【16】『限界突破』
ラナが西に向かって進む。
尾行を始めてから約三十分――。それまでに、何度か騎馬の哨戒部隊と遭遇した。
境界線かつ緩衝地帯である貧民街から、西へ進路を取ったという事で、王弟軍の領地に向かう事は予想できたが、どうやら目的地はその前線基地であるらしい。
俺はスキルで身を隠しているからいいが、ラナは王弟軍の姿が見える度に、岩陰や草原に身を隠し、なんとかそれをやりすごしていた。
もしラナの身に危険が及べば助ける気でいたが、どう考えても十代の少女がやる事ではない。
俺が不安になるくらいだから、当のラナはもっと不安だろう。
それでも、やらなければならない『何か』があるから、ラナは進むのだ。
ラナの母親が受けた『依頼』――。
その正体が何であるか、俺は見極めなければならない。
時刻はそろそろ深夜。
そんな暗がりの中で、煌々とした明かりが見えてきた事に、俺は目を見張る。
荒野の先に――街があった。
その外郭から、そこは間違いなく軍の施設であったが、家屋だけでなく何やら歓楽街の様な施設まである事に俺は驚いた。
そもそも城の様な拠点は、日本的な概念では軍事目的のみを考えているが、西洋やアジアのそれは、都市機能も併せ持つ『要塞都市』である事も珍しくない。
とはいえ柵の向こうに、鎧を纏った兵に混ざって、明らかに娼婦らしき女たちがウロウロしているのには閉口した。
俺はミリタリー小説家としての知識で、軍の前線部隊を目的に流れ娼婦が来る事は知っていたが、ここの場合はそれとはまったく違う。
粗末ながら要塞都市なのに、軍事よりも娯楽が優先されている。
少なくとも、俺の目にはそう見えた。
それに見るからに規範も緩そうだ。
さっき遭遇した哨戒部隊にしても、一応警戒をしているという素振りだけで、国境周辺なのに任務に対する真剣味はまったく見られなかった。
だから、ラナが無事にここまで来られた点はありがたかったが――、奴らは国を守るという気概もなしに、ただ特権をむさぼっているだけの軍人なのだ。
前世がド底辺だった事もあって、俺はこういう輩を見ると不愉快になる。
俺自身の不満もあるが、ラナたちの様に懸命に働いても、貧困に喘いでいる人々もいるからだ。
そんな思いに憤っていると、ラナが柵の前で粗末な布を頭から被る。
そのままフラフラと入り口である木戸に近付くと、守備兵はラナをチラリと見ただけで素通りさせてしまう。
「…………」
あまりのずさんな警備態勢に、絶句してしまう。
おそらく『依頼』の使者からの指示通りの行動なのだろうが、流れ娼婦を装うだけで、こんなに簡単に侵入できるという事に、俺は驚きと同時に呆れてもしまった。
『レオ、ワシらも行くぞ』
『ああ』
センチアに促されて、俺も柵の中に入る。
木戸を通る時に、どうしても腹が立ったので、スキルで姿が見えないのをいい事に、俺は『バーカ!』と念話で衛兵を罵ると、それに続いてセンチアも『バーカ!』と言っていた。
ラナを追うと、歓楽街の兵の隙間を縫って歩いていた。
途中、何人かの酔った兵に声をかけられたが、その度に「ヒッ!」と声を上げながら、そそくさと逃げていく――。
それは、いつもの気弱なラナそのままだった。
なぜ、そんなラナがこんな軍事施設に、しかも娼婦を装ってまで潜入しなればならなかったのか?
俺の心は千々に乱れていく。
何か危険な事でなければいいが――。
不安がさらに募っていく。
そしてラナは小さな地図を確認しながら、ついにとある洋館の前で足を止めた。
粗末な建物だが、装飾の至るところに淫靡な雰囲気が漂っている。
間違いなく――そこは娼館だった。
その時点で、俺はラナの身が心配になり飛び出そうとするが、思念体のままのセンチアに肩を掴まれ止められた。
『何しやがんだ⁉︎』
『落ち着け、大丈夫じゃ』
センチアの言葉通り、ラナは娼館には入らず、その脇道に入ると静かに身を潜める。
俺はホッと胸を撫でおろすが、
――だが、どうしてこんな所に?
