外伝8
緊急ミーティングが終わった。
マイカワはコンドウを連れて、俺達と反対方向へと歩き出した。
顔色の変化に気がついた俺は、2人を追った。
俺と同じく、キムラやコダマも様子を見に来た。
マイカワは、いきなりコンドウの腹を殴ったのだ。
「お前、俺のこと舐めてんのか!」
コンドウは両膝を折って、うずくまった。
物陰から飛び出そうとした俺を、キムラとコダマが止めた。
「イシハラ、ちょっと待ってろ」
「支配人には、何か考えがあるはずだ」
確かに2人は何かを話していた。
怒鳴り声が聞こえると、マイカワはさらにコンドウを暴行した。
数分しか経っていないと思われたが、サイレンの音が聞こえてきた。
「マズくないっすか?」
「待ってろ。何かあるはずだ」
俺達の横をパトカーを降りた、2人の警官が走り抜けて行った。
「コラ!何してる!」
うずくまっているコンドウをさらに蹴り出した。
マイカワは警官の制止を振り切って、さらに暴行を続けた。
「そういうことか…」
「え?」
キムラが何かに気がついたようだ。
「俺も支配人の意図が分かったぜ」
コダマもマイカワの真意に気がついたようだった。
「行くか」
「ああ」
「ちょっと!」
俺は慌てて、2人についていった。
「止めないか!逮捕するぞ!」
「お巡りさん。逮捕するのはこの人じゃなくてあいつだよ」
「コンドウ!しばらく別荘でも行って来いや!」
「お前ら…どうしてここに?」
マイカワは、俺達がここに居合わせたことに驚いた様子だった。
「まずはこいつの持ち物検査の方が先だよ」
コダマは警官に事情を話すと、コンドウの持ち物からパケが出てきた。
コンドウはパトカーに乗せられると、車内でパケの中身が覚醒剤だとすぐに分かった。
「4時55分。覚せい剤所持の現行犯で逮捕する!」
店の同僚でもある、コンドウは俺達の目の前で逮捕されたのだった。
マイカワへの暴行は、捜査協力者として咎められることはなかった。
「お前らだけはやってくれるなよ。なあ?兄弟達…」
その表情は、悔しそうでもあり、悲しげだった。
ミーティングでのコンドウの変化に気がついたマイカワ。
コンドウの所持、使用を確信したのだろう。
それを見過ごすことはしなかったマイカワ。
マイカワは、過去に自分も使用経験があると暴露した。
周囲に精神病院に入れられた奴も居れば、自殺した者も居たのだと話した。
マイカワが社長へ電話で、事後報告をすると俺達は別れた。
そして月例ミーティングの日がやってきた。
グループの店舗スタッフが全て集まり、ノルマの達成の不可や各賞の発表がある。
前月の売上がナンバーワンの店長が、この司会をやることになっていた。
「全員ご起立お願いします!おはようございます!」
もちろん、ダントツでトップを取ったキングの支配人、マイカワが司会だ。
「本日の司会を取り仕切ります、キング店支配人マイカワです!よろしくお願いします」
いつもより凛凛しく見えた支配人マイカワを感慨深げに見ていた。
「各賞や売上発表のその前に…キング店!素晴らしい!これは拍手だ!」
『これは拍手だ』は部長のノリが良いときだ。
「若手のナンバーワンじゃ失礼だな。当グループのナンバーワン店長だよ!」
「部長?私まだ支配人です…」
「もう店長と一緒だよ。いやいやすごい!これは拍手だ!」
この自分達に向けられている拍手は、何度聞いても気分が良いものだ。
「しかしエース店はどうなってんだよ!店長前に出て来い!」
せっかくマイカワのカッコ良い、仕切りが見たかったのに部長のテンションは上がる一方だ。
しかし今日の説教はやたらと長い。
「マイカワに店長の仕事、どうやるか教えてもらうか?ああ?」
部長の煽りは、まさに極上で天下一品だ。
絶対に敵に回したくない1人だと思った。
「お前見てみろよ!イシハラのあの自身に満ちた顔をよ!」
正直ドキっとした。
面倒だった為、部長の小言は聞いていなかったからだ。
「お前は部下にあんな顔させてやれねえだろ!」
データが書かれた書類で、何度も頭を叩かれていた。
まさに厳しいと有名な、ディスカーの朝礼さながらだ。
「これでみんなが納得する訳ないだろう!社長、これは私を含め、ペナルティですよね?」
「先月はキングがすご過ぎた。ダントツで過去最高だろう。マイカワが思い切ったシステム
改革やイベントを打ち出したのが勝因だな。これには脱帽するしかないだろう。クィーン
やジャックも頑張ったってことだな。部長が責任を取るならそうすればいいだろう」
エース店は店長、支配人、管理者である部長が歩合の50%カットという厳しい裁定となった。
「それでは今月の各賞の発表を次長からお願いします」
「はい。みなさん、おはようございます」
やっとマイカワの仕切りに戻った。
「もう何年も最高売上の更新がされてなかった経緯がある」
キングのことだ。
部長が変わって話をしだした。
「ここで特別賞を発表する。キング店マイカワ支配人!」
「はい」
「今月も頼むぞ。スパースター!これは拍手だ!」
「ありがとうございます。今月も頑張ります」
盛大な拍手の中心にマイカワが居た。
「それでは今月も辞令の交付があります。次長、お願いします」
「それでは、今回は降格人事から発表します」
俺達はどよめいた。
新規グランドオープンしたエースの店長が支配人に降格した。
後任店長は、同店のタカツカサ支配人が昇格となった。
しかし、タカツカサさんの歩合給は支配人給の据置となった。
同じ店で上司と部下だった人間が翌日から、立場が逆転する。
学歴も歳も関係なく、実績のみがこの業界でモノをいう。
そうしてマイカワも成り上がっていったのだ。
タカツカサは辞令交付の挨拶の中で、こんなことを言っていた。
「先日のコンドウのことは、既知だと思います。周知徹底をお願います。我々の職場や仲間が
汚されてはいけない。また日々大変だからといって薬物に逃げてはいけない」
彼は、マイカワやキムラ、コダマ達の兄貴分的、存在の男だった。
その言葉は、マイカワと同じような強い信念を感じたのだった。