【21】『呪縛の鎖』
「どういう事か、説明してもらおうか⁉︎」
俺はラナの家に戻るなり、朝から窓際で酒をあおっている母親を詰問した。
――なぜラナを暗殺者にしたのか?
それが、どうしても俺には許せなかったからだ。
いつか俺からそう問われる事を予想していたのか、母親の態度は落ち着いたものだった。
「アンタだって、その歳なら分かるだろ? 生きるっていうのは綺麗事じゃないんだよ」
「――っ!」
正論を突きつけられ、俺は言葉に詰まる。
それでも、
「だからって、暗殺者になんてならなくても、何か他に道はあったはずだろ⁉︎」
俺も俺の正論でもって対抗する。
その場には、ラナだけでなく、エルやアーシャ、カムリたちもいた。
いたいけな子供たちの前で、ラナの血塗られた素性を話す事には躊躇はしたが、それでも俺は事を明らかにしておきたかった。
ここで踏みとどまらなければ――、もう引き返す事ができなくなるからだ。
「ハン、他の道かい――? それなら、やっぱりラナは娼婦になるしかないね」
母親は薄笑いを浮かべると、
「どうだい、アンタが水揚げしてやれば? 安くしといてやるよ?」
まるで俺を侮蔑するかの様に、乾いた声でそう言ってきた。
「なんで、そうなるんだよ!」
俺は声を荒げてしまう。
「そう大きな声を出すんじゃないよ。――死んだ亭主を思い出しちまうだろ」
母親の言葉に、ラナの体がビクッと反応する。
おそらくラナには、何か父親に対するトラウマがあるのだろう。
俺がしまったと思っていると、
「私だってね……、好きで娼婦になった訳じゃないよ」
母親は遠い目をしながら独白を始める。
「クズの亭主にさんざん苦められたあげく、先に死なれてラナと二人きり――。なんの取り柄もない私みたいな女に、いったい何ができたっていうんだい?」
その問いに、俺は何も答えられない。
「もうすべてが嫌になった。何もしたくなくなった。毎晩、違う男に抱かれながら、私は指一本さえ動かさなかったよ」
今も気だるそうに語る母親に、『怠惰のカルマ』の片鱗を感じた俺は息を呑む。
あまりにも重い現実――。たとえ義侠心であれ、それに首を突っ込んだ事を後悔しそうになる。
しかも、これは他人の家庭の事情だ。元々、俺には関係のない事なんだ。
俺への自問自答が始まる――。
俺は前世で、さんざん家族の問題で苦しめられてきたはずじゃないか。
だから何もかも切り捨てて、逃げたんだろ?
なら、もうゴタゴタに巻き込まれるのはたくさんだ……。
かつての俺は、いつも足音が聞こえる度に、何かの覚悟をしていた――。
そんな人生もうまっぴらだ。俺は一人でいい。ソロプレイ万歳だ!
俺の心は、また逃げを打とうとし始める。
だが――、
「もう私も、女の峠を過ぎちまった――。なら娘であるラナに、今度は『恩返し』してもらって何が悪いんだい?」
という言葉に、俺は全身の血が一瞬で逆流しそうになるほどの、怒りを覚える。
「恩って……なんだよ⁉︎」
その一言にこだわり、俺は口を開く。
ただならぬ雰囲気に母親だけでなく、ラナや弟妹たちも一斉に俺に目を向ける――。
そもそも親と子の間に、恩なんて存在しない。少なくとも俺はそう思っている。
キザな事を言うつもりはねえが、そもそも愛っていうのは、無償のモンだろうが。
それを恩だ、なんだって、子供を縛りつけるなら――それは親じゃない!
だから俺は言った。
「子供は親の所有物じゃない! 子供の人生は……子供のものだ!」
続けて俺は叫ぶ。
「ラナを――、もう自由にしろ!」
「――――! レオさん……」
俺の言葉に、ラナが顔に手を当てて泣き出した。
それに母親も顔色を変える。
「俺はな…………、俺を消費するだけの親兄弟を捨てた……」
今度は、俺が独白を始める番になった。
「その事に後悔はない。でもよ……、それってけっして嬉しい事じゃねえんだよ」
なぜこんな事を口走っているのか、自分でも分からない。
それでも――、これだけは言ってやらなきゃならないと、さらに口を開く。
「だからラナには……、親を捨てるなんて、そんな悲しい事をさせるな!」
その瞬間――、何かが突き抜けた様に、場の空気が変わった。
「レオさん……」
ラナが俺の肩にすがりつき、すすり泣く。
「お、おい、ラナ……、お待ちよ⁉︎」
親子の縁という、呪縛の鎖が切れた事を感じ取った母親も、うろたえ出す。
これでいい。これで母親が改心してくれれば、事は丸く収まる。
だが、現実はあくまで残酷に、さらにラナを翻弄する。
「わ、分かったよ、ラナ。それなら最後にもう一度、『依頼』をやっておくれ」
「――――⁉︎」
哀願する様な顔つきで、肉親の情に訴えかける母親にラナも動揺する。
「待て! お前は、まだラナに人殺しなんかさせる気か⁉︎」
「ラナ! ラナ! 聞いておくれ!」
怒りに震える俺を無視する様に、母親はラナだけを見て訴えかける。
「今度が最後なんだよ。それで全部終わりさ。そしたら、そいつとどこへでも行って構わないから!」
母親はラナの心をくすぐる様に、言葉を重ねていく。
「どでかい『依頼』が来たんだよ……。それをやり遂げれば、一生遊んで暮らせる報酬がいただけるんだ。それでエルもアーシャもカムリも困らない。なっ、頼むよラナ」
「…………」
ラナがさらに動揺を深めていく。
これまで懸命に守り続けてきた、妹弟の事を持ち出されたのだから無理もない。
だがここは俺を信じろ! と言ってやる前に、
「何を……すればいいの?」
ラナはまた、『家族』という呪いに引き戻されてしまう。
――クソッ……! なんでまた……、なんでまた、こうなっちまうんだよ!
そして無念に震える俺を、勝ち誇った様な顔で見ながら、母親がその衝撃の内容を口にする。
「王兄を――、殺してやるのさ」




