【57】『俺が俺であるために』
エウロラに向かって俺は駆けていく。
――センチアでも勝てなかった。
――ククルは負けた。
そんな相手に、俺は立ち向かうんだ。
だが、もう怒りを抑えられない。
生気を失い、トーテムポールの支柱の様にされたラナ――。
その背中から、上半身だけを出して笑っているエウロラを、俺は許さない!
「よくもラナの体を弄んでくれたな!」
走りながら叫ぶ。
エウロラは最高神でありながら、人間の体を道具の様に使った。
ラナの股ぐらから顔を出したエウロラの姿は、思い出しただけでもゾッとする。
こいつは自分の『暴食』という欲望のために、ラナに寄生し、そしてその尊厳を踏みにじったのだ。
本来、『七大神』は、七つの『大罪のカルマ』を制御するための最高神であると、センチアは言っていた。
なのにこいつは、自ら『大罪』に溺れようとしている。
すべてを食べて『無』にすれば、『混沌』が一つになると、エウロラはエウロラなりの理論を述べていたが、到底認められるものじゃない。
たとえそれがガキのたわ言であろうと、許せないものは許せない。
ダテに俺も、アラフィフのオッサンをやってる訳じゃない――。
――ここはダメなものはダメと、大人がちゃんと叱ってやらねえとな!
意気込む俺は、スキル『隠密』で姿を消す。
「ほえっ?」
エウロラは、それに素直に驚いている。
ほんとにこいつは幼いのか、自信過剰なのか、まったく俺のスキルを警戒していない。
だがそれでも、行き当たりばったりの対応で、エウロラはククルを破った――。
その天性の戦闘センスは警戒しなければならない。
――スキル『塹壕』!
今度は、エウロラの周囲を転々とほじくり返す。
本来なら、ここにスキル『爆破』を仕掛けたいところだが、エウロラはラナの体と融合している――。
まとめて吹き飛ばす訳にはいかないし、周囲にはまだ王弟軍の兵たちもいる。
王弟軍を同士討ちさせておきながら、今さら言うのもアレだが、必要のない犠牲は出したくない。
だから今回の『塹壕』は、俺の射撃ポイントの確保が目的だ。
続いて、俺はステアーAUGを錬成する。
本当は対物ライフルを使いたかったが、今の俺の錬成精度では、ククルの鞭で引き金を引くという裏技なしでは、危なっかしくて使えない。
それでもステアーのM995徹甲弾なら、ベレッタの9ミリ弾よりも威力がある。
塹壕に潜ると、俺はスキル『索敵』を使って、エウロラの迎撃軌道を検索するが、軌道表示がまったく出てこない――。
つまりエウロラは――、俺の動きに呆然と立ち尽くしているという事だ。
――それなら先手必勝だ!
俺は側面の塹壕から体を出して、引き金を引く。
もちろん『隠密』のスキルをかけたままでだ。
距離は約二十メートル――。この距離なら外さない!
激しい射撃音と共に、M995徹甲弾がエウロラの横っ面に吸い込まれる。
「いったーい!」
不意を突かれたエウロラが、横殴りのパンチを食らった様に、顔をのけぞらせながら、ようやくシールドを張る。
そのせいで、残りの弾丸はシールドに弾かれた。
「レオ、どこ⁉︎ ずるいよ、出てきなよ!」
エウロラが顔をしかめながら、周囲を見回している。
普通なら、弾丸の軌道から俺の位置を割り出すはずだ。
だから俺は『塹壕』を複数作って、『隠密』のスキルと共に、居場所をくらまそうと考えたのだ。
なのにエウロラは、俺の位置が分かっていない。
一瞬、俺をおびき出すためのブラフかとも思ったが、エウロラにそこまでの考えはないはずだと思い直す。
だが、さっきのベレッタの銃撃もそうだが、ステアーの徹甲弾もいとも簡単に当たった。
しかもシールドが、まったく間に合っていなかった――。
これは俺の推測だが――、魔法世界において俺の物理攻撃は、イレギュラーな存在なのではないか?
その根拠は、センチアの放った光弾だ。
あれにはエウロラは、すぐに防御シールドを張っていた。
なのに俺の銃による攻撃には、ワンテンポもツーテンポも対応が遅れている。
おそらくだが、銃というツールは異世界では未知の存在のために、対応策が構築されていないのではないか?
とはいえ相手は神――、しかも最高神だ。
回数を重ねれば、必ず順応した上で、なんらかの対応策を構築するだろう。
エウロラは、かなり成長はした様だが、成体にはなっていないはずだ。
その証拠に、まだラナの体に寄生している。
ククルの魔法攻撃や、蹴り技の物理攻撃も、当たればかなりのダメージを与えていた。
幼体である今なら、まだ倒すチャンスはあるはずだ――。
おそらく寄生主であるラナの心臓を撃ち抜けば、エウロラも消滅するだろう。
ククルもラナを殺す事で、エウロラを倒そうとしていたのだ。
エウロラは、いまだ俺に無防備にその身を晒している――。
今の状況なら、おそらくそれは可能だ。
スキル『隠密』をかけたまま、エウロラの背後に設置した塹壕に潜り、ステアーAUGを構える。
そして照準をエウロラ本体の下にある、ラナの背中――心臓の位置に合わせる。
今、引き金を引けば、すべてが終わるのかもしれない――。
だが同時に、俺という存在も終わってしまうだろう。
なぜなら、俺はすべてを救うと決意したからだ。
今、安易な勝利を拾っても、俺はきっと自分を許せなくなる――。
だから照準を、エウロラ本体に合わせ直す。
世界一つと、惚れた女を天秤にかけるなんて、我ながらトチ狂っているのかもしれない。
――それでも俺は、ラナの事も必ず救う!
俺の中の『強欲のカルマ』が、また燃えたぎるのを感じる。
その瞬間、体に力がみなぎってくる。
――まただ。いったい、なんなんだこの感触は⁉︎
全身を襲う変化に戸惑った瞬間――、俺の目にエウロラの背中に光る物体が見えた。




