決勝戦【12】『カルマ』
異世界――。
そうだ、こここは異世界だ!
ククルが来て、俺が来た――現世とは違う世界。
そもそも、どうして俺たちは、ここに来たんだ?
そして最後の一人になるまで、殺し合わされたんだ⁉︎
ククルは絶望が、その原因だと示唆した。
それなら俺たちは絶望によって、なんの宿業を――なんの『カルマ』を背負ってしまったんだ⁉︎
「ゲフッ、ゲフッ!」
ククルが血を吐きながら、咳込んだ。
「おい、ククル、大丈夫か⁉︎」
大丈夫な訳がない。38口径弾とはいえ、こいつはそれを五発も食らっているんだ。
食らわせたのは、誰でもない俺だ――。もう二度と反撃できない、致命傷レベルを想定した攻撃を。
だからククルが、どれだけ苦しいかは手に取る様に分かる。
「お、おい、早く『再生』のスキルを使え! まだそれくらいのMPは残っているはずだろ⁉︎」
さっき見た時、ククルのMPはまだ20ぐらいはあった。
全回復は無理でも、今の苦痛を和らげる事はできるだろう。
なのに、なぜそれを使わない⁉︎
「もう……いいんですの」
「何がいいんだよ⁉︎」
小さく呟くククルに、俺は大声で怒鳴り返す。
瀕死の人間を相手に、しまったと思ったが、今はそれを弁解している場合じゃない。
「ねえ、ダーリン。私はね……、現世で人間はみんなバカだと思っていたの」
「お、おい……」
ククルが吐血にも構わず、話し続ける事に動揺する。
「特に男が大嫌いだった。ただ男に生まれたってだけで、まるで特権を得たみたいに振る舞うから――。ほんと、どうしようもなくグズな生き物だって」
述懐は続いていく。
「そのくせ、何かあるとすぐに挫けて、足掻きもせずに逃げたり、謝ったり――。政治家も芸能人も、みんなみーんな……。だからね、私、頭もいいし、絵を描くのも得意だったから、そんなグズをメッタメタにするマンガを描いたの――。そしたら、みんなそれを褒めてくれるの! まったく笑ったわ。お前ら、どんだけグズでマヌケな、マゾブタ野郎なんだって」
口汚く罵りの言葉を綴るククルから、目が離せなかった――。
なぜなら、その表情には悪意がなく、むしろ一点の曇りさえない誠実さを感じたからだ。
「でもね……レオさんを見つけた時、私の中で何かが弾けたの。もしかして――この人だけは、私が今まで見た事のない『足掻き続ける人』なんじゃないかって」
「ククル……」
俺はそれ以上の言葉を失う。
「それからもレオさんは、何度も何度も足掻き続けてた。もう諦めてもいいド底辺のくせに、なんにも諦めていなかった。興奮しましたわ。ああ、私はレオさんを思って、何度絶頂した事でしょう……。だから、もう我慢できなくなったの。ネットの世界だけでレオさんを感じる事に。この人は、私に今まで見えなかった世界を見せてくれるかもって――。だから私の持つ、すべての知識を使って、レオさんの居場所を突き止めて、会いに行ったの……」
ククルが俺を探し求めた背景に、そんな事情があった事を初めて知った。
ククルはククルで、人生の活路を求めていたんだ――。その方法の善悪はともかく、痛いほどの思いだけは伝わってくる。
――つまりククルも、足掻こうとしていたんだ。
だが、そのタイミングは折悪しく、俺自身も人生を足掻くために、それまでのすべてを捨てた時に重なった――。
だからククルは、もぬけの殻の俺の家で――絶望したんだ。
「ククル、俺はな――」
「フフッ、いいんですのよ」
弁解しようとする俺を、ククルはそっと遮る。
「いくら私が超天才で、超売れっ子の同人マンガ家でも、一人の人間をそれこそマンガみたいに、自分の思うままに手に入れようだなんて――『傲慢』だったんですわ。しょせん、私もその程度の力しか持っていなかったんだって……」
「ククル……」
