの番が来るまで、あと約十人。
時折、確認するラナの背中に、俺にだけ分かる鈍い光が漂い始めた様に見える。
ラナは無意識の内に、固有スキル『限界突破』を発動しようとしている――。
これはまずいと、焦りが募っていく。
そもそもの計画では、ラナが単身で王兄を殺すはずだった。
それを俺が肩代わりするために、こうして狙撃に臨んでいるのに、このままでは元も子もなくなってしまう――。
何か手はないのか……⁉︎
俺は周囲の状況を、あらためて確認する。
祭壇の様な舞台は遮蔽物はないものの、かといって、何かこちらに有利に働く造りにはなっていない。
護衛は王兄を憚って下がってはいるものの、やはり女たちが一番の障害になっている。
それなら『女の壁』の中に、何か突破口はないかとスコープを覗き込む。
王兄は向かって左から右に進んでいるので、何かあるならまだ品定めが終わっていない右側の女たちだ。
そう思って目を凝らすが、美しく着飾った女たちが規則正しく並んでいるだけで、何か特別なものがある訳でもなかった。
あえて言うなら、ラナの五人ほど右隣の女の衣装が、やけに赤く映えているという事だけ……。
――赤⁉︎
俺はスコープの焦点を、その女に合わせる。
次の瞬間、美しい金髪の女が首だけをこちらに向けると、パチリとウインクをしてくる。
――ククル⁉︎
叫びそうになるのを、必死に抑え込む。
本当に心臓が止まるかと思うほど驚いた。
いつものツインテールをほどいてはいるものの、それは間違いなくククルの姿だった。
どうしてあいつがここに……?
いや、あいつの事だ――。王兄の事を調べるために別行動を取ると言っておきながら、すべてを見通した上で、ここに先回りしていたに違いない。
まったく、お前は峰不◯子かとツッコミたくなる。
だが、この状況でこれほど力強い味方はいない。
それにククルは、俺が狙撃に挑もうとしている事を理解している。
なら、きっとククルが状況を打開してくれる。
それを信じて、俺は再びスコープを王兄の頭に合わせ直す。
ラナの順番が来るまでに、さらに一人の女が選ばれた。
だが、その女は呆然と立ち尽くすだけで、やはりチャンスは訪れなかった。
そしてラナの隣の女が品定めされる。
――これを逃せば、次はラナだ!
焦りながら必死にスコープを覗き込むが、その女が選ばれる事はなく、ついにラナの順番が来てしまった――。
王兄がラナの前に立つ。
その手が――ラナの顔に伸びる。
顎を持ち上げ、舐める様にその顔立ちを確認しているのが、ここからでも分かる。
――やめろ! その下卑た目でラナを見るな! その汚れた手でラナに触れるな!
全身の血が逆流しそうなほどの怒りが込み上げる。
同時に下げたままのラナの右手が、ゆっくり開いていくのが見えた。
――ラナが『限界突破』を使おうとしている!
背中越しで顔が見えないが、俺には分かる。
今、ラナは王兄を睨みつけている。
そして、本当はか弱い心を、精一杯に奮い立たせている。
王兄に選ばれた女たちを救うため。貧しさに耐えている家族のため――。そして未来を約束した俺のために。
ラナの右手が鈍い光を帯びていく。
大鎌が錬成されれば、きっとラナは王兄に斬りかかる。
――だめだ、ラナ! そこをどくんだ! 俺に任せるんだ!
やはりライフルの射線にラナがいるため、俺は手も足も出せない。
頼む――、俺に気付いてくれ!
絶望に心が砕けそうになる。
――誰か……助けてくれ。
そう思った瞬間、
――パーン!
と、舞台上に乾いた炸裂音がこだまする。
目を凝らすと、舞台上で漆黒の長い鞭を、床に叩きつけている女がいた。
「ククル⁉︎」
誰もがククルの突然の奇行に目を奪われている。
もちろん――ラナの目も。
ククルの正体に、気付いたラナが驚いている。
それに向かって薄笑いを浮かべるククルは、空いた手の親指を立てると、それをクイと後ろに向けて振る。
「――――⁉︎」
何かに気付いたラナが、後ろを振り向く。
「ラナ!」
俺はラナに向かって叫ぶ。
だが三百メートル離れた塔の上にいる、俺の声に気付く訳がない。
なすすべなく、ただ呆然とする俺の耳に、
「レオさん!」
という声が飛び込んでくる。
聞こえた訳じゃない。
それでも遠く離れたラナが俺を見つけ、そう叫んだのが俺にはハッキリ分かったのだ。
「ラナ、そこをどけ!」
俺も声のかぎりに叫ぶ。
普通なら聞こえる訳がない。
だが――、ラナは頷くとすぐに、その身を王兄の前から翻した。
『レオ、今じゃ!』
センチアの念話と同時に、俺も引き金を引いていた。
ブレーザーR93タクティカルが火を吹き、.338ラプアマグナム弾が空気を切り裂きながら、一直線に飛んでいく。
時間にして数秒もなかっただろう――。
次の瞬間、額を撃たれた王兄が、のけぞりながら後ろに吹っ飛んでいった。




