【13】『無理無理無理無理』
エルが、ラナを助けてくれと言った。
突然の事に俺も混乱したが、エルの顔は真剣だった。
「……分かった。落ち着いて話してごらん」
しゃがんでエルの肩に手を置き、目線を合わせてやる。
それほどエルの顔は悲壮感に満ちていた。
この幼い心で相当の決意をしてきたのだろうと、胸が締めつけられる。
それは言うなれば告発をする様な――、自分の行動が、誰かを裏切る事を覚悟している顔付きだった。
「ラナお姉ちゃん……、きっとお母さんに……嫌な事させられてる」
勇気を振り絞って言った、エルの一言に胸がチクリと痛くなる。
「うん……」
「時々ね、お母さんのところに『依頼』の人が来るの。そうするとね、お母さんがラナお姉ちゃんを呼んで――、それから少しすると、お姉ちゃんが夜中にこっそりいなくなっちゃうの」
依頼――。そういえばこのキーワードを、度々耳にしていた事を思い出す。
俺が初めてラナの家に行った時も、あの母親は俺に、
――なんだいその男は? ああ、また依頼かい?
と言っていた。
「昨日、お姉ちゃんが飛び出して行った時も、後でお母さんに、依頼なの? って聞いたら、すごく怒られたし……」
そう言って、エルは涙ぐむ。
さっき届けられた金も、ラナが『依頼』を終えたからだと言っていた。
それを俺は、ラナが体を売った報酬だと思い込んでしまったのだ。
だが、これで俺が感じた矛盾が正しい事が証明された。
いや証明されてはいないが、そう信じたい。
ラナは、何か母親に命じられて、人には言えない仕事をやっている――。
それを俺が暴けばいいだけの事だ!
「エル……、もしまた『依頼』の人が来たら、俺にこっそり教えてくれるかい?」
「うん。お姉ちゃんを、助けてくれる?」
エルの顔に希望の光が差す。
「ああ、まかしとけ」
力強く請け合う俺自身の心にも、希望の光が差していた。
――待っていろ、ラナ。俺はお前の事も、必ず救ってやる!
決意を固めた俺は、それから荒れ果てた荒野に身を置いていた。
そこで、一心不乱にモンスターを狩り続ける。
錬成した銃を撃って、撃って、撃ちまくる。
ラナを救うため、今できる事をやるために――。
それはスキルレベルを上げる事だ。
この異世界にいる『暴食神』の分裂体の手がかりは、いまだ掴めていない。
もし見つからなければ、覚醒した『暴食神』によって、この世界はまるごと食われてしまう。
そうなれば俺はもちろん、ククルもラナも死んでしまう。
たとえラナを救えても、未来がなければ何も意味がない。
だから『暴食神』を倒す手がかりである、例の伏せ字を解くためのスキル上げを、今はやろう――。そう思ったのだ。
いつも来ていた草原を避けたのは、ラナと顔を合わせるのが気まずかったからだ。
今、ラナを問い詰めても、おそらく口を割らないだろう。
昨日までならともかく、今朝の事で心を閉ざしているはずだ。
それなら、もう現場を押さえるしかない。動きがあればエルが教えてくれる約束だから、それを待つ事が上策だと判断した。
別の狩り場を探すのは、スキル『探索』を使えば意外と簡単だった。
それに副産物もあった――。この異世界の情勢が分かったのだ。
目の前の事に手いっぱいすぎて、気にする余裕もなかったが、この異世界は先代の王の息子二人が、国を真っ二つにして争っている最中らしい。
大陸の中心線から東が王兄の領地、西側が王弟の領地で、絶賛戦争中だというから驚いた。
さらに驚いたのが、ラナの住む貧民街はその境界線のど真ん中にあり、いわゆる緩衝地帯という位置づけにあったのだ。
なるほど、下手をすれば最前線になりかねない位置に、富裕層が居を構える訳がない。
それでも貧民街周辺が平和なのは、今は休戦中か冷戦中か、もしくはそこが戦略拠点として価値がないからだろう。
ともあれそんな世界で、今日までラナたちが無事に生きてこられた事には、ホッとしている。
俺もミリタリー小説家のはしくれだったので、戦地の略奪の悲惨さは知っているつもりだ。
だが、そんな世界に――今まさに『暴食神』が隠れているのだ。
間違いなく戦争よりタチが悪い。
そう思い、来たるべき時に備えてスキルレベルを確認する。
草原とは違うタイプのモンスターに手を焼いた甲斐もあって、レベルは18にまで上がっていた。
それでもまだ伏せ字は開かなかった。
「クソッ!」
もう日も暮れてきた。気まずいとはいえ、さすがに帰らなければ、ラナも心配するだろう。
それに夜戦をするのにも、まだ不安がある。
ちなみにスキルで探り当てたこの狩り場は、東側の王兄の領地内にある。
無用の接触を避けるために、スキル『隠密』を使って移動していたが、途中で西洋騎士の様な鎧を纏った哨戒部隊に何度か遭遇した。
そいつらと万が一、戦う事になっても困る。
俺が倒すべき相手は『暴食神』であり、この異世界の人間じゃない。
「今日はお開きだな……」
また明日、新たな狩り場に出直すとして、今日は撤退する事を独り言の様に宣言する。
するとそこに余計なツッコミが入ってくる。
『なんじゃ、解体せんのか?』
センチアの念話だ。
確かに言われてみれば、今日だけで五十体近いモンスターを倒している。
当然、その死骸が死屍累々と辺りに横たわっている。
解体して、臓器を持って帰れば金になる。
頭では分かっている。分かってはいるが……。
「いや、無理だ。無理無理無理!」
と言って、俺はプイと背中を向ける。
もちろん気色悪いというのもある。
だがそれ以上に俺は、これはラナの仕事なんだという気持ちが、先に立っていた。
二人の共同作業――。それを一人でやる気には、どうしてもなれなかったのだ。
だから――、
『なんじゃ、ヘタレじゃのう』
というセンチアの言葉を、なんとも心地よく感じながら、俺は家路についた。




