【06】『お前の家に泊めてくれ』
「はい、これがレオさんの分です」
笑顔のラナが銀貨を差し出してくる。
村に着いてすぐに、草原で摘んだ薬草とキメラの心臓を、ラナは市場らしき一角にある薬屋の裏口で、コソコソとそこの店主を相手に換金していた。
差し出しているのはその金だが、どう考えても量が多い。
遠目で見ていただけだが、薬屋から受け取った枚数のおそらく半分はある。
確かにモンスターを倒したのは俺だが、それにしても大盤振る舞いすぎだ。
「ちょっと待て、ラナ。これは多すぎだ」
「いえ、私の気持ちですので受け取ってください」
微笑むラナは、そう言って取り合わない。
こう言われると、なんとも断りづらくなってくる。
どうしたものかと困っていると、
「本当の事を言うと……、お母さんに一度にたくさんお金を渡したくないっていうのも、あるんです――」
と、ラナは少し気まずそうに、はにかみながらそう言ってきた。
ラナの家族構成が、すでに父親が他界しており、働けなくなった母親と、妹と弟が三人いるという事は、道すがらの話で聞いていた。
だから、ラナが一家を支えるべく懸命に働いているという事も――。
だが、それならラナの言い分は、何かがおかしい。
生活が苦しいなら、余剰金は貯蓄すればいいではないか。常識で考えれば、それが普通だ。
なのに、母親にたくさんの金を渡したくないとは、どういう事だ?
いや、なんとなく分かる。
分かるからこそ――、他人が触れてはいけない『家族の領域』について、それ以上俺は何も言えなくなってしまう。
それをラナも察してくれたのか、
「大丈夫です。私がまた怠けずに頑張ればいいんですから」
と、また明るく微笑んでくる。
この笑顔は無理をしていない。だからこそ、余計に俺の胸は締めつけられる。
「ラナ――、お前は頑張りすぎじゃないのか?」
「いやいや、そんな事はないです」
即答だった。
――やめろ! そんなに背負うな! 頑張るな!
思わず、叫び出しそうだった。
他人のために自分の人生を犠牲にしてきた、前世の記憶が蘇り、不快な気分になる。
同時に俺自身が、このラナという少女に、必要以上に干渉しようとしている事にも、危惧を抱く。
――ダメだ、ダメだ、ダメだ! 守る対象を持つな! 足枷になる! 他人に執着するな! 俺は俺だけを守ればいいんだ!
すべてを捨てると決めた時の誓いを、自分に向かって言い聞かせる。
だが、何もかもが――割り切れない。
そんな俺を見かねたのか、
『おい、レオ――。このラナという小娘を探れ』
いきなりセンチアが、念話でそう言ってきた。
『探る?』
『ああ、そうじゃ。『大罪のカルマ』は、それ自体が神の領域であるために引かれ合う性質を持っておる――』
センチアの言葉に、赤の他人だった俺とククルが、ネット上とはいえ繋がった事を思い出す。
『つまりじゃ――、『怠惰のカルマ』を持つこいつを見張っておれば、いずれ『暴食』に行き当たるかもしれんでの』
『効率重視って訳か……』
『うむ、もうあまり時間もないしの。それに――』
センチアは少し間を空けてから、
『お前もこの娘を放っておけんのじゃろ?』
俺の心を見透かした様に、からかってくる。
『………………』
俺は肯定も否定もしない。いや、むしろできなかったといった方が正しいかもしれない。
だがセンチアが、俺がラナに干渉する『理由』を与えてくれた事が、この時は救いになった。
そして俺は迷う事なく、すぐに行動に出る。
「なあ、ラナ。実は俺は流れ者のハンターなんだが、しばらくこの辺りで逗留したいんだ。だから……例えばだ……、お前の家に泊めてもらうとかできないか?」
「えっ?」
俺の口から出まかせに、ラナがキョトンとしている。
ここに来るまでの話では、俺は旅人という設定だったが、ここに留まる理由をつけるために、少し脚色した。
いくらラナを探るためとはいえ――おそらく宿屋もあるだろうに――いきなり『君の家に泊めてくれ』は、やりすぎだったかとドギマギしてくる。
だが――、
「はい……。お母さんに、相談してみます」
ラナは頬を赤く染めながら、うつむき加減にそう言ってきた。
『ウッヒョッヒョッ、このスケコマシが。やりおるの!』
すかさずセンチアが、下衆な笑いと共にツッコんでくる。
『う、うるせえ! ラナを探れと言ったのはテメーだろ!』
俺もそう言い返すが、
『ほいほい。何はともあれ重畳、重畳』
センチアの野郎は、笑って取り合わない。
頭にくるが、これ以上、不毛な言い争いをしている訳にもいかないので、
「ラナ、ほんとにいいのか?」
俺は自分で言っておきながら、もう一度ラナに確認する。
「はい、レオさんなら……いいです」
その口ぶりに、年甲斐もなく胸がときめいてしまう。
『ヒュー、ヒュー! ヒュー、ヒュー!』
『うっせえ、黙れ、このロリババア!』
センチアのひやかしに、俺はそう言い返す事しかできなかった。
たぶんその時、俺は耳まで真っ赤になっていただろう……。
そしてラナに案内され、彼女の家に向かう――。
予想はできていたが進む度に、明らかにそこが貧民街と分かる区画に入っていく事に、俺は不安を覚えていく。
――ラナの心の中にある、歪な闇の理由を知りたい。
それが世界を救うためなのか、自分のためなのか、今の俺には判断がつかない。
――ただ、その答えが、ここにある。
そう思う事で、俺は自分の心をごまかし続ける。
「レオさん、ここです」
ラナが一軒の薄汚れた平屋を指差した事で、俺は我に返る。
「待っててくださいね。すぐにお母さんに――」
そう言って、ラナは俺を案内しようとするが、
「おいラナ、遅いじゃないか!」
しゃがれた女の怒鳴り声が、それより先に飛んでくる。
瞬間、俺はそこに元凶があると確信した。
それを証明する言葉が、続けて俺たちを出迎える。
「金は稼いできたのかい! この――『怠け者』が!」




