外伝6
仕事が終わり、俺は家に居た。
今までバイトで色んな仕事をしてきたが、これほど疲れたことはなかった。
金が欲しいから、出世がしたいから仕事を頑張ったのではない。
マイカワに認めてもらいたい一心だった。
支配人は俺に対して、決して特別扱いもせず、甘くはなかった。
当たり前のことを当たり前のように怒ってくれ、また褒めてくれた。
ヤンチャでだらしのなかった俺には、その扱いが嬉しかった。
薬物や暴走族、ケンカ。
光の差してこない、暗闇からマイカワが手を差し伸べてくれた。
朝方に帰宅した俺は、風呂に入るなり死んだように眠った。
最近の俺は、眠れないことが無くなった。
仕事を始めた当初、明るく、雑踏が気になり眠れなかった。
今ではカーテンを閉めなくても、疲れで眠れるくらいだった。
ポケベルの音で目が覚めると、帰宅したのと同じくらい、外が暗かった。
「もしもし」
「イシハラくん、お久しぶりっす」
原田だった。
今から家に来るという。
10分もしないで、爆音が遠くから聞こえた。
「おう、久しぶりだな。元気か?」
「イシハラくん、聞いたっすよ。20万ずつ返してるって」
「しょうがねえだろ。それで絶縁できると思ったら安いもんだ」
「いや、何もイシハラくん1人がかぶらなくても…」
「前にも言ったろ?俺もお前らにはひどいことをした。そのツケを払ってる」
「俺らが出来ることってないすか?」
こいつ等は絶対に俺のことを嫌ってると思っていた。
ヨシアキくんから身を挺したこと、金を俺1人がかぶっていることで信用を得たようだ。
「お前ら…変わったな」
「イシハラくんの方が変わったっすよ」
「何か男らしくなったというか」
「マジでカッコ良いですよ」
「例の俺達とタメの上司の存在ですか?」
「ああ。俺はあの人に忠誠を誓って一生涯ついていく」
「そんなすごい野郎なんですか?」
「全てにおいて勝てねえって悟ったよ。モノが違う。それがたまたま年下だっただけだ」
俺のセリフに原田達は、呆然としていた。
確かに自分達と同い年を敬う俺なんて、想像出来ないだろう。
「お前ら働いてんのか?」
「3人セットで塗装屋に行き出しました」
「そうか。シンナーなんか吸うんじゃねえぞ」
「は、はあ…」
「何だまだやってんのか?もうやめろ」
「分かりました」
「ちゃんとやってれば、あの人を紹介してやる」
「はい!」
「お前らもあの人に逢って、変われ」
「それまでに認めてもらえるように頑張ります」
「それは俺も同じだよ」
マイカワと俺の関係に似ていた。
俺はこいつ等の前では、カッコをつけなきゃいけない。
マイカワも俺に対して、同じ気持ちなのだろうか。
ヨシアキくんの件についても、後輩やマイカワに義理を通さなきゃいけない。
しかしそのヨシアキくんが、新たな嫌がらせをしてきた。
「イシハラ、今日は早く帰っていいぞ」
「大丈夫っすよ。どうしたんですか?」
「営業終わった途端、疲れたフリしやがってよ」
「そんなことないですよ。でもせっかくだから上らせてもらいますね」
「おう、しっかり休め」
「はい。お先に失礼します」
店休日の前夜、クタクタになって帰宅した。
支配人は俺のこんな些細なことまで、見てくれている。
確かに疲れ切っていた。
朝方にポケベルが鳴る。
「大橋か?どうした?」
「イシハラくん、アキラくんが…」
「アキラが?どうした?」
「ヨシアキくんとモメて、やられちゃったっすよ」
「今から行く。アキラはどこだ?」
その場に居合わせた、大橋が救急車を呼んだという。
執拗なまでの暴行を受けたらしい。
病院に到着すると、大橋が待っていた。
「イシハラくん!」
「何でモメたんだ?」
ヨシアキくんは、マイカワを調べていたらしい。
「俺らも聞かれたんですよ。あの生意気な野郎は誰だって」
「なぜアキラが?」
「俺らと一緒に呼び出されて、同じこと聞かれてました」
「で、アキラは?」
「真面目になろうとしてる、イシハラくんの邪魔しないでくださいって」
「口答えしたから、やられたのか…」
後輩達だけに留まらず、仲間まで手を出してきた。
俺はキレた。
「初代下克上の復活だ!大橋、メンバー集めろ!」
「はい!」
俺は急いで自宅に帰り、特攻服に着替えた。
「これを着るのもこれで最後だ…」
玄関に行くと、母親が起きてきた。
「アンタ、そんなかっこして、どこ行くのよ?」
「今は言えねえ…」
「ちょっと!」
振り返ると、本音がこぼれた。
「せっかく真面目になれたのによ!」
俺はバイクに跨ると家を飛び出した。
1時間もせずに俺やメンバーは、国道沿いのコンビニに集まった。
「よく集まってくれた!」
「オス!」
「アキラがやられた!ヨシアキをぶっちめに行くからよ!」
「オス!」
「行くぞ!」
一斉にエンジンを掛けると爆音が轟く。
国道に出て、スピードを上げていく。
交差点に差し掛かると、道のど真ん中に人影が見えた。
「支配人!」
そこにマイカワが立っていた。
俺達は、一斉に急ブレーキを掛ける。
右手を上げると、全車エンジンを止めた。
「イシハラ、何してる?」
「なぜここに?」
「質問の答えになってないな」
マイカワがゆっくり俺の方に歩いてくる。
「お前、今ここで何してんだ?」
「仲間のアキラってのが、ヨシアキくんにやられました」
「仕返しか?」
「嫌がらせなんすよ!」
「だからどうした?」
「ボコボコにされて、病院に担ぎ込まれました」
「だから?」
「あいつはやらなきゃ、収まんないっすよ!」
俺の方へ歩み寄るマイカワの前に、大島が出てきた。
「イシハラくん…俺がマイカワさんを呼びました」
「あ?」
「このままじゃ、何かマズイ気がして…」
自分でも分かっていた。
このまま突っ込めば、絶望的な何かが待っていることを。
マイカワからの信頼も無くしてしまうことも。
しかし今までヨシアキくんされた、金集めやヤキ入れの数々。
もうあいつとはこれで終わりにしたいと思った。