【08】『ヒーロー』
俺は――薄汚い納屋に寝転がっている。
ラナの家の離れにある納屋だ。
俺はラナの母親が、子供たちのメシ代まで酒につぎ込もうとしているのを見て、
――金なら俺が払う。
と言ってやった。
これは、その結果だ。
『あれだけダサい啖呵を切ったあげくにこれとは、ほんとに無様じゃのう』
センチアも念話で俺をあざ笑ってくる。
だが俺は、自分がした事を後悔してはいない。
『あん時ゃ、ああするのが一番よかったんだよ』
ラナを助けた恩人にもかかわらず、母親は俺に、泊めてほしけりゃ金を払えと言ってきやがった。
だから俺はそれを逆手にとって、宿代を払うからその代わり、代金は子供のメシのために使えと条件を出した。
あの母親の事だ――。どうせいくらかピンハネして酒代にまわすんだろうが、それでも子供たちがメシを食えるのなら、それでいいと俺は思った。
「あーあ……」
低い天井を眺めながら、ため息まじりに考える。
これがヒーローなら、あざやかに母親を一喝して、子供たちを救ったんだろうな、と。
だが、現実は甘くない。
仮に俺が母親を非難したところで、あの母親は逆上して俺に出ていけと言っただろう。
それで済むならまだいいが、その後、余計にラナや妹たちに辛くあたる事も考えられた。
そうなれば最悪だ。俺はただ事態を悪化させただけの男になる。
他の手段として、あの母親を叩きのめして、力づくで言う事を聞かせるという手もなくはなかった。
だがそれをやれば、きっとラナは悲しんだ――。俺には分かる。
あんな母親でも――ラナにとっては家族なのだ。
俺は前世で、葛藤の末に家族を捨てる事ができたが、きっとラナにそれはできない。
――ラナは、優しすぎる。
その優しさが形を変え、自己犠牲となっている事に、俺はやり切れなさを覚える。
それでもラナ自身がそれに気付くまで、他人がどう言っても、彼女が変わる事はない。
だから俺は、娘に金を無心し続ける毒親に、第三者の俺が金を渡す事で、あの場を収めた。
ラナみたいな若者から見れば、ヘタレで最悪のやり方だったろうが、オッサンの俺としては『現時点』の対処として、最良の方法を取ったと思っている。
「世の中、やっぱり金かー……」
納屋の煤けた天井に向かって、思わず呟いてしまう。
『そうだ、センチア。お前、神の権能で金とかドカーンと出せねえのか?』
『お前のう、神は造幣局ではないぞ』
俺のたわけた問いに、センチアが呆れ声で返してくる。
『金さえあれば……、みんな幸せになれるんじゃねーのか?』
『それは否定はせんが、神がインフレの原因になる様なマネはワシにはできんな』
いちいちもっともな回答に、返す言葉がなくなった俺は、
「あー、腹減ったなー」
と、本能のままに呟いてしまう。
思えば、この異世界に飛ばされてきてから、まだ何も食っていない。
ちなみにラナの母親には、ラナから分け与えられた銀貨五枚を全部差し出した。
なのにあのクソ母親、これだけじゃ納屋に一晩だけだと言いやがった。
しかも母屋じゃないので、もちろんメシのサービスも無いときたもんだ。
錆びついた耕作器具に囲まれながら、硬い床に素泊まりとか、俺の異世界ライフってマジで祟られてるんですかね?
もうこれは、ふて寝するしかねえか――と思っていると、
「レオさん――。レオさん――」
と、納屋の外から俺を呼ぶ声がする。
「――ラナ?」
俺は起き上がると、すぐに納屋の扉を小さく開ける。
「レオさん!」
俺の顔を見た瞬間、ラナが泣きそうな顔を俺に向けてくる。
「どうしたんだ、ラナ?」
「お母さんの事、ごめんなさい。こんな狭い納屋に泊まらせるなんて」
そう言ってラナは心から申し訳なさそうに、俺に謝罪してくる。
「別に俺なら大丈夫だよ」
ラナが悪い訳じゃない事を知っている俺は、本心からそう答える。
するとラナは安心した様に微笑むと、手にした皿を俺の前に差し出してくる。
「お腹――すいてますよね」
「えっ?」
そこには、野菜ばかりだが心を込めて作られたと分かる、ささやかな夕食がのせられていた。
「お母さんなら、お酒を飲んで居眠りしています。今なら大丈夫ですから、早く食べてしまってください」
空腹の俺になんたる僥倖。マジこの子は天使か! と感動する。
自分たちもロクに食っていないだろうに、他人の空腹を気遣えるなんて――。
と思った瞬間、俺はある事に気付き、それをラナに問い質す。
「ラナ……、お前は食べたのか?」
「――――!」
ラナの体が、ビクッと震える。それが答えだった。
家族のために、自分の身を犠牲にするラナの事だ。
俺のために、自分の少ない食いぶちを差し出す事ぐらいするだろうと思ったが、図星だった。
きっと普段から、ラナは満足に食べていない。
それは彼女の、筋肉質だがけっして太くはない腕や脚を見ても一目瞭然だ。
過酷な家庭環境――。その中で、ラナは妹と弟に少しでも食べさせるために、自分の取り分を減らしているのだろう。
だから俺にも、こんな事ができるのだ。
だがどうして、こんな俺に?
俺は――、カッコよくお前を救ってやれなかったのに……。
「レオさん。こ、これはお礼……、い、いえ私の気持ちです!」
ラナは覚悟を決めた様に、まっすぐ俺を見る。
「れ、レオさんが、お母さんにお金を払ってくれたのは……、エル、アーシャ、カムリ、みんなが傷付かないため……。それと……私のためですよね」
そこまで言ってラナは、顔を真っ赤にしながらうつむくと、
「ほ、本当にありがとうございます。れ、レオさん、とても……カッコよかったです!」
そう言い終えると、料理がのった皿を無理やり俺に持たせ、母屋に向かって走り去ってしまう。
「ラナ……」
『プププッ、ヒューヒュー!』
またセンチアが、俺をひやかしてくるが、もう気にはならなかった。
――ヒーローには程遠い大人の打算。
そう思った俺の行動が、誰かに理解してもらえた事が、その時の俺にはたまらなく嬉しかったからだ。




