【18】『告白』
どれだけ走っただろう――。
とにかく暗闇の中を、脇目もふらずに走り抜いた。
「ハア、ハア……」
ラナも息が上がっている。
王弟軍の前線基地から、ここまで駆け通しだったから無理もない。
だが、そこの司令を五人の護衛ごと暗殺したのだ。
捕まれば間違いなく命はないのだから、それこそ命をかける必要があった。
追手を予想したが、現場から遠く離れたここまでは王弟軍は来ていない。
緩み切った軍の規律が、こんな時にまで悪影響を与えたくれた事に感謝する。
おそらく基地の周辺を右往左往するだけで、追跡部隊を即時編成する事さえできないのだろう。
それならばと、スキル『探索』を使って、周辺の地理を調べてみる――。
どうやら闇雲に走った割には、ラナの住む貧民街のだいぶ近くまで来ていたらしい。
「も、もう家の近くです……」
肩で息をしながら、ラナもそう言ってくる。
それなら後は、土地勘のあるラナにまかせておけばいい。
そう思い、まだ気は抜けないが、ひとまず胸を撫でおろしていると、
「レオさん……、森に……行きたいです」
ラナが哀願する様な目で言ってきた。
「…………? わ、分かった……」
なぜか俺も、そうしなくてはならない気にさせられてしまう。
そして夜明けと共に訪れた森――。そこに俺は見覚えがあった。
――俺は、ずっとラナと一緒にはいられない。
それを否定しなかったために、傷付いたラナが家を飛び出した時――、無力感に苛まれ、さまよい歩いた俺が、偶然ラナと遭遇したのがこの森だった。
先を歩くラナに、俺はついていく。
やがて木々が開けた先に、美しい池が見える。
「レオさん……。体を洗っていきたいので……、しばらくあっちを向いててもらって、いいですか?」
頬を染めるラナの申し出に、俺も戸惑ってしまう。
体を洗うって事は――、つまり脱いじゃうんですよね⁉︎
「わ、分かった!」
本当は遠く離れるべきなのだろうが、万が一、追手が来た時の事を考えて、池のほとりに背を向けて座る。
けっして、けっしてこれは、いやらしい気持ちからではない!
俺が自分に言い訳していると、背中越しにスルスルという衣擦れの音が聞こえてくる。
思わず唾を飲む。その音が聞こえてしまったのではと思うほどの醜態だった。
俺がドギマギしている間に、ラナが水に浸かる音が聞こえてくる。
い、今、ラナは何も着ていない――⁉︎
事故とはいえ、前回ここで裸は見ているのだが、今回は今回で、見えないだけに想像力が掻き立てられてしまう……。
煩悩に支配された俺が悶々としていると、
――バチャバチャ、バチャバチャ。
と、激しく体をこする音が聞こえてくる。
「――――⁉︎」
それに俺はハッとする。
そういえば、前もラナは激しく体をこすっていた――。
――まさか、あの時も⁉︎
思わず振り返りそうになる俺を制する様に、
「ねえ、レオさん――。私ね……」
ラナが語りかけてくる。
そして――、
「これまで……、いっぱい人を殺してきたんですよ」
まるで雑談でもする口調で、衝撃の告白をする。
「…………!」
分かってはいたが、その事実に俺は声を失ってしまう。
そんな俺に構わず、ラナは語り続ける。
「一年前、私が十六歳になった時――、お母さんが私に娼婦になって、お客を取れって言ったんです」
聞きたくない言葉に、胸が詰まりそうになる。
「でも、私はそれだけは絶対に嫌だったんです。だから今日まで、そんな事は一切していません――。神様に誓います」
「…………」
一転、心の片隅にあった不安が取り除かれ、体から力が抜けてしまいそうになる。
ラナの告白は、さらに続く。
「それでもお母さんは、もうお客を取れなくなったので、私が、みんなを支えなければいけなくなったんです」
「――――!」
俺も前世で、自分の運命を理不尽だと呪ったが、こんな少女が自分を上回る理不尽な運命にさらされていた事に衝撃を受ける。
