【17】『惨劇』
まさにそれは惨劇だった。
俺もセンチアの固有領域で命のやり取りを経験しているので、多少の耐性はついていたが、それでも少女が人間の首を斬り飛ばす光景は、衝撃以外のなにものでもなかった。
ラナが人を殺した――。
タチの悪い夢なら、どうか醒めてくれと心から願う。
「クッ、こいつが『死神』か⁉︎」
ラナの奇襲で三人の仲間を一瞬で葬られた護衛が、うわずった声を上げる。
それがラナの事を言っているのは明らかだった。
ラナは全身から鈍い光を放ちながら、身の丈ほどもありそうな大鎌を構えている。
その姿はまさに――物語に出てくる死神そのものだった。
「う、うわーっ!」
恐怖にかられた護衛が、やみくもに火炎魔法を放つ。
「フン!」
だがそれは、ラナが展開する巨大な魔方陣のシールドにいとも簡単に弾かれる。
けっして護衛のスキルレベルは低くない。今の火炎だって、まともに食らえば即死レベルの強力なものだ。
それを微動だにせず正面から防いでしまうラナは、俺が知っているラナとは別人だった。
これが、固有スキル『限界突破』の力――。
おそらくラナは自己暗示をかける事によって、自らの限界を超えた超人的な力を発揮する事ができるのだろう。
そうでなければ奇襲とはいえ、歴戦の武人を三人も一瞬で葬るなんて離れ業が、か弱かったラナにできる訳がない。
「あああああーっ!」
ラナが再び前に出る。
その雄叫びに気圧され、火炎を放った護衛は、今度は急ぎシールドを張る。
だが、無駄な事だった。
ラナの振り下ろす大鎌は、護衛の体をシールドごと一刀両断したからだ。
吹き上がる鮮血――。
俺だけでなく、暗殺対象の方面部隊司令までもが唖然とする中――、間隙を突いて護衛の最後の一人が、果敢に斬り込んでくる。
――速い!
しかも三段斬りの斬撃は、その軌道がすべてバラバラに見える凄まじさだった。
よほどの斬撃スキルの持ち主なのだろうが、この攻撃は今のラナでもまずいのでは⁉︎
そう思っていると、
――カン、カン、カンッ!
という乾いた音の後に、くるりとラナは回転すると、振り抜いた鎌の先に、護衛の首がまた綺麗に宙に飛ぶのが見えた。
受け太刀からの、華麗なカウンターに息を呑む――。
今のラナの剣技は、まさに本物だった。
これにより合計五人の手練れの護衛が、ラナ一人によって瞬殺された事になる。
「うわわわーっ!」
頼みの護衛を全員倒された司令が、太った体を揺らしながら逃走する。
ラナの目的はこの司令だ。逃がしてしまっては意味がない。
だがラナにそれを追う気配はない。
呆然と状況を見守る俺の目に、鎌を持たない左手を前に突き出すラナの姿が映る。
――バチバチッ!
激しいスパーク音と共に、放たれた電撃が司令に向かって飛んでいく。
「ふぐぅわーっ!」
背中に直撃を食らった司令が、奇声を上げながら前のめりに倒れる。
数秒の痙攣の後、その体が動かなくなる――。事切れたのは明らかだった。
だがラナは、司令の死体に向かってゆっくりと歩いていく。
そしてその傍らに立つと、片手に軽々と構える大鎌を、横たわる司令の首にそっと当てる。
鎌が地面に線を描けば――、死体の首が飛ぶ。
その瞬間、
「ラナーっ!」
俺は声を上げていた。
「…………⁉︎」
スキルを解いて姿を現した俺に、今度はラナが呆然とする。
「れ、レオさん…………? な、なんで……、どうして……?」
「もういい! もうやめろ、ラナ!」
俺はラナに近付くと、大鎌を握る手を取り、これ以上の蛮行を止める。
「私は、私は……」
動揺するラナの体から鈍い光が消え、同時に錬成された大鎌も消失する。
鬼神の様だった顔も、元に戻っている――。
固有スキル『限界突破』の効力が切れたのだ。
「私は……、私は……、ううっ!」
正気に戻ったラナが、自身が作り出した惨状を目の当たりにして涙ぐむ。
こぼれ落ちる涙が、返り血と混ざり合い、血涙となる――。
「ラナ、もういい。全部、分かってる」
そう言いながら、涙と血を拭いてやる。
抱きしめて慰めてやりたいが、そうもしていられない。
『レオ、急げ!』
センチアが念話で警告してくる。
無人の瞬間を狙ったとはいえ、物陰から狙撃した訳でもなく、大立ち回りを演じたのだ。
しかもここは軍事施設の中、かつ軍人の居住区――。
騒ぎを聞きつけて、必ず人が来るはずだ。
「逃げるぞ! 話は後だ!」
俺はラナの手を引いて、元来た道を駆け戻る。
司令が殺された事が分かれば、必ず軍が追手を放つ。
さっきまでの超人的な状態ならともかく、今のラナはただのか弱い少女だ。
軍を相手に、無事でいられる訳がない。
俺自身もラナを守りながら、応戦できる自信はない。
だから歓楽街の中を、銃を片手にラナを連れてひた走る。
これが日本なら大騒ぎになるところだが、ここは銃そのものがない異世界だ。
それでも返り血を浴びたラナを、何人かが不審な目で見ている。
この分では、出口で必ず衛兵に止められる――。
ここは……、イチかバチかやるしかない!
ぶっつけ本番だが――、ここは新スキル『情報操作』だ!
門が近付くと、俺はだらけた姿勢の衛兵に向かって、スキルを発動しながら、
「これより二名、哨戒任務に出立いたします!」
口から出まかせの口上を、まくしたててやる。
「ああ……、適当にやってきな」
衛兵の言葉にスキルの成功を確信した俺は、そのまま門の木戸から走り出る。
そして不安に震えるラナの手を強く握ったまま、暗闇の中を貧民街に向けて駆け続けた。




