外伝9
月例ミーティングでエース店の昇降格人事の発表があった。
「続いては、キング店支配人マイカワを同店の店長昇格とする。マイカワは前へ」
「はい」
「同じく、キング店ボーイ長イシハラを同店の主任昇格とする。同じく前へ」
「はい!」
俺とマイカワは、同時に昇格をした。
主任への昇格は、マイカワから事前に内定をもらっていると聞かされていたのだった。
マイカワは、ついに店長まで登り詰めた。
「店長!継続できるように頼んだぞ」
「分かりました」
辞令を受け取ると一礼した。
その日の営業後、店長と両支配人と俺でショットバーに居た。
昇格の祝杯を挙げる…予定だった。
「お疲れさん」
「お疲れ様」
最初の1杯目で乾杯する。
「昇格組で祝杯ですね」
「イシハラも店長の下に居ると出世が早いな」
「期待とプレッシャーは、半端じゃないですよ?」
「期待もしてなければ、プレッシャーもかけた覚えはないぞ」
「またまた」
「勘違いするな。主任までなら誰でもすぐになれるだよ」
「イシハラ、店長の言うとおりだぞ」
逮捕されたコンドウ、店長をスカウトしたサトウ。
2人とも長い期間、主任で燻っている。
キムラ、コダマの両支配人が続ける。
「まずは主任長になって、その次は支配人。目指すは店長だ」
「俺達だって店長や、さらにその上を目指してるんだ」
「俺は出世がどうだとか、考えたことありません」
「え?」
「どういうこと?」
「俺もそう思うよ」
「店長?どういう意味?」
「あくまで異動というのは会社側の判断ですが、俺はマイカワ店長の下で居たいんです」
「こいつは入社するときも、俺の下で働きたいって入ってきてるのよ」
「次長の計らいとエース店の出店話があったからってのもありますけどね」
「そうだったんだ」
確かに会社側の判断で、スタッフの人事異動があれば、従わざるを得ない。
それまでは、店長の下でやりたい気持ちは変わらない。
マイカワは、一店長で納まる器ではない。
彼は必ず、独立するはずだ。
それまでに店を任せてもらうまでの器量を盗み、養いたかった。
その想いや気持ちを3人に伝えた。
「なるほどね。店長の参謀、イシハラはそう読むか」
「不思議とそのレールの上を走ってる感じがするよな」
「楽しみっすよね?」
「コラコラ。お前等の妄想で、勝手に俺の未来予想図を作ってんじゃねえよ」
その楽しい妄想は、コダマの一言で様相を一変させた。
「あのさ…話変わるけど、この頃鷹司さんの様子がこの頃おかしいんだ」
「何だよ?意味深だな」
「タカツカサさん…薬物でもやってんじゃないかなって…」
「は?お前、今日の昇格辞令の聞いてたか?」
「もちろん俺の勘違いであって欲しいよ。でもお前らも気付いただろ?ちょっと痩せたのも
顔色悪いのも、全部アレのせいじゃないかって」
「辻褄が合うってことですか?」
「ああ…」
この場での話は、憶測の域を超えない。
俺を除いた3人は、試す訳ではないが様子を伺うことで一致した。
「お前には話しておく」
「タカツカサさんの件ですか?」
3人はタカツカサさんと飲みに行ったらしい。
「やっぱり…おかしいな」
「店長の目から見てそう思われたなら、何かあるかもしれませんね」
「ああ、そういうことだ」
力が抜けたような溜息をつくと、店長は続けた。
「筋彫りだけどイタズラ書きも入れてたよ」
「イレズミっすか?」
「なぜそれが必要なのかは、俺達は聞けなかったよ」
「そうっすよね…」
リストに次長がやってきた。
「イシハラ主任、ちょっと外してくれ」
「ホールに戻ってろ」
「はい」
「主任リストまで」
しばらくすると次長がフロントへ戻り、俺は店長に呼ばれた。
「はい」
「ちょっと外出する。リスト頼む」
「は、はい…」
「何だ?ヘルプなんか要らないだろ?」
「もちろんです!」
極上の煽りをくれた後、店長は外出した。
「主任、営業大丈夫か?」
次長が店内の様子を見に来た。
「何とかなりますよ」
「俺と部長もちょっと出ちゃうんだよ」
「分かりました」
次長は何やら急いで支度をすると出て行った。
営業を終了しても店長が帰ってくることはなかった。
「お疲れさん」
部長と次長が帰ってきた。
「集計は大丈夫か?」
「ですね。店長は戻りませんか?」
「ああ。ちょっと何時になるか分からん」
「主任は業務が終わったら、上っちゃってくれ」
「分かりました」
店長の周囲で、何かあったことは明白だった。
何かあれば、連絡をくれると思っていたが、その日はこなかった。
「店長、おはようございます!」
「おう…」
翌日、マイカワは普通に出勤してきた。
「おはようございます。店長、昨日何かあったんすか?」
「タカツカサさんの件だ…」
「どうしました?」
「先に部長と次長に報告する」
「はい…」
「すいません。そうさせてもらいます…」
これ以外、電話の内容は聞こえてこなかった。
「イシハラ、今日帰るからよ。部長が来るから営業頼むぞ…」
「は、はい」
朝礼にやってきた次長に聞くも、詳細は教えてもらえなかった。
営業に入ってから間もなくして、1本の電話が鳴った。
「○○署の○○ですが、マイカワ店長お願いします」
警察からマイカワへの連絡だった。
「本日はお休みを頂いておりますが」
「部長か次長はお願いできますか?」
「お待ちください」
「部長リストまで」
「どうした?」
「○○署の○○さんからです」
リストのドアを閉めると部長が電話の応対をした。
「病院から失踪?分かりました。署へ参ります」
部長が俺が居ることを忘れて、次長へと連絡を取った。
「次長、タカツカサが病院から失踪したらしい。今から署に行ってくる」
電話を切った部長は、キングを飛び出していった。
タカツカサが病院から失踪?
今回の件は、これだったらしい。
すぐに店長へと連絡を入れた。
「イシハラです。今、部長が警察に向かったんですが、タカツカサさんが…病院から失踪した
ようです」
「ほっとけ…切るぞ!」
電話は切れた。
店長に一任された営業を全うするしかなかった。
営業が終わってから、店長の自宅へ行ってみようと思った。