「だから薬草を摘んだり、死んだモンスターの死骸から売れる臓器を取ったりしていたんですが……、それだけじゃ妹や弟たちを食べさせていく事はできなかったんです」
あの母親のせいだ――。子供のメシ代を酒代につぎ込んでいれば、そうなってもおかしくはない。
「それである日……、お母さんが、『娼婦にならないんなら、別の仕事をやんな』と言ってきたんです。それが――」
もう言わないでくれ、と心で願う。
「まさか『人殺し』だなんて思っていませんでした」
だが、ラナは悟った様にそう言った。
「今は少し収まっていますが、王兄様と王弟様は、まだ戦争をしています。だから『人殺し』の仕事はたくさんあって……。最初は嫌でしたけど、私は『怠け者』だから頑張らなくちゃって――。そう思ったら、できてしまったんです」
怠け者――。母親の呪縛と、受け継いだ『怠惰のカルマ』。そして授かった固有スキル『限界突破』が、ラナをここまで追い詰めてしまったのだ。
娼婦になるのを避けるために、一足飛びで人殺しの道を選んだなんて――。
いやラナが悪い訳ではない。彼女は幼い妹弟のために、そんな道を選ばざるを得なかったのだ。
「たくさんお金がもらえるのは嬉しかったけど、私の体はその度に汚れていく気がして――。それに私は『死神』って呼ばれて……」
そういえば、暗殺した王弟軍の護衛も、ラナの姿を見て『死神』と言っていた。
という事は、ラナはすでに暗殺者として名が知れ渡っているという事になる。
「だから私は、いつも人殺しをすると、ここで体を洗っているんです。この前、レオさんに会った時は、王兄様の軍の人を殺したんです――」
「――――⁉︎」
ラナが対立し合う勢力の人間を、両方手にかけている事に絶句する。
そういえばラナの家には、王兄軍、王弟軍、双方から『依頼』の使者が来ていた。
あの母親は――、対抗勢力の双方から依頼を受け、日替わりで娘を王兄軍、王弟軍それぞれに刺客として送り込んでいたのか……!
「私って、ほんとにバカですよね。こんな事しても、綺麗になる訳じゃないのに……」
ラナの声が――涙声になる。
その瞬間、もう俺はじっとしていられなかった。
「ラナ!」
叫びながら振り返り、池に飛び込む。
そして裸のラナの肩に手を置き、見つめ合う。
「レオ……さん……」
ラナが動揺している。
自分でも、何をしているのか分からなかった。
だが、これが今の俺の気持ちである事には間違いない。
だから――、
「ラナ……」
肩に置いた手に力を込めると、もう一度ラナの名前を呼んだ。
「レオさん……」
ラナも頬を赤くしながら、応えてくれる。
気持ちだけは、どうやら伝わった様だ。
それに安堵していると、ラナが急にモジモジと身をそらせる。
「あの……、今はまだ……、ダメです」
――はい?
いやいやいや、ラナさん、俺はそんなつもりじゃありませんよ!
って言っても、これって、アレですよね。そういう風に見えちゃいますよねー。
あれー、ラナさん、ちょっと顔が火照ってますよ。
って、おいおい、裸の体を隠すために、俺の胸に抱きついてきちゃったよ!
ちょ、ちょっと待って。そんな事されたら、男は逆効果なんですよ?
うわ、なんか俺の体、反応してきちゃってる?
マズイ――、今これはマズイって!
ど、どうする? 俺はどうすればいい⁉︎
煩悩と良識の間で、マジでテンパっていると――、
「フフッ」
背中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
えっ? この声は……⁉︎
「ずいぶんと……お楽しみの様ですわね。――ダーリン」
昂った血が、一瞬で引いていくのを感じる。
そして恐る恐る……、背後を振り返る。
「あ、アハハハハ……」
もう乾いた笑いしか出てこない――。なんだか体も震えている様な気もする。
池のほとりに――真紅のゴスロリドレスを纏った『女王様』が立っていた。
――このタイミングでの、ククルの帰還だった。




