【15】『絡まる糸』
ついに来た『依頼』の使者――。
それが大陸を二分して交戦中の、『王兄』側の人間だった事に驚いた。
漠然と何か闇の深い問題だとは思っていたが、まさか戦争に関わる事だったとは予想していなかった。
ここはスキル『隠密』を使って、少しでも使者に近付きたかったが、アーシャとカムリがいる前で姿を消せば、おそらく騒がれてしまう。
それなら言い含めるという手も考えたが、子供がどこまで事態を理解してくれるか不安要素が大きかった。
下手に後でラナや母親に話されれば、俺が探っている事がバレて、すべてが御破算になる。
だからここはエルを信じて、静観するしかないと腹を決める。
今、内容が分からなくても、動きが掴めれば現場を押さえる事は可能なのだ。
そう思い、アーシャとカムリと遊びながら、神経は使者のいる家に向けて集中する。
念のため、スキル『索敵』を発動させておくが、特に使者がエルや母親に危害を加えようとする動きはなかった。
やがてエルに見送られて使者が家を後にした。
すぐに機転を効かせたエルが、遊びの輪に入るのを装い、俺に耳打ちしてきたが、具体的な依頼内容は、使者と母親だけの密談だったので、分からないという。
済まなそうなエルに、
「十分だよ。ありがとう」
と言うと、ホッとした顔で、家事をするために家に戻っていく。
とりあえず『依頼』の使者の尻尾を掴めただけでも収穫だ。
ここは狩りに行くフリをして、使者を尾行してみるか――。
そう思った矢先、
「――――⁉︎」
また別の方角から、ラナの家を訪ねてくる男が現れ、息を呑む。
今度の男は白のローブだったが、やはり自分の身分を隠そうとしている意図は明白だった。
いったい、どういう事なんだ……?
子供たちと遊びながら、またエルの取り次ぎで家に入ろうとする男に、スキル『洞察』を発動する。
《所属:王弟軍近衛騎士団》
ちょ、ちょっと待て、今後は王弟軍って⁉︎
焦る俺に、エルも不安げな視線を送ってきたが、すぐに家の中に入ってしまった。
ダメだ……、全然話が見えてこねえ……。
いくらここが両軍の境界線上にある緩衝地帯だからって、こうも簡単に争っている勢力の人間が、入れ替わり入ってくるものか?
しかも、こんな貧民街の母子家庭になんの様だ? なんの『依頼』だ?
それこそ俺が勘違いしたみたいに、女衒が来たのなら話は分かる。
だが来たのは軍の人間だ。しかも王兄軍の次は王弟軍が来た。
今回もスキル『索敵』を発動させておいたが、変な動きはなかった。
それにさっきは伝令部隊の人間だったが、今度はおそらく王直属の近衛騎士だ。
下手な事はしないだろうと思っていると、話が終わったらしく、男はエルの見送りに謹厳に頭を下げると、さっきの使者とは逆の――西の方角へ去っていく。
それぞれの帰路から、やはり両軍からの別の使者と考えて間違いない。
今度はエルは、こちらに来る事はなく、困った顔で首を振ると家の中に戻っていった。
これはおそらく使者を尾行してもラチは明かない。
どうやら問題の糸は、考えていた以上に複雑に絡み合っているらしい。
――ここはやはり、ラナが動くのを待つしかない。
そう決心すると、
「おーし、じゃあ俺も狩りに行ってくるわ。お前ら、エルお姉ちゃんのいう事きいて、いい子にしてるんだぞ」
アーシャとカムリの頭を撫でてやると、俺もスキルレベル上げのために狩り場に向かう。
それから、夕食後に納屋に戻るフリをすると、スキル『隠密』を発動しながら、母親のいる窓際の外に潜み、耳をそば立てる。
母親がラナに『依頼』の話をするなら、俺がいなくなってからのはず――。
そう踏んでの行動だったが、
『なんかお前、ストーカーみたいじゃのう』
という、センチアの的確すぎるツッコミは辛すぎた……。
『うるせえ、黙ってろ! 気が散る!』
俺も念話で言い返すが、マジで壁越しの会話を聞き取る事は、至難の業だった。
雰囲気でラナと母親が接触しているのは分かったが、何を言っているのか分からず、ただ焦りだけが募っていく――。
クソッ、無理か……。
俺が諦めかけると、
『ふむ、決行は明日の夜の様じゃな――』
『センチア……?』
『場所は小さな地図を渡しておるので分からんが、どうやら西に向かう様じゃの』
センチアは、権能を駆使したのか、ラナたちの会話の内容を教えてくれた。
『すまねえ……』
頭を下げる俺に、
『フン。ワシのしもべがストーカーなど、主人の品位が問われるからの』
センチアはそう言って、姿は見えないが、おそらく不敵に笑っていた。
だが、おかげで条件は整った。
明日、俺はラナを尾行して『依頼』の現場を押さえる。
そしてラナを――救ってやる!
気合を入れ直し、俺は翌日を迎えた。
日中、エルに、
「今日の夜、お姉ちゃんが『依頼』に行く。だが必ず俺がラナを助けてやる。だからエルは、アーシャとカムリと静かに待っててくれ」
と報告する。
それにエルは、
「はい。私はレオさんを信じています。お姉ちゃんを――よろしくお願いします」
と笑顔で答えてくれた。
ここまで協力してくれたみんなのためにも、絶対にやり遂げてみせる。
夜半、決意を新たにしながら、ステータスを確認する。
HP:410/410 MP:240/240
スキル:『創造:LV20』『錬成:LV20』『洞察:LV20』『探索:LV20』『索敵:LV20』『隠密:LV20』『射撃:LV20』『回避:LV20』『塹壕:LV20』『爆破:LV20』『撹乱:LV20』『情報操作:LV20』
軍が絡んでいるなら、場合によってはドンパチも想定される。
MPの伸びはイマイチだが、HPは順調に増えているし、なにより各スキルレベルがモンスター狩りのおかげで、ついに大台の20に到達した。
…………あ!
そういえば、あまりに開かないので、例の『伏せ字』に挑む事を忘れていた事に、急に気付く――。
今日はこれからラナを尾行するし、やめておこうかと思ったが、やはり気になるのでダメ元で、スキル『洞察』を発動する。
すると――なんと、このタイミングで『◯◯◯◯』の伏せ字が開いていくではないか。
『二者択一しないと出られない異世界』
…………は? 例によって、まったく意味が分からねえぞ。
まあ、二者択一っていうんだから、二つの内どっちかを選べっていうんだろうが、いったい何と何を選ぶんだよ?
お題の内容に首をひねっていると、母屋の方から小さな音がする。
『レオ』
「ああ」
センチアの呼び声に応えると、スキル『隠密』を発動して、俺も静かに納屋から出る。
視線の先に、辺りを見回しながら出発しようとするラナの姿があった。
その顔は――不安に怯え、今にも泣き出しそうだった。
すぐに駆け寄って抱きしめてやりたい。
そう思ったが、歯を食いしばり踏みとどまる。
すべての呪縛を断ち切るためにも、現場を押さえなくてはならない。
――もう少しだけ耐えてくれ、ラナ。
心で呼びかけながら、その背中を見送り尾行を開始する。
歩きながら、不意にさっきの『二者択一』を思い出す。
お題であるからには、これまでのパターンから、必ず俺はそれを遂行しなくてはならない。
その意味は分からないが、俺には前を歩くラナの隣に、選ばなくてはならないもう一つの何かがある気がして、たまらなく不安な気持ちになった。




