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0-11 みんなで料亭喜んで

「祐子様。こちらが町で一番の料亭でございます」

「お、おう…、これは」

「もちろん神さまに賜わりました、最高級でございます」

「最高級、ねぇ」


 神明明神の裏手、柳の並木の道沿いには、昭和初期かと言いたくなるレトロな料亭が並ぶ。

 闇は神さまなのだから、どんな過去の景色でも好きなように再現できる? それはそうかも知れないけど、何も知らない過去に辿り着けるはずもない。

 まさか悠久の時を生きる? ああそうか、神さまってそういうものか。


「勝手に想像しないでー。でも悠久の時はなんだか格好いいかなー」

「勝手に想像してるんだからツッコミ無用!」

「それは無理があるんじゃない? ゆゆゆ祐子様ぁ」

「様付けるな。というか、名前は教えてくれないの?」


 闇はいつでも予告なしに登場するのに、もう慣れてしまった。これも端末の身体のスペックが高いから?


「祐子が図太いだけでしょ?」

「だから勝手に読み取るな!」


 いちいちツッコミを入れるのも疲れたので、闇を無視して立派な茅葺きの門をくぐる。

 焼き杉の黒い塀に囲まれた、石畳の路地。海辺の町でもないのに黒松が植えられ、足元にはセンリョウの赤い実が見える。生まれたばかりの人類にとって、このセンスはどう映ったのか気になる。


「いらっしゃいませーっ!」

「いらっしゃいませーっ!!」

「松野祐子様お着きでーす!」


 そうして辿り着いた異世界数奇屋造り。玄関ではまさかの割烹着軍団が出迎えた。しかも、どこかの安い居酒屋のような掛け声で。まさか「はい喜んでー」とか言わないよね? よね?


「祐子様、お飲み物はいかがいたしましょうか」

「は、はぁ…」


 呆れるほどに見事に再現された離れの個室。ただし掛けられた花入れにチューリップがいけてあるのは微妙。さらに掛軸がヤバイ。何がヤバイって宇宙じゃなくて、人物画。そう、端末の!

 おかげで元の顔がどうだったのか分かるけど、ちっとも嬉しくない。どう見ても掛軸の顔の方がきれいだし、今の自分の偽者臭も強まるし。

 あーいけない。

 とりあえず飲み物を頼まなきゃ…と、渡された紙を広げる。普段はメニューなどないらしいけど、私のために用意したそうだ。

 ペラペラの和紙っぽい紙に、達筆な楷書で書かれた文字は日本語。そして、最高級ビール、最高級日本酒。最高級ワイン………。


「あ、あの、日本…酒でお願いします」

「祐子様、最高級日本酒一合入りましたーーーっ!!」

「はい、喜んでーーーっ!」


 その瞬間、目の前が真っ白になったのは言うまでもない。

 と言うか、異世界になぜあれが伝わってるの? それとも、何も交わらないのに同じ進化を遂げた? 誰かおかしいと気づいて…。



 やがて始まった「お接待」。昼から酒飲んでどんちゃん騒…がないけど、正直この雰囲気なら騒いでも怒られないと思う。

 ちなみに、用意された懐石料理は、だいたい日本のものだった。お椀を開けたらぜんざいだったという若干の解釈違いはあったけど、料理の腕は立派なもの。ということは…。


「あの、もしかしてここで働いている方もジョブをお持ちなのですか?」

「もちろんです! 一の町の料亭は、どこも料理人のジョブがなければ務まりません。料理人のジョブを得るには、調理師のジョブを得て、さらに食材見極め師、包丁一本師、衛生師など…」


 町長のしゃべりが途中から耳に入らなくなったのは、酒に酔ったからではない。さすが親子というべきか。

 なお日本酒は日本酒の味がする。最高級なのかどうかは、自分の舌では分からない。こればかりは端末のハイスペックも影響しない模様。

 あ、端末ハイスペックのおかげで、どれだけ飲んでも酔う気配はない。そこは素直にありがたい。さすがに現人神がいきなりゲロまき散らすわけにもいかないし。



 一時間ほどで会食を済ませ、念のため料亭の他の部屋も見学した。

 だいたい日本の料亭のままなのは、闇が造って以来何も手を加えていないためらしい。手を加えないというか、加えることができなかったというか。

 親切な神さまは、生物だけに百年の不死を与えたわけではなかった。役場や明神、そしてこの料亭なども、建てた瞬間のまま一切劣化しない。それどころか、人為的に破壊しても元に戻ってしまう。

 だから役場に新たな扉を造るだけでも、端末にお願いして神の裁可を得る必要があった。そう、庭の黒松すらも、およそ百年間同じ姿だった。造花と同じだ。


「か、掛け軸はすぐに廃棄いたします! 誠に申し訳ありません、祐子様!」

「勿体ないですよ。それより、新しい軸をお作りになられては」

「な、なんとそのような寛大なお言葉を! さっそく祐子様の御姿を!!」

「私などどうでもいいですから。この町には美しい景色がいくらでもあるじゃないですか」


 で。

 花瓶は季節の花をいけるから、その中身は替えられる。また掛け軸も同じ。

 花は切り花用の専用区画があり、そこに生えていれば使えるが、他の場所の花は百年間不死に引っかかってダメ。結果として、全くそぐわないチューリップが。

 さらにダメなのは掛け軸。どうやら「最高級」連発で適当に用意したらしく、おかげで端末の顔が無数。そう、「最高級」肖像画のモデルは端末しかいなかった。

 闇がそこに気づいていれば、さすがに修正したはず。逆に言えば、闇は現地を確認もせずに創造し、勝手に生み出した詫びを続けていた。

 そして――――。

 神によって下賜された掛け軸は絶対だった。

 だから今の会話が何を意味したかに気づく。



 現人神は命じた。許した。人類が自ら掛け軸を創造する自由を。

 もうツッコミとかいう以前に、言葉を発することの意味が重すぎて逃げ出したくなる。それなのに次の行き先を期待する自分。端末のハイスペックが原因? そんなはずはない。


「貴方が選ばれた理由が分かった気がするわ。祐子」

「選ばれたって何? いきなり話しかけないで」


 いつの間にか闇と二人並ぶ路地。さわさわ鳴る柳の下で、同じ背丈の影が揺れる。

 そうかも知れない。誰がバイトの日々に戻りたいものか。


※コロナですっかり外食しなくなって、あの地獄の掛け声も長らく聞いていないなぁ。餃子の王将ではさすがに叫ばないしなぁ(王将は店によりけりだから、もしかして叫んでる王将もあったりする?)。

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