解呪②
「皆の者、今日はわが息子、第二王子ティタンの婚約式に参加してもらい、誠に感謝している」
皆面を伏せ、静かに話を聞いていた。
「ティタンが病に倒れたという話は皆知っているだろうが、この度回復する兆しが見えた。いまだ病状は変わらぬものの婚約式の運びとなったのだ」
病状はどうなのだろうと心配の声があがる。
「噂では容姿が変わってしまったと聞いたと思うが、事実だ。ティタンは人ではなくなった」
ザワザワとした声が大きくなる。
「ティタンが罹った病、それはとある魔術師による呪いだ。次期国王のエリックを狙った卑劣で悪意に満ちた呪いだ、それを庇ったティタンの体はみるみる崩れていき、別なものへと変わってしまった」
王族の悲痛な表情、ミューズもティタンの様子が心配になる。
「ミューズ=パルシファル辺境伯令嬢、こちらへ」
「はい!」
急に名を呼ばれ、ミューズはぎこちない動きだが国王のもとへいく。その隣にはティが付き添い、一緒に壇上へあがった。
「今までティを見てくれてありがとう、よくがんばったな」
「いえ、私は当然の事をしたまでです、そのような言葉を頂くわけには…」
「君は私達家族を救ってくれたのだ」
国王は皆に向き直り、演説を続ける。
「こちらのミューズ嬢はわが家族の大恩ある令嬢だ!なんと言ってもティタンの呪いを解くために力を尽くしてくれた」
そのような覚えはないと思い、ハッとティを見る。
怒られるのではないかとティは縮こまっていた。
「この獣こそが呪いを受けたティタンの姿だ!」
あぁ~~と、心で声を上げ、ミューズは危うく卒倒しかけた。
「実はミューズ嬢以外にも声をかけた令嬢はおる。しかし、その姿を見ただけで皆悲鳴を上げ逃げてしまった。仕方のないことだが…しかしミューズ嬢は臆することなくこの獣姿のティタンを受け入れてくれた。正体も知らず、王族が大事にしている獣というだけで数々の世話を一人でこなしていた。時には獣の身を清め、体調を崩した時には看病をする、献身的な世話を行ってくれたのだ」
だいぶ話が盛ってある。マオやチェルシーに目をやるが、涼しい顔で逸らされた。
「おかげで間もなくティタンの呪いは解ける。ミューズ嬢の勇気と優しさのおかげだ」
「お待ち下さい!」
一人の令嬢が声を上げる。
「私だって、その獣がティタン様だと知っていたら誠心誠意尽くしていましたわ!昔からお慕いしておりました!」
エリックが立ち上がり前に出る。
「君はティのお世話を頼もうと思った令嬢の一人だな」
「はい、覚えていてもらい光栄です!」
令嬢の目はキラキラと輝いていた。
「もしも始めから知っていたら、ミューズ嬢のように献身的な世話が出来たと言うことかな?」
「はい!私はティタン様の事をずっと昔から好きでした!自信があります!」
ミューズを睨みつける。余程自信があるようだ。
「…なるほど、ポーラ=レミントン子爵令嬢はそれ程までに自信があるのか。
では、今までの話が嘘だと言ったら?」
「えっ?」
エリックの足音と低い声が響く。
「このティは王族の妻となる者を見極めるための王家の魔獣だ。手懐けることが出来なければ、王族の妻にはなれない。レナンはたまたま一人目で手懐けてしまい、噂は広まらなかった…となったらどうする?」
レナンを呼び寄せ、二人でティを囲むように立つ。
さりげなくミューズを令嬢の視線から外させるよう彼女を隠すようにして。
「王族への愛がなければ、この魔獣は受け入れない。噛まれても大丈夫だ、王族には腕の良い治癒師が大勢いる。
さぁ、ティ。あちらの令嬢へ近づいてご覧。俺が良いと言うまで噛み付いてはだめだよ、場所が悪ければ死んでしまうからね」
「ひっ!」
物騒な事を言うエリックに令嬢は悲鳴を上げた。エリックは眉を顰める。
「おかしいな、ポーラ=レミントン子爵令嬢。ミューズ嬢より自信があるのならばティが近づいても大丈夫なはずだが」
ティがゆっくりと近づいていく。わずかながら唸り声をあげている。
「ティが選んだミューズ嬢を貶したのだ。ティも怒っているようだな」
鋭い目つき、見える牙。前足からは爪が出ている。
「この状態で自信があるなどと宣言出来る令嬢はそうはいない。肝が据わっているな」
いつ逃げ出すのかとエリックは楽しそうだ。
充分に近づいたところでティは止まった。
あと少しで令嬢に飛びかかれる位置だ。
「どうする?ポーラ嬢、発言を撤回するか?」
「は、はい、申し訳ございませんでした!」
ヘナヘナと座り込む令嬢を助ける者は誰もいない。
父親であるレミントン子爵すら足が竦んで動けなかった。
「不愉快だな。キール、この親子をつまみ出せ。二度と王宮へ入れるな」
「はっ!」
素早く二人を拘束させ、王宮の外へと案内された。
あれだけエリックに名前を呼ばれた令嬢は貴族の恥としていい縁談など来ないであろう。
最初のうちは名前を出さないようにと努めたが、ミューズを睨みつけたことが引き金になった。
「これでミューズ嬢の正当性がわかりましたね。申し訳ない父上、あのような者が紛れ込んでしまいました。続きをお願いします」
レナンと共に席へ戻ると国王は咳払いをし、話を続ける。
「ではミューズ嬢、最後の解呪をお願いする」
最後の解呪?どういったものだろう。
「真実の愛によって、ティタンの呪いは解呪されるのだ。献身的に尽くし、愛を育んできたミューズ嬢なら出来るはずだ」
真実の愛とは、それはつまり、
「愛する者のキスでティタンは元に戻れるのだ」
今度こそ卒倒するかと思った。
キスが嫌なのではない。
ティの事は好きだし、ティタンの事も好きだ。しかしこのような大勢の観衆の中、なぜ行う必要があったのか。
(昨日でも、一昨日でも良かったじゃない!)
