表彰式【02】『反論、反省、そして反逆』
「七つの大罪の……業だって?」
「そうじゃ。故あって、我ら七大神が抑えておった『大罪のカルマ』が世界に溢れた――。ここに召喚されたのは皆、そのカルマを被ってしまった者ども――。レオ、お前は『強欲のカルマ』。そこのククルは『傲慢のカルマ』をじゃ」
センチアは、俺たちがこの異世界に召喚された理由を、淡々と語る――。まるでそれが当然であるかの様に。
これで『運営』ことセンチアが、俺を『強欲』呼ばわりしていた理由も分かった。
それにククルが『傲慢』というのも納得だが、今、考えるのはそこじゃない。
俺が告げられたのは、神からの言葉――。言うなれば世界の真理だ。
それなら人である俺は、それを恭しく受け入れるべき――なのかもしれない。
だが――、このメスガキの言い分に、違和感以外の何も感じない俺は、呆然としながらも言い返す。
「ま……、待てよ!」
「うぅん?」
「お前の言う事が本当なら――」
神の言葉を疑うなど、それこそ世界の真理への冒涜かもしれない。
それでも――今の俺は、こいつに対する怒りの方が上回っている!
「じゃあ俺たちは被害者じゃねえか! だってそうだろ。お前たちが抑えていたモンが溢れちまったから、俺たちはそれを被っちまったんだろ? それならお前たち神は――、神なら俺たちを救う『義務』があるんじゃねえのか⁉︎」
至極当然の正論を言ってやったつもりだ。
神なら被害者を救うべきだろ――。それが加害者なら尚の事だ。
「ふぅむ……」
センチアは少し考える素振りをする。だが、その肩が次第に小さく揺れていく。
「プッ、プッ、プヒャッ! アッハッハッ、アーッハッハッハッ!」
それから吹き出す笑いを抑え切れなくなると、センチアは宙に浮いたまま転がる様に、腹を抱えて爆笑する。
「て、テメエ、何がおかしい⁉︎」
「いやいや、すまぬ。お前があまりに片腹痛い事を言いよるでの……。ハア、さて――」
俺の怒りに気付くと、センチアは破顔した表情と居住まいを正し、俺に向き直る。
別段、俺の罵声に怒っている様子もなく、表情は相変わらず不敵な薄笑いのままだ。
だが、それにたまらなく威圧感を感じる俺は、無意識に足が震えそうになる。
「お前は……『義務』と言うたの?」
センチアは静かに語りだす。
「あ、ああ。だって俺たちは、お前たちのせいで――」
「まあ不測の事態ではあったが、確かに『大罪のカルマ』が世界に溢れたのは、我ら六神の――いや七神の責任じゃな」
俺の言葉を遮り、センチアは感慨深げに頷く。
「そ、それなら――」
「じゃからワシは神の『義務』として――、お前たちを淘汰するんじゃ」
「――――⁉︎ と……淘汰?」
センチアの宣言に、俺は愕然とする。奴は俺たちを救うのではなく、淘汰すると言ったのだ。
「お前ごときの言いたい事は分かる。――神ならすべてを救えるだろう、と」
「――――!」
胸の中を見透かされ、言葉が出てこない。
「お前は『生態系』という言葉を知っておるか? 考えてみい――。数多の世界に生まれし生物が皆、その欲望のまま生きていけば、どうなると思う?」
破綻、崩壊――。口には出さないが、センチアの問いに、次々と答えが出てくる。
「分かったじゃろう。すべてを救えるものなら救いたい。じゃが生物は……、特にお前ら人は、利口になった分、あまりに愚か過ぎる」
「それが……七つの……大罪?」
「さすが察しがよいの。ワシら七大神もそれを制御する事で、最大限お前たちの生態系が自然であるべく努めてきた。じゃが事情が変わったのじゃ」
「事情……?」
「フン……。少しワシも興が乗ってきたぞ。お前はやはり、いささか他の者とは違う様じゃからの。手向けにもう少し教えてやろう」
そう言って、センチアは両手を広げる。
「この体……。今は現界しておるが、実体はもうない」
言った瞬間、センチアの体が透けていき、俺は息を呑む。
「実はの……、七大神の中で最強の『暴食神』が、我ら他の六神を食ろうてしまったのじゃ」
