【22】『それぞれの覚悟』
「――――⁉︎」
ラナの母親が口にした、最後の『依頼』――。
その暗殺対象が『暴食王』の異名を取る王兄である事に、俺は愕然とする。
センチアとククルと協議の上、俺たちが『暴食神』であろうと見定めた討伐対象も、同じく王兄だった。
これが互いを引き寄せ合う、『大罪のカルマ』の力なのかと、今さらながらその運命に恐ろしくなる。
だが今は、ラナがその暗殺に駆り出されようとしている問題を、どうにかしなくてはならない。
「お前、ついさっき王兄の依頼で、王弟の配下を殺させておきながら、今度は王兄の――、いや王兄自身を、ラナに殺させようっていうのか⁉︎」
暗殺者とはいえ、その節操のないやり口に、俺は異論を挟む。
「フン、これまでだって、王兄、王弟、両陣営からの『依頼』を、ずっと私たちはこなしてきたんだ。何を今さら――」
事もなげにそう言う母親に、俺は絶句する――。
異世界とはいえ、これが戦争の現実なのかと胸が苦しくなる。
俺にしてみれば、仁義を前提とした善悪の観念が、麻痺していると思わざるを得ない。
だが戦争に、仁義もクソもないのが現実なのだろう。
それに戦争という行為に、それこそ善悪も何も存在しない事は、俺にも分かっていた。
俺が生きていた地球という世界にも、それこそ物心をついたばかりの少年兵が、傭兵として日替わりで陣営を変えている事もあっただろう――。
やはりこの異世界では、俺の方が異分子なのかと胸が苦しくなる。
「なあラナ、頼むよ――」
俺が落ち込んでいる間に、母親はラナに向かって決断を迫る。
「王兄さえ殺せば、長かった戦争も終わるんだ。そしたら、みんな――、お前も幸せになれるんだよ?」
もう俺に、それを止める事はできなかった。
そしてラナは――、小さく頷いた。
太陽が真上に昇った頃、俺とラナは二人で家のまわりを歩いていた。
アーシャとカムリがついてこようとしたが、おませなエルがウインクをしながら、二人を引き留めてくれた。
ラナと顔を見合わせ、苦笑してしまったが、ここはエルの気遣いがありがたかった。
なぜなら――俺たちは、大事な話をしなくてはならなかったからだ。
「いくらお前が、すごい力を持っていたって――」
固有スキルの存在を知らないラナに、曖昧な表現でそう言ってから、
「相手は王だぞ。失敗すれば、お前は死ぬかも知れないんだぞ?」
俺は先手を取って、無謀な暗殺に挑もうとしている、その覚悟を問い質す。
「そうですね……。なんででしょうね……」
ラナは別に俺をけむに巻く訳でもなく、本当に分からないと言った顔で、晴れ渡る空を眺めている。
『センチア、今回の『依頼』は本当だと思うか?』
不安にかられ気弱になった俺は、思わず念話でセンチアに意見を求める。
『この前、ここに来とったのが、ただの伝令ではなく、王弟の近衛騎士だったからの――。王命であれば、まず間違いはないじゃろ』
俺自身、そうだとは思っていた。
それでも何か間違いであってくれと、一縷の望みにすがりたいだけだった。
――やはりラナが死地に行くのは、止められないのか……。
思わず目を伏せそうになるが、
「でもね――」
と、ラナが頬を赤くしながら、俺の顔を覗き込む姿にハッとなる。
「この『依頼』が終われば……、レオさんとどこに行ってもいいって……。お母さんが、そう言ってくれたからかもしれません」
そう言い終えると、ラナは満面の笑みを作る。
それからラナは、堰を切った様に夢を語り始める。
「ねえ、レオさん。戦争が終わったら、どこか遠くに二人で行きましょう。きっとアーシャもカムリもお母さんも、エルがいれば大丈夫です」
「ラナ……?」
「それで、いい所を見つけたら、そこに家を建てて暮らしましょう。それから――」
そこまで言ってラナは、モジモジする。
「こ、子供をたくさん作りましょう。家族はたくさんいた方がいいです。私のお父さんは、よく食べてよく飲んで、よく暴れて……、本当にひどいお父さんでしたけど、レオさんはいいお父さんになってください。信じています! ああ、もちろん私もいいお母さんになりますよ。約束します!」
そう言って、ラナは両手を握り拳にして、意気込みを示す。
初めて聞いたが、ラナの父親も相当にひどい奴だった様だ――。
それはさっき母親が、少し父親の事に触れただけで、ラナが怯えた様な反応をしていた事でも明らかだった。
ひどい父親に、ひどい母親――。だからこそ、ラナは暖かい家庭に憧れているのだろう。
その相手に、俺を選んでくれた事に胸が熱くなる。
「ああ」
俺は小さく答える――。
定められた別れがある事は分かっている。
それでも――、たとえそれが嘘でも、どうして今その思いに応えずにいられただろうか……。
「もう一つ、お願いがあります」
ラナが目を輝かせる。
「レオさんが言っていた、海――。私もそれが見たいです」
「…………」
俺が、エルたちにホラ吹き呼ばわりされながら語った――海。
その時、俺と気まずい関係にあったラナも、密かにそれに目を輝かせていた事を思い出す。
「分かった。絶対に連れていってやる」
「約束ですよ。その時は、エルもアーシャも、カムリも連れていってあげてください」
「ああ、まかせとけ!」
俺はことさら明るく、そう答える。
するとラナが静かに、俺の胸に身を預ける――。
そして芳しい香りに誘われる様に、俺もそっとラナを抱きしめた。
遠くから、エルたちのはやし声が聞こえてくるが、そんな事はどうでも良かった。
このまま、ずっとこの時が続けばいい――。
そんな淡い願いは、
『どうせお前の事じゃから、最初からそうするつもりだったんじゃろうが……、覚悟は定まったか?』
という、センチアの念話に見事にブチ壊される。
『ああ……、ガッチガチに定まったぜ』
ムードを読んで、もうちょい待てよと思ったが、俺も顔を上げると東を向きながら、その覚悟をセンチアに向かって力強く述べる。
『暴食王――、いや『暴食神』は俺が倒す!』




