【27】『狙撃』
初めて挑む狙撃に、緊張が高まっていく――。
そんな俺をさらに動揺させたのが、王兄の容姿だ。
堂々たる体躯は王としての風格を漂わせ、長く伸ばした頭髪と髭が、まるで獅子のたてがみの様に見える。
その威圧感は周囲を圧倒し、広場に集まった人々が皆、神か悪魔でも見る様に怯えている。
それが三百メートル離れた、スコープ越しでも分かるのだ――。
――これが暴食王。いや『暴食神』なのか!
『センチア。本当に奴が『暴食神』の分裂体でも、銃で殺せるんだな?』
今も思念体として、俺に随行しているセンチアに念話で問いかける。
『ああ、説明した通りじゃ。奴はまだ実体化しておらん――。という事は、奴はまだ誰かに寄生する必要がある『幼体』に過ぎん』
センチアはそう前置してから、
『じゃから、今なら寄生主を倒せば、奴も消滅する。よしんば、奴が別の寄生主に移るために姿を現せば、その時はワシが現界して奴を討つ!』
と、俺の不安を払いのける様に、力強く請け合ってくれた。
『そのためにワシは、力を溜めておくぞ――。まあ、お前があの暴食王をすんなり討てば、ワシは楽じゃから……』
さらにセンチアはそう前置きしてから、
『頼んだぞ。ワシが見込んだ――『強欲』の眷属よ』
静かな声だが、俺にエールを送ってくれた。
『ああ、任せとけよ』
俺もセンチアの言葉に気合いが入る。
我ながらチョロいと思うが、体に力がみなぎる気がしてくる。
同時に、暴食王の姿に気圧されていた心も落ち着いてきた。
――フフッ、そうだよな。
我ながら、可笑しくなる。
――相手が『暴食神』でも、俺も『強欲神』の眷属じゃねえか。ビビるこたぁねえ!
センチアのおかげで、それに気付けた。
力を得た俺は、ターゲットを確認するために再びスコープを覗く。
その時、ちょうど宴のメインイベントである美女たちが登場してきた。
見ると、どの女にも介添えが付いている。
それが女たちが逃げ出さない様にするための、『鎖』の役目をしている事は、漂う雰囲気ですぐに分かった――。
女たちは一様に怯えた顔をしている。
無理もない。まだ聞いた話でしかないが、選ばれれば王に食われるのだ。
きっと女たちも、噂話だとしてもその事を知っているのだろう……。
いくら異世界とはいえ、胸糞悪くなってくる。
そんな時――、舞台の上にラナが上がってきた。
「ラナ……」
美しく着飾った姿に、目を奪われる。
いつもは粗末な服ながら、素朴な可愛らしさを振りまいていたラナ――。
そんな彼女が衣装を変えるだけで、まるでおとぎ話のお姫様の様な、美しい淑女へと変身したのだ。
まだ知らなかったラナの魅力に、思わずため息が出そうになる。
だが、ここは暗殺の現場だと、必死に自分を取り戻す。
よく見ると、ラナの隣には介添えに扮した近衞騎士も、ちゃんと付いていた。
偽装と潜入がうまくいった事を確認して、ひとまず安心する。
――だが、本番はここからだ。
あくまで近衛騎士には、ラナの逃走を援助してもらう。
王兄を殺すのは――、俺の役目だ!
そして舞台に揃った美女たちが、横一線に並ぶ。
ついに王兄による品定めが始まるのだ。
漆黒の衣装を揺らしながら、悠然と王兄が列の端に足を進める。
同時に、護衛がその側から離れる――。
美女たちは、集まった民衆に背を向けている。
結果として王兄は、民衆と正面から向かい合う形となった。
分かってはいたが、さすがに護衛なしで、無防備な背中を晒すヘマはしない様だ。
その王兄が向かって左から、美女の品定めを始める――。
頭から足先まで、舐める様に見られる女たちの恐怖が、離れたここまで伝わってくる。
一人、二人、三人と品定めが進み、五人目で王兄はピタリと足を止めると、何やら介添えの男に話しかけている。
次の瞬間、女の悲鳴が上がる。
どうやら王兄は、その女をまず選んだ様だ。
逃げようとする女を、介添えの男が腕を掴み、逃がさない。
選ばれる事が、残酷な死を意味していると分かっていなければ、ありえない光景だ。
「クソッ!」
今すぐにでもライフルをぶっ放して、王兄の息の根を止めてやりたい。
だが、どうしても射線に女たちが入っていて、引き金を引くチャンスがない。
常時発動スキルである『射撃』のレベルは、現時点で20だ。
距離百メートルでテストした時は、百発百中だったが、今回の狙撃は三倍の三百メートルだ。
外す事はないだろうが、それも射線がクリアである事が大前提だ。
状況は集められた美女たちが、まるで『人間の壁』の様になっている。
同時にこれは、集まった民衆が王兄を害そうとしても、同様の防御効果がある事に気付く。
なるほど、これなら王兄が護衛を遠ざけても、安全な訳である。
――これは想像以上に厄介なミッションだ!
そう思うと同時に、ラナの身が心配になり、スコープを右にずらすと、ちょうど列の中央にいるラナの横顔が見えた。
皆、一様に怯える美女たちの中で、その顔だけが凛とした光を放っていた。
それがラナの怒りである事を理解した俺は動揺する。
このままでは、きっとラナは自分の番が来た瞬間、王兄に斬りかかるだろう。
そうなれば成否にかかわらず大立ち回りになる。
俺がもっとも避けたかったシナリオ――。
それが現実のものになろうとしていた。
ラナの番が来るまで、あと約二十人。
それまでにケリをつけなくてはならない。
再開された品定めの中、俺はスコープを覗き、必殺の一瞬を息を殺して待ち続けた。




