【20】『正妻パワー』
「ぼ、暴食王だって⁉︎」
「ええ、東方を治める王兄の異名ですわ」
ククルの言葉に愕然とする。
まさか大陸を二分する一方の王が、『暴食』の名を冠されているとは知らなかった。
『センチア――』
すぐに念話で問いかける。
『ワシもククルから、先ほど大体の事は聞いた。断定はできんが――、可能性は高いの』
センチアも王兄が、『暴食神』である可能性を否定しない。
これまで俺たちは、お互いを引き寄せ合う『大罪のカルマ』を頼りに、討伐目標である『暴食神』を探していた。
俺の『強欲のカルマ』は、ラナの『怠惰のカルマ』を引き寄せたが、どうやらククルの『傲慢のカルマ』の方が、当たりを引いたらしい。
『それとダーリン。例の伏せ字――』
『ああ、『二者択一』だろ』
念話で伏せ字に言及してきたククルに、俺もそれを解き明かした事を伝える。
『結構ですわ――。私、こう考えましたの』
『王兄と王弟のどちらか――。その二者択一か?』
『フフッ、さすがダーリン。ラノベ的発想なら、冴えてますわね』
以心伝心の答えに、ククルも満足そうな顔になる。
『それなら王兄――。その暴食王を討てば、ミッションクリアって訳か』
『その公算が高いですわね』
『で、その暴食王って、どんな奴なんだ?』
討伐対象が見えてきた事はいいが、その概要がまったく分からない俺は、ククルに説明を求める。
『私も直接会った訳ではありませんが、東側の領民は、相当な搾取を受けている様子でしたわ』
『……搾取か』
『ええ。王兄は、王弟と争うための戦費調達だけでなく、自身の贅沢のために、領民に重税を課し、国中の美女も徴発し放題――。まさに『暴食王』の名に恥じない暴君ぶりですわね』
『センチア、どう思う?』
再度、センチアの意見を聞く。
俺はこいつの眷属兼、僕の立場として転生している。
だから、ここは主の判断を仰ぐ必要があると思ったからだ。
『ふむ。やはり確証はないが、挑んでみる価値はありそうじゃな』
『よし……』
どちらにしても、暴食神の分裂体が覚醒してしまえば、そこでタイムアウトだ。
なら挑んでみるという、センチアの意見に俺も賛成だった。
『なあ、一応聞いておきたいんだが――、その暴食王自身が、暴食神の正体って事でいいのか?』
暴食神を討伐する事は既定路線とはいえ、いまだその掴みどころのない存在について、俺は説明を求める。
『うーん……』
センチアは少し困った声を上げてから、
『そこは、ワシにもよく分からん』
と、人に討伐を命じておきながら、なんともいい加減な事を言ってくる。
『おいおい、ちょっと待てよ!』
念話で喚く俺に、
『ちょっとダーリン、シャラップ! ――つまり暴食神の分裂体は、それ自体が個体となるかもしれないし、もしくは『大罪のカルマ』の様に人間に寄生して、そこから宿主を乗っ取る事もあると考えてよいのかしら?』
またもやククルが、ご主人様っぷりを発揮しながら、状況を華麗に整理してくれる。
『やはり『傲慢女』は頭が切れるの。どこかのボンクラとは大違いじゃの』
センチアも枕詞の様に、俺をディスってから、
『その通り。百年前に我らが食われ、暴食神が自壊してから逆算するに、奴の分裂体はこの世界の誰かに寄生し、数世代を経て覚醒しようとしていると考えるのが妥当じゃな』
と、リアルタイムで状況を知る者としての見解を述べる。
『マジか……』
俺はコテンパンに罵られた事は、ひとまず置いといて、
『その寄生主が――、王族とかってタチが悪すぎだろ!』
暴食神が選んだ寄生主のまずさに閉口する。
『何代にも渡って民を搾取し、美食に溺れてきた暴君なら、遺伝的に『暴食』の家系であっても不思議はない。じゃからそれを『暴食神』が宿主に選んでも、これまた自然な流れだと言える』
センチアも状況を分析しながら、可能性を詰めていく。
だが今のところ、すべては机上の空論でしかない――。
『私はもう少し、暴食王について調べてまいりますわ』
同じ事を考えていたのか、ククルがその調査を買って出る。
『それなら俺も――』
