【52】『俺のために』
「あああああーっ!」
ラナが咆哮を上げる。
ラナは、エウロラと体の所有権を争いながら、大鎌で自分の首を刎ねようとしている。
――最後の決着をつける。
そうラナは言った。
それが、こんな決着なんて――。
思わず俺は目をつぶってしまう。
だがそこに、
「ふいー。あぶない、あぶない」
というエウロラの幼い声が、不意に聞こえてくる。
「なっ⁉︎」
見ると、ラナの背中から一本の腕が伸びていた――。
その腕がラナの大鎌を、すんでの所で止めている事に、俺は目を見張る。
「もー、自害なんてさせないよー」
腕が喋った。
いや、腕の奥にいるエウロラが喋っているのだ。
「自分を殺して決着をつけようだなんて、ラナはレオの事がほんとに好きなんだねー」
そう言いながら、エウロラが姿を現す。
「――――⁉︎」
俺だけじゃなく、ククルもセンチアも絶句する。
なぜなら、エウロラはラナの背中から、ニョキニョキと上半身を出現させてきたのだ――。
それはまるでラナから、エウロラが生えてきた様だった。
「は、離して……!」
ラナはそれでも自分の首を刎ねようと、エウロラに抵抗している。
だがエウロラはニタニタと笑いながら、握った大鎌を離さない。
「エウロラ! お前、もう成体になりおったのか⁉︎」
センチアの激しい動揺に、
「うーん、残念だけどまだなんだよねー。でも半分ぐらいなら、ほらこの通り。体を出せるんだよー」
エウロラは子供の様に、自分の復活具合を自慢する。
「あともうちょっとで、この体を全部乗っ取れるから、そしたらセンチアもまた食べてあげるからねー」
「させるか!」
センチアは、エウロラの隙を突いて、飛び出した体に光弾を放つ。
「おっと、あぶなーい」
エウロラが笑いながら、モグラの様にラナの中に体を引っ込める。
その瞬間、体の所有権も移り、顔がエウロラのものに変わった。
「ふー。話の途中に攻撃してくるとか、センチアはやっぱりずるいよねー」
エウロラがふくれっ面で、センチアを睨みつける。
ラナが命をかけ、自分もろともエウロラを葬ろうとした策は、これで失敗に終わった。
だが俺はそんな光景に、内心ホッとしている自分に気付く。
確かにラナが自害すれば、誰もラナを殺さなくて済んだ――。
――だけど、そんな終わり方は悲しすぎる!
やはり俺は甘いのか――? ラナを助けたいと思うのは『強欲』なのか――?
心が千地に乱れていく中、
「く、ククルさん……」
突然エウロラが、苦しげな声を上げる。
「――――⁉︎」
いやエウロラは、ククルを『ククルさん』なんて呼ばない。
これは――ラナが喋っているんだ。
「わ、私は……、もう……何もできません……」
「なんだ、この女! 勝手に喋るなー!」
予想外のラナの抵抗に、エウロラも慌てている。
そして最後の力を振り絞る様に、ラナは言った。
「だから、ククルさん……。私を殺して……ください……。レオさんの……ために」
「ラナ……⁉︎」
俺はただ、その名前を呼ぶ事しかできない。
ラナは絶対に俺が、ラナの事を殺せないと知っている。
だから頼んだのだ――。非情の決断ができるククルという存在に。
「……承りましたわ」
「お願い……します」
――俺のために。
その一言で、ラナとククルは共感した。
だから踏み出すククルを、今度は俺も止められない。
ククルの心には、なんの私怨もない。
ただ『俺のため』という、共通した思いのために、ククルはラナを殺しにいくのだ。
それでもやはり、俺は何もできない――。
心のどこかでは、ラナを俺が殺さないで済む事に、安堵さえしているかもしれない。
「なんかよく分からないけど、ククルはやっぱりラナを殺すんだねー。ひどいよねー」
もう体の所有権を完全に奪ったエウロラが、ククルの行動を非難する。
――違う、そうじゃない!
心ではそう思っても、声を上げる事ができない。
何もできない俺に――、そんな資格はないからだ。
ククルはエウロラの言葉にも動じていない。
むしろ冷静そのものに見える。
「やっぱりメスガキには、女心は分かりませんのね」
「んー? またククルは、難しい事言ってえらそうにするー」
「フン。それが分かる前に――その蕾、散らしてみせますわ!」
ククルが必殺を宣言する。
エウロラは余裕の構えだが、何も分かっていない。
ククルは今、本気で怒っている――。
どうやらエウロラは、地雷を踏んでしまった様だ。
だが分裂体とはいえ、完全復活に近付いているエウロラにククルはどう挑むのか――?
挑発によるセンチアとの連携攻撃も、もはや読まれているし、そのセンチアとエウロラの戦力差も、この目でまじまじと見せつけられた。
しかもククルは『傲慢のカルマ』を持っているとはいえ、神の眷属である俺と契約しただけの存在に過ぎない。
そんなククルが、どこまでエウロラに対抗できるのか――。
「どうしたのー。私を殺すんだったら、早くおいでよー」
距離を詰めていかないククルを、エウロラが挑発する。
「では……、参りますわよ」
そう言いながら、ククルは動かない。
次の瞬間、
「えっ、なにー⁉︎」
足元の地面から、次々と触手が飛び出してくる事にエウロラが驚愕する。
そして地面から伸びた触手は、エウロラの腕を、脚を――五体をすべて拘束する。
だが、それは触手ではなかった。
その正体は鞭――。
悠然と構えるククルが下向きに持つバラ鞭の先が――、すべて地面を貫いていた。
ククルの鞭は、王弟戦で複数の対物ライフルの引き金を引いた様に、自由自在に動く。
だがそれを、こんな使い方で応用するなど、想像もしていなかった。
「お、お前、地面を潜ってくるなんて、ずるいぞー!」
エウロラも、ククルの奇策に気付き、その手口を罵る。
「ハア?」
それに対するククルの返答は、冷酷そのものだった。
「このメスガキ――。ラナに免じて楽に殺して差し上げますから、感謝なさい」
ククルが空いた右手を突き出す。
「お、おい、やめろ!」
エウロラの絶叫にククルは微笑むと、電撃、火炎、氷結を息つく間もなく連射した。




