【14】『海』
勇気を振り絞ってラナの家に戻ると、多少の微妙な空気はあったが、他には特に変わった事はなかった。
だから、宿代と『俺の』メシ代として、銀貨十枚を支払って食卓につく。
「レオ、何かお話して」
「レオ、おはなしー」
年少のアーシャとカムリが、すぐに俺に話をせがんでくる。
なぜだか分からないが前世の頃から、こっちは特に好きでもないのに、俺は子供受けが良かった。
この二人とも、昼間も時間が空けば遊んでやっているし、夜は夜でお話タイムというのが、すでに定番となっている。
「そうだな……」
女の子のアーシャは、お姫様の昔話が大好きだし、男の子のカムリは桃太郎とか金太郎とかに目を輝かせて食いついてくる。
さてさて今日は何を話そうか――と思案していると、
「レオさんは、どこから来たんですか?」
と、食卓ではいつも静かだったエルが、いきなり質問してきた。
これまで流れ者という設定で通してきたので、いつかは来るであろうと思っていた質問だったが、それが年長の妹のエルから来たのは意外だった。
だが別に、俺の正体を暴こうという意図は見られない。
おそらく、これまでラナに次ぐ姉として自分を抑えていたものが、今日俺と腹を割って話した事で解放されたのだろう。
だから純粋な興味として、俺の素性を聞いてきたのだ。
「俺はな……」
まさか異世界から転移、いや転生して来たとは言えない。
だから、
「東の海を越えた国から来たんだ」
と、嘘ではないが本当でもない答えをした。
東方にどんな国があるかなんて知らないが、海の向こうならどうとだって脚色できる。
実際、俺は前世で東方の島国である日本の人間だったし、我ながらうまい事を言ったもんだと、内心で自画自賛する。
だが、
「うみ……」
「そうさ、海だよ」
「海って――何ですか?」
「はい?」
まさかの返しに呆然とする。だがエルの反応は嘘を言っている様には見えない。
「い、いや海だよ。陸の端っこから、ずっとずっと水が続いていて、果てしなく続いたその先にまた陸があって……」
俺は何を説明しているんだろうと思うが、それでも両手を広げてそのスケール感を表現する。
「フン、何を絵空事を……。嘘をつくんなら、もうちょっとマシな嘘をつくんだね」
相変わらず窓際で酒をあおっている母親が、珍しく会話に参加してきた。
いやお前、人をディスる時しか絡んでこねえのかよ! とツッコんでやりたかったが、子供だけでなく大人までが俺の話を眉唾扱いしてきた事に、内心焦り始める。
この異世界は――マジで海がないのか、と。
確かに三千世界があれば、天動説の世界や地動説の世界だって――、もちろん海のない世界もあるのだろう。
「レオ、嘘ついちゃダメだよー」
「レオ、うそつきー」
ありゃりゃ、アーシャとカムリまで、笑顔で俺を嘘つき呼ばわりしてきたぞ。
まあ、この子たちにしてみれば、俺の言っている事は、いつもしている昔話と同じ類いの『ホラ話』に聞こえたんだろうな……。
嘘つき呼ばわりされるのは少々悲しいが、子供たちが喜んでくれればいいか……と思っていると、
「その海……、見てみたいです。綺麗なんですか?」
エルが目を輝かせている。その顔付きは未知のものに対する純粋な好奇心に満ちていた。
それに気をよくした俺は、
「ああ、綺麗だ! 青くて、でっかくて、波があって、船に乗ってどこまで進んでも、ずっとずっと水なんだ!」
大人げないくらいのオーバーリアクションで、海というものを表現する。
すると今度は、
「アーシャも海、見たーい」
「うみー、うみー」
と、さっきまで俺をホラ吹き呼ばわりしていたアーシャとカムリまで、食いついてくる。
やっぱ子供は単純だなと、内心苦笑しながら不意に目を逸らすと――。
それまでなるべく俺と目を合わせない様にしていたラナまでもが、ボーッとした顔で俺を見つめていた。
俺もそのまま、ラナを見つめてしまう。
わずか数秒だったと思うが、我に返ったラナが先に目を伏せてしまう。
俺も子供たちに気付かれない様に、すぐに目を逸らすが、その先にいたエルがニッコリと笑っていた。
ラナとの溝が埋まった訳ではないが、その糸口を作ってくれた、このおませさんに目線で感謝する。
それにもエルは、ウインクで『どういたしまして』と応えてくれた。
その晩はそこまでだったが、半歩でも前進できた事を感じながら、俺は納屋の硬い床で眠りについた。
翌日もラナは、一人で薬草取りに出かけていった。
まあ今のところは、それで仕方ないと思い、俺も狩りに出るまでの時間潰しに、アーシャとカムリと外で遊んでやる。
「ねえレオ、ラナお姉ちゃんとケンカしたのー?」
「けんかー、けんかー」
ガキの洞察力の鋭さに脱帽するが、そこは大人の対応でお茶を濁してやり過ごす。
するとラナの家を訪ねて来る男の姿が目に入る。
男はガタイのいい体を、茶色いローブで顔まで隠している――。
どう見てもカタギの人間には見えなかった。
応対に出たエルが、すぐに俺に目くばせしてくる。
――――! こいつか⁉︎
スキル『洞察』を発動する。
《所属:王兄軍伝令部隊》
ぐ、軍の人間――⁉︎
想像もしていなかったその素性に、俺は子供たちに気付かれない様に、そっと息を呑んだ。




