【02】『イレギュラー』
あー、もー、またこの『お題』かよ。
異世界転生して、またすぐミッション始めるとか、ここブラック企業ですか?
まあ、生き残るためには、センチアと契約するしかなかったんだが、それにしても人使いが荒いぜ。ハア……。
俺が諦めにも似た、ため息をついていると、
「この世界は――滅びるぞ」
センチアはそれまでの表情をあらため、真剣な声でそう言った。
「ほろ……びる……?」
いきなりの事に、俺はおうむ返しに問い返す。
一つの世界が滅びるなんて、あまりにスケールの大きすぎる話だ。
「それは、あなたが食われたという――『暴食神』のせいですか?」
ククルが、またしても冷静な指摘を入れる。
そういえばセンチアの固有領域の中で、俺たちは『七つの大罪』を司る、七大神の内紛を聞いたんだった。
今、話に出た『暴食神』は、センチアたち他の六神を食ってしまった、とんでもねえ奴だという事を思い出し、俺は緊張する。
だが『暴食神』は最高神を六つも取り込んだでせいで、自壊してしまったとも聞いている。
俺たちがセンチアの粛清対象となり、異世界に転移させられたのも、『暴食神』が吹っ飛んだせいで、他の六神が抑えていた『大罪のカルマ』が溢れ出し――俺は『強欲のカルマ』、ククルは『傲慢のカルマ』を被ってしまったのが原因だ。
その『暴食神』が、今さらなんだってんだ――?
「おお傲慢女、話が早いの――。そうじゃ、『暴食神』がこの世界を侵食しとるんじゃ」
「はあ? おい、ちょっと待てよ。『暴食神』はお前らを食って、消化不良で弾け飛んだって言ってただろ⁉︎」
俺は、思っていた事をそのまま口にする。
「ああ、言うたぞ。だが――死んだとは言うておらん」
「――――⁉︎ い、生きてんのか……?」
「ああ、そうじゃ。ワシら六神が食い残しの残滓でまだ生きておる様に、『暴食神』も身が弾け飛んだとはいえ、死んだ訳ではないのじゃ」
「…………」
衝撃の事実に、俺は呆然としてしまう。
そんな俺に代わって、
「で、『暴食神』はどの様な形で、この世界を侵食し、そして滅ぼそうとしているのですか?」
ククルがまたも冷静に事態を飲み込み、状況を明らかにしようとしてくれる。
だが嫌な予感しかしねえ。なんかロクでもない事になりそうな気がする。
「手短かに言うとな、『暴食神』は弾け飛んだ分、分裂したのじゃ」
「ぶ、分裂ーっ⁉︎」
手短かにとんでもない事を言われて、俺は血相を変える。
「奴はワシら六神と違うて、その身を食われた訳ではないからの」
「だ、だからって、そんな簡単に分裂なんてできるのかよ⁉︎」
「ほお、ボンクラのお前も、たまには良い所に目をつけたの」
「チッ、どういう事か早く説明しろよ!」
またボンクラ呼ばわりされた事に腹も立ったが、それよりも今はセンチアの話を聞く方が重要だ。
「『暴食神』は分裂したが、その分裂体にまだ自我はない――。そうじゃな、例えるなら、まるで底なしに腹をすかせた何人もの赤子が、世界すべてを食らおうとしてる様なものかの」
サラッと物騒な事、言ってんじゃねーよ! って事はだぞ!
