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◯◯しないと出られない異世界  作者: ワナリ
第一章『怠惰:異世界攻略⁉︎』

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【08】『ヒーロー』


 俺は――薄汚い納屋に寝転がっている。

 ラナの家の離れにある納屋だ。


 俺はラナの母親が、子供たちのメシ代まで酒につぎ込もうとしているのを見て、


 ――金なら俺が払う。


 と言ってやった。


 これは、その結果だ。


『あれだけダサい啖呵を切ったあげくにこれとは、ほんとに無様じゃのう』


 センチアも念話で俺をあざ笑ってくる。

 だが俺は、自分がした事を後悔してはいない。


『あん時ゃ、ああするのが一番よかったんだよ』


 ラナを助けた恩人にもかかわらず、母親は俺に、泊めてほしけりゃ金を払えと言ってきやがった。

 だから俺はそれを逆手にとって、宿代を払うからその代わり、代金は子供のメシのために使えと条件を出した。


 あの母親の事だ――。どうせいくらかピンハネして酒代にまわすんだろうが、それでも子供たちがメシを食えるのなら、それでいいと俺は思った。


「あーあ……」


 低い天井を眺めながら、ため息まじりに考える。

 これがヒーローなら、あざやかに母親を一喝して、子供たちを救ったんだろうな、と。


 だが、現実は甘くない。

 仮に俺が母親を非難したところで、あの母親は逆上して俺に出ていけと言っただろう。


 それで済むならまだいいが、その後、余計にラナや妹たちに辛くあたる事も考えられた。

 そうなれば最悪だ。俺はただ事態を悪化させただけの男になる。


 他の手段として、あの母親を叩きのめして、力づくで言う事を聞かせるという手もなくはなかった。

 だがそれをやれば、きっとラナは悲しんだ――。俺には分かる。


 あんな母親でも――ラナにとっては家族なのだ。

 俺は前世で、葛藤の末に家族を捨てる事ができたが、きっとラナにそれはできない。


 ――ラナは、優しすぎる。


 その優しさが形を変え、自己犠牲となっている事に、俺はやり切れなさを覚える。

 それでもラナ自身がそれに気付くまで、他人がどう言っても、彼女が変わる事はない。


 だから俺は、娘に金を無心し続ける毒親に、第三者の俺が金を渡す事で、あの場を収めた。

 ラナみたいな若者から見れば、ヘタレで最悪のやり方だったろうが、オッサンの俺としては『現時点』の対処として、最良の方法を取ったと思っている。


「世の中、やっぱり金かー……」


 納屋の煤けた天井に向かって、思わず呟いてしまう。


『そうだ、センチア。お前、神の権能で金とかドカーンと出せねえのか?』


『お前のう、神は造幣局ではないぞ』


 俺のたわけた問いに、センチアが呆れ声で返してくる。


『金さえあれば……、みんな幸せになれるんじゃねーのか?』


『それは否定はせんが、神がインフレの原因になる様なマネはワシにはできんな』


 いちいちもっともな回答に、返す言葉がなくなった俺は、


「あー、腹減ったなー」


 と、本能のままに呟いてしまう。


 思えば、この異世界に飛ばされてきてから、まだ何も食っていない。


 ちなみにラナの母親には、ラナから分け与えられた銀貨五枚を全部差し出した。

 なのにあのクソ母親、これだけじゃ納屋に一晩だけだと言いやがった。

 しかも母屋じゃないので、もちろんメシのサービスも無いときたもんだ。


 錆びついた耕作器具に囲まれながら、硬い床に素泊まりとか、俺の異世界ライフってマジで祟られてるんですかね?


 もうこれは、ふて寝するしかねえか――と思っていると、


「レオさん――。レオさん――」


 と、納屋の外から俺を呼ぶ声がする。


「――ラナ?」


 俺は起き上がると、すぐに納屋の扉を小さく開ける。


「レオさん!」


 俺の顔を見た瞬間、ラナが泣きそうな顔を俺に向けてくる。


「どうしたんだ、ラナ?」


「お母さんの事、ごめんなさい。こんな狭い納屋に泊まらせるなんて」


 そう言ってラナは心から申し訳なさそうに、俺に謝罪してくる。


「別に俺なら大丈夫だよ」


 ラナが悪い訳じゃない事を知っている俺は、本心からそう答える。

 するとラナは安心した様に微笑むと、手にした皿を俺の前に差し出してくる。


「お腹――すいてますよね」


「えっ?」


 そこには、野菜ばかりだが心を込めて作られたと分かる、ささやかな夕食がのせられていた。


「お母さんなら、お酒を飲んで居眠りしています。今なら大丈夫ですから、早く食べてしまってください」


 空腹の俺になんたる僥倖。マジこの子は天使か! と感動する。

 自分たちもロクに食っていないだろうに、他人の空腹を気遣えるなんて――。

 と思った瞬間、俺はある事に気付き、それをラナに問い質す。


「ラナ……、お前は食べたのか?」


「――――!」


 ラナの体が、ビクッと震える。それが答えだった。


 家族のために、自分の身を犠牲にするラナの事だ。

 俺のために、自分の少ない食いぶちを差し出す事ぐらいするだろうと思ったが、図星だった。


 きっと普段から、ラナは満足に食べていない。

 それは彼女の、筋肉質だがけっして太くはない腕や脚を見ても一目瞭然だ。


 過酷な家庭環境――。その中で、ラナは妹と弟に少しでも食べさせるために、自分の取り分を減らしているのだろう。

 だから俺にも、こんな事ができるのだ。


 だがどうして、こんな俺に?

 俺は――、カッコよくお前を救ってやれなかったのに……。


「レオさん。こ、これはお礼……、い、いえ私の気持ちです!」


 ラナは覚悟を決めた様に、まっすぐ俺を見る。


「れ、レオさんが、お母さんにお金を払ってくれたのは……、エル、アーシャ、カムリ、みんなが傷付かないため……。それと……私のためですよね」


 そこまで言ってラナは、顔を真っ赤にしながらうつむくと、


「ほ、本当にありがとうございます。れ、レオさん、とても……カッコよかったです!」


 そう言い終えると、料理がのった皿を無理やり俺に持たせ、母屋に向かって走り去ってしまう。


「ラナ……」


『プププッ、ヒューヒュー!』


 またセンチアが、俺をひやかしてくるが、もう気にはならなかった。


 ――ヒーローには程遠い大人の打算。


 そう思った俺の行動が、誰かに理解してもらえた事が、その時の俺にはたまらなく嬉しかったからだ。


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