【64】『奇跡』
「エウロラ! ラナの体から出ていけ!」
俺はラナの体を押さえながら、その体を乗っ取ったエウロラに向かって叫ぶ。
「クソッ! 離せ! 離せ!」
馬乗りに押さえ込まれたエウロラは、もがきながら抵抗してくる。
ラナの左胸には、心臓と同化した『神核』が光っている。
それを俺は――、わし摑みにして、引きずり出そうとする。
「ぐえっ!」
エウロラが、おどろおどろしい声を漏らす。
自身の『核』を握られたのだから、そうもなるだろう。
だが、いくら力を込めても引き抜けない。
エウロラの『神核』が――、ラナの体から微動だにしないのだ。
「フンッ! フンンンンーッ!」
「やめろ! やめろーっ!」
悶絶するエウロラに構わず、俺は『神核』を力まかせに引っ張り続ける。
なんとしてもエウロラを、ラナの体から引きずり出す――。
俺はその一念で、抗うエウロラを押さえ続ける。
だが苦しみ悶える顔はラナのものだ。
それに一瞬、心を痛めると、
「うがーっ!」
その隙に腕を解いたエウロラが、叫びと共に、俺の横っ面を思いっきり殴ってきた。
激しいパンチに意識が飛びそうになる――。
「うああああーっ!」
それでも俺は叫ぶ事で自分を覚醒させ、『神核』を握り続ける。
「痛い! 痛い! 離せーっ!」
再びエウロラが、今度は逆の頬を殴ってくる。
二度に渡る殴打に体がグラついてくる。
だが『神核』だけは、絶対に離しはしない。
「お前、いい加減にしろ!」
エウロラが連打で殴ってくる。
その度に、
「ラナ! ラナー!」
と俺は呼びかける。
「なんだお前、気持ち悪いんだよ!」
悶えながらエウロラが、顔を歪める。
それは何か不気味なものを見る様な、恐怖の色を帯びていた。
「エウロラ……。ラナの体から……出ていけ……」
朦朧とする意識の中で、俺は訴え続ける。
だが、もう力も入らなくなってきた――。
エウロラもそれを見逃さなかった様だ。
「レオっ! お前がエウロラから離れろーっ!」
エウロラが叫んだ瞬間、俺は柔道の巴投げの様な体勢に持ち込まれる――。
そして――、俺の体が宙を舞った。
――バーンッ!
背中から落ちる衝撃に、また意識が飛びそうになる。
――ダメだ! ここで気を失えば、すべてが終わる!
歯を食いしばり立ち上がる。
そしてフラつきながら、またエウロラに掴みかかる。
「な、なんなんだよ、お前は!」
エウロラが――、ラナの声で、ラナの体で俺を殴ってくる。
もう何発殴られたか分からない。
それでも倒れない俺を、エウロラは心から気味悪がっている。
俺だって、こんな事になるとは思ってなかったよ。
初めての異世界で、出会って、恋をして、未来を夢見た相手――。
そんなラナと、この最終局面で戦う事になるなんて。
しかもラナの体にはエウロラが入り込み、俺の体にはセンチアが神気を注ぎ込み、まるで代理戦争みたいになっちまった。
それでも最後は、また俺とラナが二人だけで向き合っている。
中身はエウロラでも、ラナと俺が対峙している事には変わりはない――。
そのラナの拳が俺を殴る。
「ラナ!」
俺はラナの名前を呼ぶ。
またラナが俺を殴る。
「ラナ!」
それでも俺はラナの名前を叫ぶ。
「この、この、このこのこのぉっ!」
エウロラが怒り、連打を加えてくる。
「ラナ、ラナ、ラナ、ラナ、ラナーっ!」
殴られる度に、俺もラナを呼び続ける。
たぶん俺の顔は、ひどい事になっているだろう。
エウロラも殴り疲れたのか、肩で息をしながら動きを止める。
それに向かって、
「ラナーっ、帰って来てくれー!」
俺は全身の力を振り絞り、呼びかける。
それにエウロラが、ラナの体をワナワナと震わせている。
「もーお前ー、いい加減にしろー!」
そして怒りに満ちた顔で、俺の首を掴む。
もうエウロラは、俺を殴っても無意味だと悟ったらしい。
その証拠に大鎌を錬成した。
まずい――。殴られすぎて逃げる事ができない。
しかも首を掴まれているので、ククルの鞭で引き寄せてもらったとしても、離脱する事はできないだろう。
そして、大鎌が俺の首に当てられる――。
ラナの手がそれを引けば――、俺の首が落ちる。
「レオ、これでおしまいにする!」
エウロラも、もう余裕がなくなったらしい。
ここでまた『神核』を掴んでやろうかと思ったが、腕に力が入らない。
「ラナ……」
だから俺は、まだ動く口で、またラナの名前を呼ぶ。
「それをやめろって言ってるの! もーいー、死んじゃって、レオ!」
怒りにまかせて、エウロラが俺にとどめを刺そうとする。
――クソッ!
俺も最期を覚悟する――。
だが――、大鎌は動かなかった。
「な、なんで⁉︎ なんで体が動かないの⁉︎」
エウロラの動揺に、俺も顔を上げる。
その時――、
「レオさん……」
ラナの声が聞こえた。
これまで聞こえていたのも、エウロラに体を乗っ取られたラナの声だった。
だが、今のは違う! 正真正銘のラナから発せられた声だ!
根拠なんてない。そう感じただけだ。
それでも俺は確信をもって呼びかける。
「ラナ……なんだよな?」
「はい――。レオさんの、ラナです」
奇跡が起きた――。
エウロラに体の制御権を完全に奪われたと思われたラナが、俺の声に応えて戻ってきてくれたのだ。




