0-12 動き始める時
「人は暮らしている。もう不死もないのに、なぜ建物や動植物は元のまま?」
「祐子の目に叶うのなら、もうこの星は自立出来るということね」
闇と並んだまま役場に戻った私は、現人神としての詔を発した。
この世界のすべては、時の流れに応じて変わる。草木は枯れ、物は朽ち、生きとし生けるものはいつか死ぬ。
例え神が与えたものでも、等しく時は流れる。そう口にする自分は、まるで本当に神になったような気分だった。
私以外には見えないまま、隣に立っていた闇は、その詔をすべての端末に伝えさせた。端末は私の声を拡散させるスピーカーとなる。一の町の端末が、他の端末を代表する、支配下に置く存在になった。
本気で現人神。やるしかなくなった。バカだな、自分は。
「百年の間、神は与えていただけ? 遠くの孫に荷物を送るように?」
「そう。祐子は詩人」
「端末任せで、そこまで無関心になれる? それが神?」
「………事情があるのよ」
興奮状態の人々と別れ、腹を立てたまま闇と街歩き。どことなくレトロなアーケード街は人通りにあふれているけれど、誰も二人に目を留めない。どうやら闇がいる場所は、自動的に人々から見えなくなるらしい。
闇はそうして、外部であり続けた。端末を置いた時点で、何の交わりもない関係ではなかったはずなのに。
闇の語った過去。
この星は創造から百三年目。なのに、創造した神は自称二十歳。そんなことがあってたまるか…と思ったが、事実らしい。
神にしてみれば、この星はまだ出来て三年。そう、自分にとっての三年で、この星の時間を百年以上経過させた。正確に言えば、創造した瞬間に百年経過させていた。百年の不死とは、早送りした時間だ。
そんな百年なんて、あってないようなもの。思わず自分もそう感じてしまうけれど、この星には確かに百年の時が流れていた。次から次へと子孫が増え、端末は彼らを収容する民家をせっせと増やしていた。役場はいつの間にか役場っぽい雰囲気になり、料亭に居酒屋チェーンのふざけた掛け声が広まった。
「この星は今から始まると思っていたけれど、もうこんなに始まっていたのねー。ちょっと感動したわ」
「あくまで他人事?」
「他人事じゃないから、貴方に委ねるのよ。祐子」
「勝手なことを」
「端末を乗っ取った責任はあるでしょ? もっとも、端末が貴方を選んだのだけど」
「選んだ?」
端末は人形みたいなものだけど、あくまで創造主の分身。つまり、ただの人間の魂が乗っ取ることなど出来はしないと闇は笑う。
少なくとも、乗っ取らせても構わないと端末は判断した。人形のあってないような自意識よりも、価値ある魂として。
「一応聞くけど、私のどこにそんな価値があるの? 日本で二十数年生きて、何も残していない人並み以下の人間の」
「失意のうちにバイト生活になって隕石にやられた松野祐子には、それだけの可能性があったってこと」
「無茶なこと言わないで」
「残念だけど、この星の創造主がそう認めたら、それが事実だから。祐子様は現人神にふさわしかったのねー」
茶化す闇に、明らかな逃げ出す気配を感じる。
そして、意識すれば聞こえて来る声。そう、この星に無数に設置された端末に、誰かが語りかける声。
「祐子、貴方はもう私に確認をとる必要はないわ。この星に関することは、すべてその頭に入っているから」
「それでも呼び出すつもりだけど、何か問題ある?」
耳鳴りのように響く声をシャットアウトして、闇の腕をつかもうとする自分。
予想通り闇は闇で、手応えのないまますり抜けてしまったけれど、そんなことは最初から分かっている。
「誰が神を引き受けようと、大元の創造主が貴方なのは変わらない。逃げないでよ」
「別に逃げはしないけど、祐子がやりにくいでしょ? いちいち伺いたてるつもり?」
「神さまは煩わしくてやりづらいくらいがちょうどいい、と思わない?」
「まさか二日目の神にそんなこと諭されるなんてねー」
片手間で星を造るような闇のことだ。二十四時間予告なしに呼び出そうが困ることはないだろう。
アーケード街の先、奥まった路地に「てぶくろ横丁」と書かれた看板の前で、闇の神と現人神は指切りげんまんした。
「それにしても、どういうセンス? 自称二十歳がこんな街並み知ってる?」
「ねぇ祐子。好きに造れるという時に、貴方なら何を造りたい? チューブの中を車輪のない車が飛ぶような街?」
「なぜそんな古臭い未来…」
闇は、自分が生きる現在より少し昔を創造した。それは要するに、現在が模倣したくなるような理想ではなかったから。
「だと思うんだよねー」
「なぜ他人事」
「こういうのは、後から気づくことだと思わない?」
「貴方が神じゃなかったら納得するけど」
あの現在にならないよう、やり直しが効く時期に設定する。余計なお世話って気もするし、放置した時点で台無しだけど、もしかしたら自分が創造する世界も同じ結果になるのかも知れないなぁ。
※習作としての導入編完結。続きも書くと思いますが、シリーズ連作みたいな扱いになる予定。