【12】『助けて』
どうやって戻ってきたのかは覚えていない。
気が付けば、俺はまた納屋の硬い床に寝転がっていた。
ラナが自暴自棄になってしまったのは、俺のせいだ。
あられもない裸体を見てしまったせいで、余計に想像力がかき立てられ、頭がおかしくなりそうになる。
――ラナは! ラナは! ラナは!
床を転げ回る。
もう耐え切れない。顔を合わせる事さえ、正直怖い。いったい、どうすればいいんだ……。
頭を抱え、何も考えられなくなる。
そうだ、ここではないどこかへ――。
「逃げるつもりか?」
「うわっ⁉︎」
起き上がった先に、いきなりセンチアがいた事に驚いてしまう。
「な、なんだいきなりテメー。現界できないんじゃなかったのかよ⁉︎」
「しばらく休んどっとから、少しは力が戻ったわ。それに――」
センチアはそう言って、俺の目の前にあぐらをかいてフワフワと浮くと、
「――じれったい『ままごと遊び』を見るのにも、少々飽きたでの」
あさっての方角に目を向けながら、あざ笑うかの様にさらにそう言ってきた。
「て、テメー!」
一瞬で、頭に血が上るが、
「すべて投げ出して、また逃げるんじゃろ? なら、早う支度せい」
「――っ!」
センチアの冷静な指摘に、それ以上何も言えなくなってしまう。
そうだ。俺はまた同じ事をしようとしているのか……。
――何かを守ろうと頑張って、それに疲れて、全部嫌になって。
また前世の記憶がフラッシュバックされて、胸糞悪くなる。
「言っておくがな、今度はどこに逃げても『暴食神』を倒さんかぎり、お陀仏じゃぞ。お前も、ククルもな――」
乱れる俺の心を整える様な、センチアの言葉。
その瞬間、俺の思考はククルとの時間を思い出す。
激しく戦いながらも、共に報われぬ思いを胸に、ただひたすら前に進み続けた――あの『出られない異世界』で過ごした時間を。
その中で、ククルはやはり前世の記憶にうなされる俺を、膝枕の中でそっと泣かせてくれた。
俺のすべてを――許してくれる様に。
そのククルも死んでしまう。俺が逃げれば……。
右脚に巻かれた赤い縄に手をやる。
ククルからのHP供給用に付けられたそれは、今はもう肉に食い込み、外れないアンクレットの様になっている。
今もきっとククルは、『◯◯◯◯しないと出られない異世界』の伏せ字を開くために、懸命にレベル上げをしてくれているはずだ――。
少し心が落ち着いてきた。ここは大人の判断をしなければと、思考回路をフラットに戻す。
そうすると、目の前にいるセンチアに感謝しなくては――と気付く。
少々、癪にさわるが、叱咤激励してくれた事は間違いない。
「センチア、お前、俺のために――」
わざわざ現界してくれたはずなのに、
「フン、損得勘定じゃよ。あの母子の持つ『怠惰のカルマ』のそばにおった方が、『暴食神』に繋がる近道になるからの」
センチアはそう言って不敵に微笑む。
ここで少しでもデレてくれれば好感度も爆上がりするのだが、百戦錬磨のロリババアはやはり一ミリもブレなかった。
それなら俺もブレない事だ。心の傷は癒えないが、今はやるべき事をやるだけだ。
納屋を出て、ラナの家に行くとエルが出迎えてくれた。
ラナは明け方に帰ってきて、もう薬草取りに出かけてしまったらしい。
時刻はもう昼過ぎだし、やはりラナも俺と顔を合わせるのは気まずかったのかと、納得する。
それなら仕方ないと、用意していた銀貨十枚をエルに渡す。
これはラナから、預かっておいてほしいと託された金の中から出している。
――将来のために。
そう言っていたラナの言葉の意味が、今ははっきり分かるだけに余計に胸が痛むが、ここはこの妹弟たちを飢えさせないためにも、この金を使うべきだ。
「ありがとうございます」
妹弟たちの中でも年長のエルは、礼儀正しく頭を下げてくる。
おそらくまだ十歳を少し過ぎたくらいだろうが、ラナを支えているだけあって、よくできた子供だと感心する。
そのエルが、
「でも――、今日は大丈夫なんです」
と言ってきた事に首をひねる。
そんな俺の態度を見て、エルは少し迷ってから、
「ラナお姉ちゃんが、『依頼』を終えたので……、さっきお金が届けられたんです」
窓際で昼酒をあおっている母親に聞こえない様に、小さな声で教えてくれる。
また俺の胸がさざ波立つ。
ラナが体を売った報酬――。その前には、俺のささやかな心遣いなど無力なのだという事を、思い知らされる。
「そうか……」
そう言って、俺はエルに背を向け、家を出る。
昨日、俺が飛び出していくラナを止めていれば、こんな事にならなかったのかもしれない。
襲ってくる後悔に、胸が張り裂けそうになる。
俺が何か一言でも言ってやれば、あんな衝動的な行動には……。
――――? 衝動的?
いや待て、もし衝動的に体を売ったんなら、金は即金でもらえるはずだ。
なのにエルは、さっき金が届いたって言ってたぞ。
どういう事だ? 辻褄が合わねえぞ……。
生じてきた矛盾点に、立ち止まり頭を悩ませていると、
「れ、レオさーん!」
エルが息を切らしながら、走り寄ってくる。
「おいおい、どうした?」
突然の事に俺がキョトンとしていると、追い付いたエルは、荒れた呼吸を整えもせず一息に言ってくる。
「お願い、レオさん! ラナお姉ちゃんを助けて!」




