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リバーサルワールド あるいは現代の英雄譚  作者: 家川自信
青年の住む世界は退屈な牢獄である
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第二章 ここではない別の世界での出来事


 犬一匹吠えていない、虫一匹鳴いていない静かな夜だった。

 石や鉄を主成分とした高くそびえ立つ積み上げ物。そのてっぺんに居るのは二人の悪魔__いや『悪魔』と呼ぶのは適当ではない。『悪魔』は飽くまでも人間が使う呼称であり、彼らには彼らが使う呼び名がある__だった。

 彼らのうち一人はとても身体が大きく、もう一人のほうは小人のように小さい。二人の体格差はまるで象と鼠のようであった。

 ただ、二人の持つ雰囲気を見比べてみると、二人の身長に高低差があるのだけではないと解る。背の高いほうが迫力と威厳を放っていて、見られた者を萎縮させてしまうような王の気質を持っている。一方で背の低いほうは縮こまった姿勢と、老人の使うような大きな眼鏡を掛けているせいで、隣にいる彼の召使いのように見える。

 普通、これほどにまで大きさの違いがあると両者の繋がりは稀有なものになり、互いの『気に掛け』まで薄くなってしまう。ちょうど、人間が足元の虫の事にまったく注意を向けない事と同じように。

 しかし、彼らの場合はそうではなかった。この大きな身体の悪魔は、足元に居る小さな悪魔を会話の相手として、しかと見ており、また小さな身体の悪魔も大きな足の下から、相手となっている悪魔の顔を見上げている。見下ろす方も足元の悪魔を地面の木の実のようなものではなく、小さいながらも確かにある彼の目を見つめていて、また、見上げる方も頭上の悪魔を大樹の幹のようなものとしてではなく、見つけづらいであろう上から降る目線を細やかに見て追っている。

 このように、背の高い方も背の低い方もお互いの事を認識できており、己の世界にとって、意味の有る者として存在しているのであった。

「この町もだいぶ壊れてしまったな……」

 背の高い悪魔が背の低い悪魔に聞こえるようにつぶやいた。言葉尻に「なぁタオーグ」と付け足して。

「はい、ナローク様。天使達の猛攻にされ、あっちもこっちも廃墟同然にされてしまいました」

 タオーグと呼ばれた小さな悪魔は静かに答えた。

 二人が見る町は彼らが言う通り、瓦礫の山と暗い空しかない殺風景だった。彼が居るのは、瓦礫が積み上がって出来ている、建物ではないただの山だった。この世界の建物は全て破壊され、元の状態を留めている物は何ひとつないのだ。彼らの居るその山は、とても高かった。ゆえに、そこから見る景色は、地上に居るよりも余計に、もの悲しさを誘うものだった。

「秩序がどう、正義がどう、と言っておきながら、奴らのやっていることは単なる武力行使だ。奴らを崇める連中はどうやら低い所を飛んでいるらしい」

 嘲笑を混じえつつナロークは、タオーグに目を向けた。

 ナロークの言葉に答えるように、その小さな悪魔は口元だけで笑った。

 街だった物たちは、しばらくすると白くまばゆい光を放つようになり、そこから光をまとった細かい白い粒子が、水の中の炭酸ガスのように現れ、天に向かってふわふわと昇り始めた。その反応に対応して、倒壊物や廃屋が光に包まれたまま、溶けてゆくように小さくなってゆく。

 自分の顔の周りを浮遊する白い粒を見て、タオーグは顔を顰めた。

「しかし、何時見てもこの光景には慣れませぬな。ナローク様。本当に、この白いのが完全に無くなるのを待つ必要があるのですかな?」

 タオーグの質問に、ナロークは首を横に振って答えた。

「いいや、消えるのを完全に待つ必要はない。だがしかし、これは我々を守ってくれた街への手向けなのだ。お前の気分が悪くなるのも、国民たちに新しい街を提供するのを遅らせてしまう、ということは重々承知だ」

「国民たちよりも手向けの方が大事なのですか?」

 危険な問いかけをするタオーグに、ナロークは飄々とした態度で答えた。

「お前は急ぐ者だな。確かに拙速は良い方へ働く場合がある。しかし、こうした国の安全がかかったものには、巧遅なる手際で、抜かり無く行われる必要があるのだ。私は何も手向けに拘っているわけではない。実行の時間がやってくるその直前まで、私は安全を疑っていたいのだ。巧遅を軽んじ、目先の欲や焦りに駆られて、国を破壊してしまう者が、どうして皆の代表を名乗れよう?」

「はっ! 御見逸れしましたナローク様。私の悪い性でございました」

 そう言ってから、タオーグは頭を下げた。

 ナロークはタオーグの謝罪に、優しい笑みでもって答えた。

「かまわぬ。性分は変えられぬゆえ、それを責めることなど、私にも出来ぬからな。……それに私が巧遅を望むのには、他の理由があるのだぞ」

「それは如何なるものでしょう?」

 少し黙ってから、ナロークは答える。

「このわずかな時間のあいだであっても、多忙なる業務から解放されたいのだ。それにお前ともゆっくり話しができるしな」

「左様でございますか」

 タオーグは何も付け足さずに、そう答えた。

 ナロークは、そんなタオーグに笑いかける。

「責めてくれるな、タオーグよ。この任を負ってからというもの、私はわずかな時間でも、休息を得たいと思うようになったのだ。これも私の性だ。それに仕事をしている最中でも休憩ができて、且つこの仕事の成果に支障は出ないのだから、許してくれるであろう?」

「仰るまでもなく」

 タオーグは笑みを浮かべて、短くそう答えた。

 彼らの話しが終わると、光の粒子はもう地上には出てこなくなり、光に包まれていた物たちは全て消えてしまった。その頃には二人の悪魔は、場所を地に移していた。物の無くなったこの地には、文字通り、物が一切無いただの空間と、その空間を埋める二人の人影が有るのみであった。

 タオーグは光が出てこないことを確認すると、ナロークにこう尋ねた。

「それで…どうされますか? 国民は全員避難させてありますが」

 威勢のいい悪魔はすぐに答えた。

「ならば起動係を呼び出し、装置を作動させるのだ。機械が動けばこの世界は直ちに生まれ変わる。……そしてすみやかに国民達に気持ちの良い夜を提供するのだ」

 タオーグが答える。

「はい。ただちに行います」

 ナロークが返事する。

「焦らずにな。だが、日がてっぺんまで昇らないうちにやるのだぞ」

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