「だから願ってしまったんでしょうね。もうこんな世界は嫌だ。すべての男を奴隷にできる女王様になりたい――って。だってそうすれば……、レオさんがどこに逃げても、私のものになるでしょ。アハハッ、ほんと私ってバカみたい、ゲフッ、ゲフッ!」
「もういい、ククル! もう喋るな! 早く『再生』のスキルを使え!」
動揺する俺に構わず、それでもククルは喋り続ける。
「結局、こんな終わり方でしたけど、異世界に来れて良かったですわ。だってまさか、ここでレオさんに会えるとは思っていませんでしたから」
横たわるククルの目から、一筋の涙が流れ落ちる。
「命のやり取りばかりでしたけど、レオさんは本当に私が思った通りの人でしたわ。足掻いて、足掻いて、足掻いて……、死んでも足掻き続けて……。そして今、私にもすべてをぶつけてくれた――。それこそ、一切の手加減なしに」
ククルが血まみれの手を伸ばしてくる。
「だからレオさんは――ダーリンは、もう私のもの。私を――女王様を満足させるために、全力で足掻く奴隷なんです。だから思い残す事はありませんわ」
細い、本当に細い腕の先にある小さな手が、コマンドナイフを持ったままの俺の手を握った。
「それに勝者は一人ですわ。私はこのまま待っています……。だからダーリンのHPが私のスキルなしでも大丈夫になったら、そのナイフで私の首を落としてくださいませ」
そう言ってククルは――美しき女王様は、汚れのない瞳で優しく微笑みかけてきた。
「――――! ――――! ――――!」
俺の心が暴れ出す。
現世での忘れたい記憶がプレイバックされてくる――。
親兄弟さえ信じられなくなった、ただ耐えるしかなかった日々。
ワナビを意識しながら、それでもミリタリー小説を書き続けた、報われなかった日々。
そして異世界に転移してからも――。
訳の分からない部屋での、いきなりの殺し合い。
いつ終わるか分からない回廊での命を賭けた謎解き。
何もかにも、みんなクソな出来事だ。
でも、でも、でも、ククルだけは――。
お互いを罵り合うエレベーターで、本心をぶつけ合った末に分かり合えた事。
疲れ果て過去の記憶にうなされていた俺を、膝枕の中でそっと泣かせてくれた事。
一対二の勝負を強制しておきながら、最後は俺を助けてくれた事。
そして最後の戦いで、全力の俺に全力でぶつかり、倒されてもなお俺を必要だと言ってくれた事。
ド底辺小説家をやってた頃も、結局、同じだった……。
ククルだけは――俺を認めてくれていたんだ。
なんだよ……! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなよ!
もう満足したから、自分を殺してくれって⁉︎
勝者は一人だから、俺に勝ちを譲るって⁉︎
こんなに血まみれで可哀想なのに……、思い残す事はないだって⁉︎
そんな……、そんな悲しい事を言うなよ!
お前は天下の八ツ崎ククル様だろ⁉︎
お前はもっと――『傲慢』でいいんだ!
気付かないうちに、俺も泣いていた。
そして、なぜ『背負い刀』を用いた最初の奇襲で、ククルの首を飛ばせた瞬間――、固有スキル『裏読み』が俺に警告を与えてきたのかも、ハッキリと分かった。
――俺もククルに執着していたんだ。だからククルを殺せば後悔するって。
これも俺が『強欲』だからなのか……。
己の宿業――カルマを意識した瞬間、俺はそれを、俺自身に意識付けた存在に向かって叫ぶ。
「おい『運営』、見てんだろ! ――出てこい!」
白一色の虚空に、俺の声がやまびこの様にこだまする。
「俺はお前が課した理不尽なミッションに勝ち残ったぞ! どうだ、これで満足か⁉︎」
湧き上がる怒りが抑えきれない。同時に心で叫ぶ。
――このままじゃ、終われねえ!
HP1ながら、俺は拳を握り再び闘志を燃やす。
――勝者として、まだ俺には、俺なりの『ケリのつけ方』があるんだよ……。
だから出てこい『運営』――。俺はお前に直接、話がある!




