【66】『生きてこそ』
「レオーっ!」
粉砕され宙を舞う『神核』の中から、エウロラが現界する。
その幼い小さな体に、あらためて俺は驚く。
これが『暴食神』――。そして俺たちが、死ぬ思いで戦った相手なのかと。
現れた時、憎々しげだったその顔が、次第に穏やかになっていく。
同時に、その体も砂の様に崩れ始める――。
「ねえ、レオ――」
エウロラが静かに語りかけてくる。
「世界はね――『混沌』に満ちているんだよ」
俺にはエウロラが、何を言いたいのかが分からない。
「この世界だって、そうでしょ? レオが王様をみんな殺しちゃったから、新しい王様が決まるまで『混沌』の中で人々は苦しみ続けるんだよ」
『レオ、耳を貸すな!』
思念体となったセンチアが、念話で警告してくる。
「フフッ、センチアはいつもそう。七大神の筆頭なのに、いつも綺麗事ばっかり言ってた――。でも私は気付いたんだよ。全部、食べて一つにしちゃえば『混沌』は消し去れるって」
『小娘がたわ言を申すな! それで今、世界はどうなった⁉︎ ワシらが抑えておった『大罪のカルマ』が溢れ出し、世界はお前の言う『混沌』をさらに深めておるわ!』
センチアの念話は、エウロラにも聞こえているらしく、二人の最高神の論戦に俺は息を呑む。
「だからね、私は思ったの。今度は中途半端にしないって。今度こそ私が――、エウロラが世界を全部食べて『無』にしてあげるから」
『させるものか!』
「センチアは相変わらずだね――。でも……、いい『後継者』を見つけたね」
エウロラの言葉に俺は驚く。
――後継者? それは俺の事なのか?
センチアはそれについて言及してこない。
呆然とする俺に、
「ねえレオ。この異世界での私はこれで終わりだけど、また次の異世界で待ってるね」
エウロラが、再会を示唆してくる。
「私の分裂体はたくさんの異世界に散って、そこで復活の時を待っている――。その全部がエウロラだから、もちろん意識も共有している。この異世界での出来事も、全部覚えてるからね」
「…………」
スケールの大きい話に、俺は言葉が出てこない。
そうしている間にも、エウロラの体はさらに崩れていく。
そして――、
「じゃあね、レオ――。また会おうね」
まるで明日の遊びでも約束する様な口調で――、そう言い終えるとエウロラは『神核』ごと跡形もなく消えてしまった。
『レオ――、よくやった。エウロラを倒したぞ』
センチアが小さく呟く。
あまりの事に俺は呆然としたまま、立ち尽くしてしまう。
だが――、
「ラナ!」
横たわるラナの姿に気付いた瞬間、俺は絶叫する。
「ラナ、しっかりしろ!」
急いで、その体を抱き起こす。
虫の息だが、まだ生きている。
だが左胸から激しく出血している――。
エウロラの『神核』を砕くために、俺が放った9ミリ弾は、的確にラナの心臓をも撃ち抜いてしまったのだ。
分かっていた事だが、俺は自分の選んだ結果に激しく動揺する。
「レオ……さん。エウロラを……倒したん……ですね……」
ラナが薄く目を開きながら、俺に語りかけてくる。
「ああ、倒した――。みんなのおかげで……、お前のおかげで倒せたんだ」
俺はそう言って、ラナの手を握る。
その手は、すでに温もりを失い、冷たくなりかけていた。
「よかった……」
小さく呟くと、ラナはまた目を閉じる。
まだ息絶えてはいないが、その命の炎が消えていくのを、俺は肌で感じていた。
――何か! 何か手はないのか⁉︎
俺は必死に考える。
その時、フッとエウロラが言った言葉を思い出す。
――レオがみんな王様を殺しちゃったから。
「――そうか!」
俺には、まだやれる事があった。
俺はエウロラの言う通り、魔族だったとはいえ、この異世界を治める二人の王を殺した。
つまり――今、この異世界の王は俺だ!
それなら俺には『特権』が付与されている――。
――ラナ、待っていろ!
大きく息を吸うと、
「発動せよ! 固有スキル『征服特権』!」
力のかぎりの声で、俺は最後の手段を宣言する。
固有スキル『征服特権:LV10』
このスキルの効果は、俺が征服した世界なら、俺が選んだ者を自由に配下にできる。
その力で、俺はククルとも主従の契約を結んだのだ。
神の眷属となった俺との契約は、すなわち間接的な神との契約である。
その力で――、ラナを蘇らせる!
「ラナ……」
呼びかけながら、力を失ったラナの顔を近寄せる。
そして――、その唇を奪う。
口の中に広がる血の味――。
それはまさに、死を迎えんとする者の味だった。
それでも構わず、俺はラナと舌を重ね合わせる。
――どうか……、どうか生きてくれ、ラナ!