それはそれで疑念が深まっていく。
やがて娼館の扉が開くと、そこから取り巻きの武官、そして露出の多いドレスを纏った娼婦に囲まれた、恰幅のいい男がノシノシと姿を現した。
ラナがその男の姿を窺っている。
「――――!」
ラナの潜入の目的が、そいつにある事が分かった俺は、すぐにスキル『洞察』で男の身分を調べる。
《所属:王弟軍 第三方面部隊司令》
方面部隊司令だって⁉︎ って事は、おそらくここの軍事施設のトップだ!
そんな男を、なぜラナは……。
いや、大方目的は分かった。
だがラナにそんな事ができる訳がないと思った。
俺は『隠密』のスキルを使ったまま、両手に銃を錬成する。
――これは荒事になる。
場合によっては、すべてをブチ壊しててでも、ラナの身を優先すると心に決める。
司令が太った体を揺さぶり、娼婦の体を撫でまわすと、娼館を後にする――。
護衛の武官は五人。皆、帯刀している。
だらしなく太った司令はともかく、お楽しみの後で浮き足立ってはいるものの、護衛の体は皆、屈強そのものだった。
その男たちを、ラナが距離を詰めながら追跡していく。
居館に戻ろうとしているのだろうが、その行程で次第に人の姿が少なくなっていく。
粗末とはいえ軍事施設である。おそらく軍人と庶民の居住区は、分けられているのだろう。
やがて男たち以外、まったく人がいなくなる。
――今しかない!
そう思ったのだろう。ラナがその身を暗闇から、月明かりの中に晒した。
「バカ! なに考えてんだ!」
そう叫び飛び出そうとする俺は、今度はセンチアに口ごと羽交い締めにされてしまう。
『おいセンチア、離せ! 無理だ! 刺し違えるにしても、絶対できる訳がない!』
念話で必死にラナの無謀を訴える。
まさかとは思ったが、やはり『依頼』は要人の暗殺だった。
だがラナは、草原のモンスターでさえ倒せないほどのステータスしか持っていない。
そんな少女が、屈強な護衛に囲まれた武人を倒せるはずがないのだ。
だからここは俺が、ラナを連れて逃走するしかない――。
そう思ったのだが、
『いや、見届けい』
センチアは落ち着いた声で、俺を押し留める。
その声は、何か『神の威厳』を感じさせるものであり、動揺していた俺もなぜかそれに従ってしまう。
ラナの顔から布が下がり、その顔があらわになる。
その表情は――やはり怯え切ったものだった。
やはり無理だ! と思ったが、見つめるラナの口元が動いている事に気付き、その声に耳をすます。
「私は……、怠け者、怠け者、怠け者、怠け者、怠け者――」
呪文の様な言葉に愕然としてしまう。
続けて、
「だから私は、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ――」
ラナが口走る度に、その体から鈍い光が放たれていく。
『レオ、あの娘のステータスを見てみい』
『――――⁉︎』
センチアの言葉に従い、急ぎラナのステータスを見る。
HP:55/70 MP:80/80
いや、別に何も変わっていない。こんなの普通の少女のステータスだ。
だがセンチアが、なんの意味もない事を言う訳がない。
そう思い、続けてスキルのページをめくっていく。
「――――⁉︎」
スキル:『創造:LV8』『錬成:LV11』『火炎:LV15』『電撃:LV18』『シールド:LV21』『再生:LV13』etc……。
確か、1か2ぐらいしかなかったスキルレベルが爆上がりしている⁉︎
しかもカウンターの様に、今もレベルが上がり続けている――。
その中でも俺が目を見張ったのが、
『斬撃:LV58』
もはや常軌を逸していると思った瞬間、ラナの手に大鎌が錬成される。
「私ならできる……、できる、できる、できる……」
「な、なんだこいつは⁉︎」
不気味に口走るラナに、衛兵たちもその存在に気付く。
『見たかレオ……、これがラナの固有スキル――『限界突破』じゃ!』
センチアが言った瞬間、
「あああああーーーっ!」
咆哮を上げながらラナが突進する。
そして次の瞬間――、目にも止まらぬ速さで、護衛の首が三つ宙に飛んだ。




