【07】『親ガチャと打算』
「お、お母さん、ご、ごめんなさい」
玄関から出てくるなり、いきなり怒鳴り声を浴びせてきた女を――ラナは『お母さん』と呼んだ。
快活さを見せていたラナの口調は、その瞬間、出会った時と同じ様な、オドオドしたものに戻ってしまう。
「で、今日はいくら稼いできたんだい?」
ラナの母親は、しゃがれた声で娘の稼ぎを問い質す。
そこには危難に遭いながら、帰還してきた娘の労苦をねぎらう感情など、微塵も見られない。
そんな光景に、俺は思わず歯がみしてしまう。
続けてラナの母親は、娘の背後にいるそんな俺の存在に気付くと、
「ん、なんだいその男は――? ああ、また『依頼』かい?」
一度顔をしかめた後、下卑た笑いを浮かべて意味不明な事を言ってくる。
依頼――?
俺がそのキーワードに思いを巡らせる前に、
「やめて、お母さん! レオさんは私を助けてくれた恩人なの!」
ラナは人が変わった様な強い口調で、会話の主導権を握ってしまう。
娘の強い態度に、険しい顔付きのラナの母親も、一旦は押し黙る。
だがすぐに気を取り直すと、
「フン。いいから、早く金を出しな。この――怠け者が」
そう言って、ラナを侮辱しながら手を伸ばしてくる。
その手にラナは、俺に分け与えた以外の、すべての稼ぎを差し出してしまう。
「チッ、これだけかい?」
五枚の銀貨に、ラナの母親が不満を述べる。
「今日は草原の薬草が、あまり見つからなかったの。それで奥深くまで入ってみたら、モンスターに襲われて……。それを助けてくれたのがレオさんなの」
「フン……」
ラナが説明しても、母親は俺に対する警戒心を解かない。
まあ初対面の人間をすぐに信用しないというのは当然だが、それにしてもこの母親の態度は異常すぎる。
一言でいえば無礼なのだが、それ以上にすべてを否定してくる様な身勝手さが鼻につく。
だから無意識に敵対心が湧き上がってしまうのだが、
「あの……初めまして。俺は流れ者のハンターで、レオといいます。実は、しばらくこの辺りに逗留したくて宿を探してるんですが――」
それでも俺は一応の礼を尽くして、来訪の意図を説明する。
「ねっ、お母さん。レオさんを泊めてあげて」
ラナもそう言って、口添えしようとしてくれるが、
「ハン、泊めてもらいたいなら金を払いな」
返ってきたのは、およそ娘を救った者にかけるべきではない、冷たい言葉だった。
「お、お母さん!」
当然、ラナは抗議するが、
「口ごたえするんじゃないよ! 怠け者の分際で!」
と母親に一喝されると、怯えた様に押し黙ってしまう。
――やはり元凶はこの母親だ。
事あるごとに『怠け者』と口にするこの母親のせいで、ラナは暗示の様な強迫観念を抱いてしまったに違いない。俺の直感は当たっていたのだ。
だが怠け者というなら、この母親の方がよっぽどそうだろう。
しゃがれた声は、明らかに酒ヤケしたものだし、近くにいるだけでもその体から、むせ返る様な酒の匂いが漂ってくる。
きっと今も、娘のラナを危険な目に遭わせながら、自分は昼酒をあおっていたんだろう。
「エル、これで買えるだけ酒を買ってきな」
母親は、後ろで怯えている子供たちの中から、年長の少女を手招きすると、ラナからもらった銀貨をすべて渡し、そう命じる。
「お母さん、そのお金はみんなの晩ごはんのお金も入ってるの! エルもアーシャもカムリも、みんなお腹をすかせているわ! だから全部お酒に使うのだけはやめて!」
ラナは母親の行為に全力で抗議する。
その口ぶりだけで、ラナたちがどれだけこの母親のために、ひもじく辛い思いをしてきたのかが理解できる。
「うわーん!」
「カムリ、泣かないで!」
小さな男の子が、場の雰囲気に耐えられず泣き出すのを、隣りの少し年長の女の子が必死に慰めて止めようとする。
「アーシャ、さっさと黙らせな!」
その行為にさえ、母親は怒声を浴びせかける。
そのせいで、アーシャと呼ばれた年長の女の子も、ひくひくと涙ぐんでしまう。
「お母さん、すぐに行ってくるから、もう怒鳴らないで!」
エルはなんとか事態を収めようと、自分も涙ぐみながら母親の指示に従おうとする。
「ダメだよ、エル! それじゃあ、またあなたたちが何も食べられなくなる!」
「いいの、ラナお姉ちゃん。いつも……、いつもごめんね……」
ラナの制止に、エルはその場に泣き崩れながら、姉の自分たちへの献身に謝罪する。
「…………」
もう俺は絶句するしかなかった。
――ああ、どこの世界もクソ親っているんだな……。
あまりの光景に、かえって俺は無感動にそう思ってしまう。
子は親を選べない。親ガチャ外しちまうと最悪なのは、どうやら異世界も同じらしい。
俺も家族については、さんざん嫌な思いをしてきた――。
それでも、ここまでではなかった事は言い切れる。
じゃあ今――、俺はどうする?
ここで抗議するのは簡単だ。
だが、これは家族の問題だ。他人の俺がどうこう干渉していい問題なのか?
それに感情にまかせて行動すれば、結果的にラナにも迷惑をかけるかもしれない。
あー、やだやだ……。ここはヒーローならガツンと言ってやるべきなんだろうな……。
そう思いながら、俺は足を踏み出し、
「おい――」
と、話の輪の中に入っていく。
それに母親が、
「ハン、よそ者が口を出すんじゃないよ!」
と、すぐに噛みついてくる。
はい、お母さん、やっぱりそう来ましたね――。はいはい、予想通りですよ。
「レオさん……」
ラナが俺に熱い眼差しを注いでくる。それは俺に何かを期待している目だった。
だがな、ラナ。俺は、お前が期待している様な事はしてやれねえよ。
だって俺――、オッサンだからな。
とりあえず、自分にだけは先に言い訳をしておく。
そして俺は、おもむろに口を開く。
俺って、カッコ悪りぃな――と思いながら。
「金なら――俺が払う。それでいいだろ?」
それはヒーローとは程遠い、大人の打算だった。