俺はその間、願い続ける。
その願いが通じたのか――、
「レオ……さん?」
唇を重ねながら、モゴモゴと呟くラナの目が開かれた。
「ラナ!」
俺は唇を離すと、歓喜に涙ぐみそうになる。
その瞬間、俺とラナがまばゆい光に包まれる――。
ククルの時と同じく、まるで一心同体になったかの様な感覚だ。
「ラナ! これでお前は、俺の配下としての契約を結んだ! もう大丈夫だ!」
俺は契約の成功に、安堵の声を上げる。
だが――、
『レオ! 契約は成立したが、ラナの出血が止まらん!』
「なっ⁉︎」
センチアの念話で、俺の希望は一瞬で打ち砕かれる。
ラナの左胸を見る――。
確かに心臓からの出血が止まっていない。
「センチア、どうしてだ⁉︎」
俺は思念体となったセンチアに問いかける。
『お前とラナとの主従契約は『征服特権』で成立した――。じゃが『征服特権』は復活スキルではないぞ』
「――――⁉︎ でもククルの時は転生できたじゃねえか⁉︎」
『あれはワシの固有領域で、かつお前たちの存在をすでにワシが抹消しておった『特殊条件』における『裏技』じゃ――』
「そ、そんな……」
『神の眷属となったお前と契約した事で、ラナにも多少の神気が宿ったのは確かじゃ――。じゃが致命傷レベルの傷ではどうにもならん……』
「…………」
固有スキルの効果を読み違えた俺は、膝をついたまま絶望にうなだれる。
きっと俺から授けた神気の力も、間もなく消えてしまうのだろう――。
「ラナ……、ラナ……」
再び目を閉じたラナの名前を呼ぶ事しか、もう俺にはできない。
そんな無力な俺の隣に、ツカツカとククルが歩いてきた。
ククルは俺の腕からラナを離すと、その体を地面にそっと横たえる。
そして激戦を終えたラナをいたわる様に、優しくその頭をなででやった。
俺がその光景に涙ぐんだ、次の瞬間、
――グサッ!
いきなりククルが、手刀をラナの左胸に突き込んだ。
「お、おいククル! なにやってんだ⁉︎」
豹変したククルの行動に、俺は愕然とする。
ククルは俺が傷を背負わない様に、代わりに自分がラナを殺すと宣言していた――。
だが放っておいても、ラナはいずれ死んでしまう。
今さら介錯など必要ない。
だから俺は必死にククルにしがみつき、
「やめろ! やめてくれ!」
と、ラナにとどめを刺す事をやめる様に懇願する。
それに返ってきたのは、
――ドゴッ!
会心のアッパーカットだった。
「邪魔しないでくださいまし! 『再生』のスキルを――直接、心臓に送り込みます!」
殴られながら聞いたククルの声に、俺は目を見開く。
「ククル⁉︎」
「こんな『傷』をこの先、ずっと引きずられても面倒ですからね――」
そう言ってうつむくククルは、頬を赤くしながら少し困った様な表情をしていた。
「ククル……」
ククルの素直じゃない優しさを目にし、安堵した瞬間、
「それともダーリン? もしかして私が『浮気相手』を、この機会に始末してやろうとしていた――とでもお思いでしたかぁ?」
打って変わった鋭い視線に、俺は呼吸が止まりそうになる。
少しもそう思わなかったといえば、嘘になる――。
そんな俺の心を見透かした様に、
――ドゴッ!
今度は華麗なボディブローが、俺の脇腹に炸裂する。
「この『貸し』は高くつきましてよ――。ダーリン?」
「は、はい……」
ここに来て復活した女王様ムーブに、自分がククルの王でありながら奴隷なのだという事を、あらためて痛感した瞬間、
『ようやった、ククル! ラナの生気と、レオが送った神気が繋がったぞ! もう大丈夫じゃ!』
センチアが、ククルによる蘇生の成功を宣言する。
そして少しすると、
「んん……」
ラナが小さな声を上げながら、目を見開いた。
「ラナ!」
今度こそ俺は歓喜の声を上げる。
ククルはというと、センチアのお墨付きが出た瞬間、傷口の治療を終えたラナから離れ、そ知らぬ顔でうつむいている――。
おそらく俺とラナの再会に、水を差さない様に気をつかってくれたのだろう。
それならと俺は――、
「レオさん――」
「ラナ――。これからは……、ずっと一緒だ」
微笑みかけるラナに、最高の笑顔で応えてやる。
後で――、ククルに殴られる覚悟を胸に秘めながら。
『よし! 『暴食神』は倒した――。次の異世界に転移するぞ!』
そしてセンチアが、異世界転移を宣言する。
ラナが生きたこの世界――。
そこにラナの家族はもういない。
人々を統べる王も、もういない。
エウロラの言う通り、この世界は今後長きに渡る『混沌』の時代を迎えるのかもしれない――。
それでも俺に悔いはない。
エウロラが言っていた『無』を俺は認めない。
人は生きてこそ、『混沌』の末に何かを掴めるのだから。
それを俺は、この異世界で知った。
だから俺は、これから転移する新たな異世界でもエウロラと戦う。
また傷付くだろう。また何かを傷付けてしまうかもしれない――。
それでも俺にはかけがえのない仲間がいる。
いや、かけがえのない仲間を手に入れたんだ。
ククル、センチア、そしてラナ――。
俺はボロボロになりながらも、転移の光の中で幸せを感じていた。
こうして俺は、たくさん傷付きながら、たくさんのものを傷付けながら――、かけがえのない仲間と共に世界を一つ救った。
第一章、完結しました。ここまでお読みくださった皆様に深い感謝を。
次回より、第二章『嫉妬:謎解き異世界⁉︎』が始まります。
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まだまだ『◯◯しないと出られない異世界』は続いていきます。これからも宜しくお願い申し上げます。
ワナリ