「おい待てよ……。世界を食らうって、お前ら神のスケールなら――異世界全部を食っちまおうって事じゃねえか!」
「そうじゃ」
「もし、そうなったらどうなる⁉︎」
「世界は……無になる」
無――。死をも超えた漠然とした恐怖が俺を襲う。
だから、
「そんな事……させるかよ!」
俺は無意識に口走ってしまう。一秒後に、自分でも何言ってんだと思ってしまうほどの、不用意かつ大それた厨二病発言だった。
「よう言うた、レオよ! では――ワシの代わりに『暴食神』と戦え」
「…………はい?」
あ、これダメなやつだ。一番、言質取られちゃいけない奴に、取られちゃったパターンじゃない⁉︎
「ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっと待て! 戦うんなら、お前がやれよ! だって相手は神だろ? 俺、人間だぞ! そんな世界を食っちゃう様な、無自覚腹ペコ野郎の相手なんて無理だ! 無理無理!」
とりあえず急いで抗議してみる。
「ワシは今、残滓で身を保っておると言うたじゃろ。人一人ぐらいを相手にするならともかく、世界を相手にはできん。なんせ――」
あっ、このパターンは――、
「ワシの現界には、限界があるでの!」
ドヤ顔キター! しかも、ここでさっきの仕返ししてくるか? いやマジこいつ、神のくせにこういうとこ、スケール小せえな……。
なんて思っていると、
「のお、レオ。聞け」
急にセンチアが表情をあらため、俺の目をまっすぐ見つめてくる。
ロリババアとはいえ、よく見ると神ゆえの気高さなのか、センチアには神秘的な美しさがあり、俺は魅入られる様に立ちつくしてしまう。
「ワシは、お前に賭けてみようと思う」
「賭ける……?」
「そうじゃ、賭けじゃ。ワシは言うた通り残滓の身ゆえ、この身で世界を――暴食神に食われようとしておる世界を相手にはできん。じゃから、せめて世界に溢れ出た『大罪のカルマ』が、人々を不幸にせぬ様に危険因子を抹殺しておった」
「センチア……」
俺が転移させられた『出られない異世界』――あのセンチアの固有領域が、ただの処刑場ではなかった事に複雑な心境になる。
「じゃが『暴食のカルマ』だけは、それ自身が実体のため召喚はできん。こちらから討伐しなくてはならんのじゃ」
討伐――。小説や漫画の中でしか聞かない、非現実的な言葉に息を呑む。
「レオ、お前はイレギュラーじゃ」
「い、イレギュラー?」
「そうじゃ。ワシがこれまで固有領域に召喚してきたのは、『大罪のカルマ』を被った者どもの中でも、文字通りクズ中のクズどもじゃった。皆、我欲にまみれ、他者を害する事ばかりを願う――放っておけば大量殺人をしでかす様な世界の害悪じゃ。それに相応の報いを与える事に、ワシは躊躇せんし、非難も甘んじて受けようぞ」
「…………」
すぐには頭の整理がつかず、俺は何も言えなかったが、センチアは構わず続ける。
「じゃがレオ、お前の『願い』は違った――」
「…………」
「お前の願いは『世界征服』。最初は召喚のシステムエラーかと思ったが、そんなお前が次々と勝ち上がっていった事……、そしてお前が『固有スキル』を持っておった事に、ワシは何かを感じたのじゃ」
「えっ、固有スキルって、そんなにすげえのか?」
「そうじゃな、別名『神の領域』とも言われとるからの。人間が持っとるのは、一億人に一人いるかどうかじゃな」
「なっ⁉︎」
わざわざ『固有』なんて付いてるから、ちょっとはレアスキルなんだろうとは思っていたが、まさか一億人レベルのものだとは、マジで驚いた。
「それを二つ、いや最終的には三つもお前は手に入れた。もしやお前なら――と、ワシは途中から思った。お前がしでかす『とてつもない事』とは、他のクズどもとは違うのではないかとな」
「お、俺が……⁉︎」
いきなりの話で、マジで頭の整理がつかない。
『暴食神』の討伐。そして俺自身が『とてつもない事』をしでかすなんて、いったいどうすりゃいいんだよ。
俺が呆然としていると、
「キャーーーッ!」
遠くから女の叫び声が聞こえてくる。
そうそう、ほんと俺も叫び出したい気分ですよ。
――って、違うだろ! なんだ⁉︎ 誰か襲われてんじゃねえのか⁉︎
まるで俺は条件反射の様に飛び出すと、草をかき分けながら、声のした方角に向けて走り出していた。
触らぬ神に祟りなし――。そう思って前世を生きていたはずなのに、俺は転生してどうかしちまったのか?
まあそれ以前に、もうすでに神様に触れるどころか、契約しちゃってるんですけどね……。ガックシ。
なんて事を考えているうちに、現場近くに到達する。
「――――マジか⁉︎」
俺は声を上げる。
なぜなら、そこにいたのはファンタジー大嫌いの俺が、ゲームの中以外で見たことのないモンスターのオンパレードだったからだ。正直、スライム以外名前知らん。
その中央に、ポツンと女の子が立ちつくしていた。どうやらさっきの叫び声は、この女の子のもので間違いないだろう。
見たところ十代後半。なんでこんな少女が、モンスターの溢れる草原に一人で――、って考えるのは後だ。まずは助けねえと!
数は十体程度、皮膚は弱そうだから、9ミリ弾でいけるか――。
敵勢力を分析していると、俺の存在に気付いた少女から、意外な言葉が投げかけられる。
「あ、あの……、あ、危ないですから逃げてください。な、なんとか一人で……が、頑張ってみます……から」
その声は、全然大丈夫じゃない怯えたものだった。




