表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/59

現実に昼ドラが起こるわけがない

「あ、あ……そう」


 生姜とお茶は死体を切り刻んで煮込む時の匂い消し、アルカリ洗剤は酸性である血液を消すのに使う。

知識はあればあるほど良いって言うけど、現実逃避している俺に現実を突き付けてくるなら無知の方が良かったかもしれない。

 ま、でもここは一旦落ち着こう。

 殺そうとしてるのか? 当然、俺もそう思った。

が、今朝まで仲良く喋っていた友達を夕方になって殺す、なんて昼ドラでもあるまいしあり得ない。

 少なくとも揉めたら、さっきまでいた雪宮の態度からイラつきが出るはずで、それすらなかったという訳はただ単に夕日の光りのあて具合。それと、潜在的に彼女へ恐怖している俺の主観によるミス、そう判断するのが合理的だ。

 袋をわざわざ後ろに隠したのも、何か女の子の日用品が入っていたから、包丁は大方何か料理してと雪宮が頼んだから扱い慣れた物を持ってきたのだろう。


「そっか、今日生姜安かったもんな」


 歩くときは包丁を下に向けた方が良いよ、そんな注意が頭に浮かぶが俺ごときが偉そうに指摘しなくても後々誰かが教えてあげるだろう。

 なので他愛もない世間話をしながら外に出て、自分の部屋に鍵をかけた。


「ねぇ……それより聞きたいんだけど、なんでぼっちが雪の隣に住んでるの?」


 鍵をかけていると、片桐が包丁を後ろ手に前かがみで首を傾げ、近づいてくる。

包丁を知覚すると妄想と分かってても恐れが湧いてくるな、ホラーノベルで判断ミスをした主人公なら、この後に刺されそうだ。

 いつ同じ状況になるか分からないのに、なんで俺は唯一の逃げ道である部屋に鍵を掛けちゃったんだろ、次からは安全が確保されるまで絶対に掛けないでおこ。


「まぁ、偶々だよ。俺も雪宮さんが隣にいると知っていたら別の所を選んでた。言っておくけど、ストーカーとかそんなじゃないぞ」


 明らかにカースト上位と隣なんて気遣いにもほどがある、もし五月蠅くしてみたら即座に学校で『隣に住んでる人がさ、オタクみたいでうるさくてウッザイんだよね』とか遠回しに聞こえる声で言ってくるに決まっている。


「ふーん、そっか」


 もっと疑われるかと思ったが、それだけ呟くとあっさり納得してくれた様子で片桐は雪宮のドアの前に戻って行く。

 相変わらず包丁は上を向いていて、危なっかしいがこれ以上無駄口をする必要もないと俺は階段を下り始める。


「……っぁ」


 だが、少し降りたところで写真のことを思い出す。そうだ、少なくとも雪宮よりは片桐の方が話通じるかもしれない。

 自分から別の話題を切り出すのは少々勇気がいるが、既に片桐とあった時点で蒸気を噴き出しそうにしている心臓では些細な問題だ。


「そういえば、っき雪宮さんに写真を撮られたけど出来たら消してってお願いしてくれない……ですか?」


 気軽に何もかも忘れて話しかけようとした、が1対1の状況だと、嫌でも昔の出来事がフラッシュバックして思わず丁寧な言葉遣いを選んでしまう。


「写真って、もしかして二人で楽し気に料理を作ってる奴?」


 知っている、ってことは遊びに片桐も参加する予定だったということか? なら話を聞いてもらえないかぁ。


「楽し気……? 多分それ、です。駄目ですか、ね」


 駄目だ、言葉遣いが統一しない。

自分で言っていてなんだが挙動不審でキモイと思う。テニスの時はまだ別の人たちがいたから意識を逸らせたのに、克服できたと思っていたけどまだまだ引きずっているみたいだ。


「ん、そっか、ううんいいよ、分かった。私から言っておくよ」


 顔を振って嬉しい返事をしてくれた片桐は、自分の持っていたナイフに目が行って、やっと危ないことに気づいたようで、ようやく生姜やらが入った袋の中にしまってくれた。

 しかし、想像よりも数倍あっさりと承諾したことで俺の中で「本当か」と疑惑の思いが大きくなる。


「疑う訳じゃないが本当か? なんかの遊びに使う訳じゃなかったのか?」

「……あそ、び」


 思い当たる節が無いように片桐は小さく呟く、写真を知っているのにそれで遊んでることは知らない。なら、もしかして雪宮の遊びの対象は片桐なのか。


「あぁ、うん。もう十分楽しく遊んだ後だから消させるし、安心して大丈夫だよ」

「っえ?」


 もう遊んだ後? 知らないように見えたのは俺の勘違いか。

いや、それよりもう全て終わったってこと? いくら何でもそれは早すぎないか? でも片桐がわざわざ嘘を吐く理由もないしな。


「どうしたの?」

「ん、いや、消してくれるならそれでいいんだ。ありがとう」


 一体何に使って遊んだか少し気になったが、ほじくり返して機嫌を損ねては全て無意味になってしまう。

 何より料理を食べさせれば機嫌よくなるかと思ってたら、雪宮に写真を撮られて主導権を握られた俺がうかつだった。く……油断できない奴。


「これから買い物に行くんでしょ、気を付けてね」

「…………あ、あぁ」


 気を付けて、そう言われた俺は小さく声を漏らしながら固まってしまう。

 家族ならともかく同級生に気を付けてと言われた時は何と答えるのが正解なのだろう、それも一度振られた人物から。

 やはりオーソドックスに行ってきますなのか? だがそれはそれで馴れ馴れしい気がする。きっと片桐なら『キモ、何様のつもりだよ』と思うはずだ。

「わざわざ丁寧にありがとう、気を付ける」

 これだ、これ、パッと頭に浮かんだが彼女の気遣いに気づきながら偉そうでも馴れ馴れしくもない。

 正解だ、そう内心でガッツポーズをしながら階段をウキウキに降りていると、思わず階段を一つ飛ばしてガクッと転びそうになる。


「――ッぁ」


 思わず漏れ出た声に唇を噛み締める。

まだ声が出なければ途中から二段飛ばしで速く降りたかったで言い訳が効いたが、漏れたからにはそれは通用しない。


「……」


 視界の隅に薄っすらと苦笑いを浮かべる片桐が映るが、気づかないふりをしながら俺は二度と後ろを振り向かずにその場を離れた。

 ……まだ初日だけどもうあの家には帰りたくないな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 昼ドラ…そろそろ火曜サスペンスが起こりそうだわ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