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0-7

 翌朝。いかにもビジネスホテル風の目覚ましが鳴った。

 時刻は朝の六時半。時計は日本で使われているそのまんまで、これで一時間六十分じゃなかったら大笑いだ。

 間違いなく日本と同じなんだ。

 あの神は、知識のレベルではなく、実際に日本で暮らした経験がある。人類のいる他の星も知っているようだから、人間の範疇を超えた存在なのは確かだけど、彼女の拠点は日本なのだろう。

 恐らく、今も。

 だとすれば、あの神は私を地球に帰すことだって出来るはずだ。

 それは、私が神の要求に従う理由にもなる。


 もちろん、死んだ人間が戻ってどうする、とも思う。

 自分で自分の死を確認していないけれど、そして隕石というバカげた原因は受け入れがたいけれど、あの闇の神が嘘をついていないと確信している。

 なぜかって?

 自分には、騙して連れて来るだけの価値はない。地球上だけでも数十億の人類の中で、選ばれる理由がない。それなのに、わざわざ容易に信じられないような理由を告げる必要もない。簡単な推理だった。


 程よく身体が沈む快適なベッドの上で、どうでもいい思考にふけった私は、三十分後に起き上がった。

 現在の格好はホテル備え付けのパジャマ。「最高級」備え付けパジャマは、特に高級な要素もない。胸がきつい…のは、高級云々とは関係ないし。

 たぶん、この部屋は一泊一万円ぐらいのビジネスホテルがモデルで、そこに「最高級」を付けている。闇の神は、高級ホテルに泊まる経験がなかった。


 ―――――――――あ。

 触れずに済ませたかったけど、パジャマの中身はすごかったさ。

 シャワーのために裸になった瞬間、意識が飛びかけた。マンガでしか見たことのない、アンデスメロン二個。洗って分かる、とんでもない脚。同性なのに興奮して鼻血が出そうだった。

 出なかったけど。

 松野祐子の意識とは裏腹に、神の端末はこのとんでもない身体を当たり前だと思っている。恐らくこの身体は、闇の神の本体のコピーみたいなもの。私の成分が混じってレベルが落ちた顔すら絶世の美女だし、元のスペックは想像したくないな。


「おはよう」

「わっ! い、いきなり現れないで」


 と、その元凶が闇となって現れる。

 よく見れば、シルエットが自分と同じ。アンデスメロンも二個ついてる。闇のメロンって何さ。


「なら、いきなり声だけかけたら良かった?」

「それはもっと嫌」


 そもそも今は着替えで忙しいんだ…と言いかけた瞬間、下着どころか全身終わってしまう。まさかのリクルートスーツ。勝手に着せ替え人形にされた。


「神さまだからね。ああしたいこうしたいって思えば、だいたい出来るから」

「…………」


 暗に促されたので、仕方なく歯ブラシを要求したら、次の瞬間には右手に握られている。

 うーん。

 ちょっと理解が追いつかない。


「次は歯磨き。さぁ大きな声で!」

「……………」


 続けたくもなかったけど、闇が鬱陶しく急かすので、小声でつぶやいてみる。

 すると、歯ブラシの先に白いのがついた。

 恐る恐る口に入れてみると、昨日の朝、地球で使ったものと同じ味がした。


「貴方には慣れてもらわないと困るからねー。神さまなんだし」

「どこの神さまが手品師みたいな真似するのよ」

「この星の神さまは、種も仕掛けもない手品師。祐子様も立派な手品師になりなさーい」

「様付けるな」


 松野祐子は、歯磨きは食前派ってだけの、ただの人間なんだ。うん。ただの人間。



 そのまま、なし崩しのうちに朝食となる。奥はビジネスホテルそのままなのに、調理スペースの前には大きなテーブルと椅子四つ。マンションのリビングだ。

 テーブルも椅子も、「最高級」という感じはしない。どういう呼び名で作ったのか気になった自分にちょっと呆れる。

 ともかく、テーブルの向かいには闇。そして出現したのは温泉旅館の和定食。朝から非常識の乱発はきつい。


「その姿で食べるの?」

「食べるでしょ。どう、最高級って感じがする?」


 闇の口部分に食べ物が吸い込まれていく様子は、眺めていると食欲を減退させた。なので極力手元だけを見ながら箸を動かす。

 味噌汁、まぁうまい。

 つやつやの白米。余目のササニシキ…ではなく、つや姫?

 鮭の切り身もいい塩加減。なるほど、これが旅館の「最高級」朝定食なんだ…。


「おいしいけど、釈然としない」

「なぜ? 誰が作ったか分からないから? 人間が創造出来るのに、定食が作れないわけないでしょ?」

「私はまだ人間のつもりなの!」

「早く慣れたらいいのに。あ、それとツッコミはどこかで諦めなさいねー」

「余計なお世話!」


 人の意識が半日で創造主に慣れるわけない。マンガでよくある星の管理者みたいなレベルでもあり得ないのに、この闇はたぶんその日の気分で星を造るぐらいのデタラメが出来る。

 そして、端末という言葉で油断していたけれど、たかが端末程度でも星が造れそう。


 闇はきれいに朝食を平らげると、食べ終わった食器を片づけて消えた。後でまた会おうと告げて。

 全く会いたくはないけど、たぶん会うだろう。

 人間の常識が残っている今の自分は、この先もツッコミを入れずにはいられない。あの町長たちには言えない以上、他に相手がいない。

 あー憂鬱?



 まさか。

 オラワクワクすっぞ。正直な自分に呆れる。ないわー…とベッドに倒れ込んだら、アンデスメロンがたゆんと潰れた。これはワクワクしないわー。


※いよいよ楽しい街歩きの始まりだ。

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