と言う俺に、
『ダーリンは――、話をつけにいく所が、おありでしょ?』
ククルは、ここまで念話で話す俺たちにキョトンとしている、ラナに視線を移す。
『――っ!』
返す言葉がない。
その通り、俺はラナの母親に、娘を暗殺者にした事を糾弾するつもりでいた。
『大体の事は、センチアから聞きましたわ。ダーリンの事ですから、見捨てられなかったのでしょうけど、それでも胸のつかえは消してきてくださいな』
『すまねえ……』
薄笑いを浮かべるククルの心遣いに、心から感謝する。
いつもはドSで冷たい事ばかり言うが、こういうところにマジで頭が上がらなくなる。
だがククルは表情をあらためると、
『ですがダーリン、この子は――』
『ああ、『固有スキル』の持ち主――。しかも母親から受け継いだ二世だが、俺たちと同じ『大罪のカルマ』持ちだ』
俺も先回りして、ラナの素性について説明する。
『『固有スキル』の力は?』
『スキルレベルが瞬間的に跳ね上がる――。『斬撃』に至っては今のお前以上で、50を超えていた。まさに『限界突破』の名前通りだ……』
『そうですか……』
『だが、一番タチが悪りぃのは、本人が『固有スキル』の存在に気付いていない事だ。しかも素のスキルは、どれも大した事はねえ』
『なるほど――。さっきダーリンが私のスキルレベルに驚いていた時も、その子はポカーンとしていたのが理解できましたわ。『洞察』のスキルさえ持っていないんですわね』
ククルは、一通り納得したのか、ウンウンと頷くと、
「ではラナさん。私はこれでひとまずおいとまいたしますが、ダーリンをよろしくお願いいたします」
と、ラナに話しかけていながら、視線は俺を激しく牽制する。
瞬間、俺はその意味に恐怖する。
それが間違っていない証拠に、
「は、はい。ククルさんもお気をつけて」
と素直に頭を下げるラナに、
「では、ごきげんよう――。ラナさんも、あまり人の奴隷をかどわかしますと、ロクな事がありませんので、お気をつけ遊ばせ」
挨拶を装いながら、思いっきりトゲのある言い回しで、警告を残していく。
「も、ち、ろ、ん、ダーリンも」
「は、はい……」
ククルの背中を見送る間、生きた心地がしなかった。
救いなのは、ラナがキョトンとした顔をしていて、ククルの真意に気付いていなさそうな事だった。
「ハア……」
ため息をつく俺に、
「あの……レオさん。ククルさんとはどういうご関係なんですか?」
休む間もなく、ラナから悪意のない直球が投げ込まれる。
「あー、配下だ。奴は俺の配下なんだ!」
とりあえず即答する。
嘘は言っていない。固有スキル『征服特権』で、俺はあいつの王の立場なのだ。
「でも……、さっきククルさんは、レオさんの主人だって――。あと奴隷とも言っていましたよね」
グハッ、ピュアなツッコミやめてー!
確かに俺はククルの支配者であるんだが、ミッション攻略の過程で奴隷契約も結んじまってるんだよな……。
いや支配者なのに配下の奴隷って、俺どういう王なのよ⁉︎
「あと『異世界』とか……」
もうラナさん、記憶力よすぎー!
これは下手な事は、もう口走れないなと動揺していると、
「それに――、『ダーリン』ってどういう意味なんですか?」
ついに来たもっとも触れてほしくない、最強最悪のキーワードに、俺は硬直する。
「あ……、ああ……」
もう、それしか言えなくなった俺に、
「んー? どういう意味なんですかー⁉︎」
女の勘なのか、ラナはいつもとは違う、らしくない勢いで食いついてくる。
「ほら、アレだ。ダーリンっていうのは……、俺のアダ名なんだよ」
「えー、ほんとですかー⁉︎」
うわっ、なんでラナさん、今日はそんなに鋭いのー?
元気になってくれたのは嬉しいんだけど、もうマジで勘弁してくれ……。
――離れていても俺を支配する、ククルの女王様力。
その凄まじさに俺は、ノックダウン寸前になる。
『プププッ、いったいどっちが支配者なのか分からんの。ギャハハハ!』
そんな俺の心を読んだ、センチアの声がメチャクチャ耳に痛かった。