「は?」
意味が分からない。そんな俺に構わず、センチアは語り続ける。
「じゃが、さすがの『暴食神』も最高神を六つもその体に取り込むのは、無理だったんじゃな――。消化不良を起こして、その身が弾け飛んでしまいよった」
コミカルに風船が割れる様な仕草をするセンチアだが、その話の内容は一切、笑えない。
「なんとか我ら六神は、残滓によって身を保っておるが、世界に散り散りに散った『大罪のカルマ』を再びその身で抑える事は、もはや叶わなんのじゃ」
「…………!」
少しだけ話が見えてきた。
「だから……俺たちを――」
「そうじゃ。救えぬのなら切り捨てる。他の大を救うために、小の犠牲を選ぶ事も、また神の義務じゃ」
「そんな事――」
「許される。世界に必要なのはバランスじゃ。全部抱え込む様な、行き過ぎた善は時としてすべてを滅ぼす。お前にも――覚えがあるじゃろ?」
「――――!!!」
淡々と言い放つ、センチアの言葉が胸に突き刺さる。
確かに言う通りだ。
俺は事情はあれ、俺の重荷になるものを――、親、兄弟、その他の人間関係を、全部全部切り捨てた。
今でもその決断に後悔はない。だからこそセンチアの言い分は、俺の胸に深く突き刺さった。
そしてセンチアは問う。
「お前は……背負えたのか?」
「…………」
何も言い返せねえ。
「なら、お前にワシを批判する権利はない」
「俺は……、俺は……」
膝をつき、崩れ落ちてしまう。その頭上から、再びセンチアの言葉が落とされる。
「じゃがワシも、カルマを被った者すべてを殺めようとしておる訳ではない」
「そ、それなら」
わずかに見えた希望に顔を上げる。
「じゃがな、カルマを背負った者共の中に、とてつもない『願い』を抱いた者がおる」
「――――!」
「その願いの多くは、行き着く先に大量殺人と繋がる者ばかり――。そんなものは生態系以前に、ただ世を乱すクズでしかない」
「だから……、『生かす価値』がないっていうのか?」
「その通りじゃ」
すべての話が繋がった。なぜ願った瞬間に、この異世界に転移させらたのか。
「そ奴らのこれまでの人生には、いささかの同情もしよう。きっと皆、大きな挫折に苦しんできたのであろう――。じゃからというて、同じ境遇で耐えておる者もおるのに、身勝手に他人を殺めようなど、ワシは許さん。やはり生かしておいて良いものではない」
「じゃあこの異世界は――?」
「そうじゃ。ワシの固有領域で作った『処刑場』じゃ。ワシはこの通りの体じゃて、何百という相手をする訳にはいかん。ゆえに『出られない異世界』の中で、お前らクズを殺し合わせ、淘汰していったのよ」
「すべて……ペテンだったのかよ……」
「その暴言……、甘んじて受け入れよう」
「ふざけるな! 俺たちは……、勝てば出られるって必死に戦ってきたんだよ!」
「◯◯◯◯よ……。ああ、この存在はもう抹消しておるから、ここではレオか……」
小首を傾げるセンチアがそう言った。
その事で、俺が異世界に来てから、自分の名前を思い出せなかった理由が分かった。
今、センチアが俺の名前を言っても言葉にできなかった様に――、すでに俺の存在が、現世から抹消されていたからだ。
続けてセンチアは、
「レオよ――。お前なら、ワシの話が理解できるかと期待したのじゃがのう」
少し残念そうに言ってくる。
理解はできる。センチアの言う事は、おそらく正しい――。
だが己の身を抹消された事は、どうしても納得がいかない。
理解と納得は違うものだ。――たとえ神が相手でも。
だから俺はまた足掻き始める――。
「お、お前、正気か?」
センチアが動揺している。
別にそれは恐怖からではない。言うなれば、何か得体の知れない異物を目にした感覚だろう。
「ああ、正気も正気だよ」
そう言いながら、俺も自分の中の狂気を感じていた。
なぜなら、ちっぽけな人間の俺が――神に向かってナイフを構え、立ち向かおうとしていたのだから。




