【10】『家族の領域』
「いただきまーす」
食卓に子供たちの華やいだ声が響く。
狭いテーブルには、今日は野菜だけではなく、少しだが肉料理も載っている。
ラナの家に訪れた団らんの時――。
やはりメシがちゃんと食えれば、人の心は明るくなっていくものだ。
それも、俺のモンスター狩りによってもたらされる金のおかげ――と思いかけた瞬間、
『フン、ワシのおかげじゃな!』
俺の心を読んだ様に、いきなりセンチアが念話をぶち込んでくる。
『ハイハイ、わーってるよ!』
俺も声を出さずに、念話で言い返す。
確かに俺がモンスター狩りをしてから、ラナの家の金回りは良くなった。
だが、ささやかながら肉を買えるまでになったのは、実はセンチアのおかげなのである。
――『のお、レオよ。あの薬屋――ずいぶんと足元をみておるぞ』
ラナが密かに食事を運んできたあの晩、さんざん俺をひやかした後、不意にセンチアがそんなタレコミを入れてきた。
どうやらあの薬屋は、ラナが貧困なのとモンスターの臓器の売買相場を知らないのをいい事に、買取り金額を半分以下に見積もっていたらしい。
俺が初めて倒したキメラの心臓も、買取り金額は銀貨十枚だったが、翌日それが金貨五枚で店頭に売りに出されていたのを見た時は、正直たまげてしまった。
やられたと思ったが、後の祭りだった。
金貨一枚の価値は、銀貨で二十枚に相当するらしい。
それなら売り手の利益が五割と見ても、ラナには銀貨が五十枚は支払われるべきだったのだ。
だから真実を知った俺は、その後は交渉の矢面に立ち、毎日対価に見合った金額をせしめる事に成功している。
冷たいのかお節介なのか、センチアが何を思ってそうしてくれたのは分からないが、とにかく今、ラナの家が飢えずにいられるのは、センチアの情報あってだという事は間違いない。
だからといって毎食ごとに、こうして耳元でドヤ顔コメントをされるのは、正直うざいのだが……。
「レオさんも、冷めないうちに食べてくださいね」
センチアとの念話に気を取られた俺に、ラナが笑顔でそう言ってくる。
俺ははにかみながら、ラナと内緒で取り決めた約束を思い出す――。
「お母さんに渡すお金は、レオさんの宿代と合わせて一日、銀貨十枚。エルたちのご飯のお金を引いた残りは、全部レオさんのものです」
俺が薬屋との交渉を適正にまとめると、ラナは何十枚もの銀貨を手に、そう言ってきた。
「いや別に俺は金は……」
余剰金ができたなら貯蓄にまわすべきだと考える俺は、すぐにそう答えた。
「レオさんならそう言うと思っていました。ハンターだなんて言っていたのに、おかしな人ですね」
しまったと思ったが、ラナは俺の嘘を見抜いておきながら、別にそれを責める事はしなかった。
それどころか、「じゃあ、こうしましょう」と前置きしてから目を伏せると、
「あ、余ったお金はレオさんが預かっていてください……。そ、その……将来の……ために」
と言い終えるなり、俺に金を押しつけて、そそくさと歩き出してしまった。
その真意を問い質すこともできないまま、その日から余剰金は俺が預かるという事が、暗黙の約束となってしまった。
確かに、あの母親を相手にラナが金を隠し持つというのは難しいだろう。
万が一、大金があるとバレれば、何に使い込むか分かったもんじゃない。
ほんとに厄介だ――と思いながら、その母親に目をやると、食事の輪に加わる事もなく、窓際で一人酒をあおっている。
――チッ。
俺は心で舌打ちしながら、
「ラナ、持っていくぞ」
と、テーブルの一角に用意された皿に手を伸ばす。
虚ろな目で暗闇を見つめる母親の側まで行くと、
「少しは食ったらどうだ? 何も食わなきゃ悪酔いすんぞ」
と、ちゃんとラナが用意していた母親の分の料理を、目の前に差し出す。
初めて間近で見るその顔は、酒と不摂生のために年老いた老婆の様になっている。
だがおそらくラナの年齢から逆算しても、まだ四十手前のはずだ。
俺より十歳以上若いはずのこの女に、いったい何があってこの様になったのか考えていると、ラナの母親はチラリとこちらに目を向けると、下卑た顔でようやく口を開く。
「お前……何が目的だい? ああそうか、ラナが抱きたいのかい? それなら金貨十枚持ってきな。それで考えてやるよ」
想像もしなかった言葉に、頭が真っ白になる。
だが、ここはラナの尊厳のために、怒鳴りつけてやるべきだと気付いた時には、
「お母さん、やめて!」
というラナの絶叫が、先に俺の耳に飛び込んできた。
「レオさんは……、レオさんは、そんな人じゃない」
「どうだかね――。だけどラナ……、もういいかげんお前も分別をつけたらどうだい? この――『怠け者』が」
涙声のラナに、母親はまた容赦なく『怠け者』と呪いの言葉を投げつける。
それに分別って――?
「なあレオさんよ。ラナとエル、アーシャ、カムリ……、みんな顔が似ていないと思わないかい?」
「――――⁉︎」
自虐的な母親の言葉に、嫌な想像が頭をよぎる。
「そうだよ。アタシはね、ラナの父親が死んでから、この体を売って今日まで生きてきたんだよ。エルもアーシャもカムリも……、みんな父親が誰かなんて分かりゃしないよ」
「…………」
踏み込んではいけない家族の領域――。
それに足を踏み入れた代償は、あまりにも大きな衝撃となって俺の胸を引き裂いた。