このお膳立てを誰がしたかはわからないが、式のパフォーマンスとして選ばれたに違いない。
恋愛小説ならよくある事だが、現実で望むものではない。
周りの視線が痛い。
「くぅ〜ん…」
ミューズはその声にハッとした。
今辛いのは自分ではない、呪いがかかったティタンなのだ。
数ヶ月も前から人間の姿からこの愛らしい姿になっていたのだ。
自分ならともかくティタンは人間に戻りたいはずだ。
自分で戻せるかどうか、もちろん不安ではある。しかしティタンが選んでくれたのだ。この気持ちを生涯をかけて守っていきたい。
「恥ずかしいから目を瞑ってください…」
そっと唇を重ねた。
途端に体が光り出し、ミューズは目を開けていられない。
マオとニコラの幻惑魔法で、ティタンの姿は皆からは光輝いて見えてるはずだ。
ミューズにも知られてはいけなかった。
ここからイリュージョンよろしくの早着替えに入るからだ。
(体が痛い、骨が軋み内臓が潰れそうだ)
ティタンの視界はグングンとあがり、叫び声を必死で抑える。体が作り変えられているのだ。
眼の前には目を閉じているミューズがいる。
何も纏っていない姿を見られたら社会的に死ぬだろう。
歯を食いしばりながら、両腕を伸ばし、足を揃える。
上半身はメイド達が、下半身はルドとライカが着せていく。
この日のために用意した遮光グラスをかけ、急いで服を着せている。
最後に髪を撫で付け、ティがつけていたスカーフを左腕に巻いた。
急いでティタンから離れたのを確認し、マオとニコラはじょじょに魔法を解いていく。
激しい光が引いていくのを感じ、ミューズは目を開けた。
「ミューズ…」
目の前には大きな男性がいる。
ミューズより頭2つ分高いであろう男性は紛れもなくティタンだ。
薄紫色の髪に黄緑の瞳、白を基調とした格調高い衣装。
左腕にはティがつけていたスカーフをつけている。
「君のおかげで元に戻れた。礼を言うぞ」
ニカッと笑うは爽やかな笑顔。
ミューズはさすがに3回目の驚きには耐えきれず、気を失ってしまった。
「ミューズ!」
急に崩れ落ちたミューズの体を支え、抱えこむ。
その体はとても軽く、すっぽりとティタンの腕に収まってしまった。
すぐに治癒師が来てくれた。
「特に体に問題はありません。余程気を張りすぎたのでしょう、ゆっくりと休ませてあげてください」
ミューズを抱えたまま、ティタンは息を吸い込んだ。
「本日お越しの皆様、今日は俺の婚約パーティに来て頂き誠に感謝する!
しかし、今まで俺の解呪に力を貸してくれていたミューズが過労で倒れてしまったのだ。式の途中であるが、俺とミューズが抜けてしまうことを許してほしい」
よく通る声でそう言うと愛おしそうにミューズを見つめる。
「結婚式については後日改めて書簡を出すつもりだ。その時はぜひ万全の状態で皆様をお招きしたい」
「パーティはまだ始まったばかりだ。アドガルムのおもてなしを存分に楽しんでいってくれ。では先に失礼する」
挨拶が終わり、退場すると駆け出さんばかりの早足で自室に向かう。
マオも合流し、ミューズを心配している。
「心身ともに疲労がたまったですか。ミューズ様をしっかり休ませるです。ちなみに見えてなかったとは思うのですが、大丈夫そうでしたか?」
「大丈夫、だと思う…」
気を失ってしまったのが自分の裸を見たからとは思いたくない。