外伝3
俺は後輩の3人とキャバクラに来ていた。そして俺と同い年の18歳の男が、その店の主任だと
いう。これがボスとのファーストコンタクトだった。
「イシハラくん、どうしたんすか?」
俺はマイカワ主任という男を目で追っていた。ちらっと顔色を見ただけで、俺の心の中を覗かれた
ように、今考えていることを見抜かれたのだった。
「いや、何でもないよ」
「同い年で同性として気になるでしょ?」
「ちょっとね」
「彼は男女問わず人気があるよ。彼の為なら何でもする友達も居れば、惚れてる女の子も居る」
「すごいな…」
「私だって、あんな子は見たことないよ」
「だろうな」
「イシハラくん、ラーメン食って帰りましょうか」
「そうだな」
店を出るとラーメン屋に立ち寄った。
「まだ8万残ってるっすよ」
「みんなで分けちゃおうぜ。ね、イシハラくん」
「…」
「イシハラくん?」
「ん?ああ、そうするべか」
俺はあの男が気になっていた。俺もあの男のようになれるのだろうか。俺は決心した。
翌日の夕方、面接を受けてもらおうと思った。以前、電柱に看板を貼っていたところで誰かが
来るのを待っていた。18時頃、1人の男が抱えきれないほどの看板を持って歩いてきた。
「あの…すいません!」
「はい?」
「どこの店の方ですか?」
「俺はジャックだけど、アンタ誰?」
「俺、キングで働きたいんですけど、どうしたらいいですか?」
「事務所に次長が来てると思うから、行ってみな」
ジャックの佐藤と名乗る男が、事務所の場所を教えてくれた。
「こんにちわー」
「はい」
「次長はいらっしゃいますか」
「はい、何でしょう?」
昨日行った店で待合室に案内したヒゲ男だ。
「あの…キングで働かせてもらいたいんですけど」
「募集媒体は何を見ました?」
「バイタイ?」
「アルバイト情報誌とか」
「いえ、昨日、客として店に行ったんです。マイカワ主任の下で働きたくて…」
「ほう、マイカワの下ね」
「募集はしてませんか?出来ればマイカワさんと働きたいんです」
「なるほど…実は当グループは、近々新規で店舗を出す予定なんです」
「はい!人手が要るんですか?」
「君は面白そうだから採用しましょう。配属はお約束出来ませんが、よろしいですか?」
「同じ会社ってことなら…お願いします!」
「じゃ履歴書見せてくれるかな?」
「あ、持って来ませんでした」
「おーい!履歴書1枚持ってきて」
「すいません…」
「君、余程焦ってたんだね」
身なりを整えて、翌日から出勤となった。18時前には事務所に来るように言われた。
帰宅すると親父とお袋が居た。
「ただいま…」
「お前は一体いつまでフラフラしてるんだ!」
「ちょっとお父さん…」
「俺さ、明日から仕事を真面目にしようと思うんだ」
「何回聞いたことか!」
「黙って聞いてあげて」
「昨日、大橋、原田や大島とキャバクラに飲みに行った」
すごい流行っている店の中心人物が、俺と同じ18歳だと聞かされた。その男の為にどんなときも
助けてくれる仲間が居る。どんなときも協力している女の子達が居ることを話した。とにかく
じっとしてられない。そいつと張り合ってみたい、一緒に仕事をしてみたい気持ちを伝えた。
「そいつはすごいオーラを持っててさ。酒より女より、そいつをずっと目で追ってたよ」
「そうか」
「道端で従業員を待って、事務所を教えてもらってさ。いきなり面接してくれって頼んだ」
「その顔は受かったんだろ?」
「ああ。でも俺、スーツ来てなかったから、明日から来いって」
「ちょっと待ってろ」
親父はスーツを1着、ネクタイを1本持ってきた。
「俺とお前の体型は同じくらいだから、これ着れるだろう」
スーツに袖を通すとピッタリだった。それは親父が初めて自分で買ったスーツだったという。
「ありがとう。頑張るよ」
翌朝、親父は仕事に行く前に1万円の小遣いをくれた。
「ワイシャツを2枚と靴くらいは買えるだろう」
「親父…これは借りとく。必ず返すから」
「そうか。それは期待して待ってるとするよ。行ってくるぞ」
「いってらっしゃい」
親父に『いってらっしゃい』と言ったのは何年振りだろうか。その背中はすごく大きく見えた。
「おはようございます!」
「イシハラくん、おはよう」
「次長、よろしくお願いします!」
「君の希望通り、配属はキングにしたよ。マイカワの部下になるね」
「ありがとうございます」
「みんな出勤してくる頃だ。キングに行こう」
「はい!」
開店前のキングに行くと照明が明るく、店が狭く見えた。
「おはようございます」
「鷹司支配人、店長は?」
「今日は休みですね」
「主任は?」
「キムラと近藤と、たぶんスカウトです」
「おはようございます!」
マイカワだ。スカウトしたと思われる、女の子と2人で店に入ってきた。バカバカしい話だが
不覚にも奴の姿を見た途端、俺は緊張してしまった。
鷹司支配人から、業務内容について説明を受けていた。しかし俺の視線の先には、マイカワが
居た。昨日とはまた違うオーラを出していた。
「支配人、今日から入店してくれそうです。給料の説明お願いします」
「はいよ」
「主任、新人のイシハラくんだ。面倒見てやってくれ」
「えっと君は…昨日来てなかったかな?」
「はい!よろしくお願いします」
「引き続き、表出てきます!イシハラも一緒に来いよ」
「はい!」
マイカワは何も話さずに、人気の無いところへ俺を連れてきた。
「おい、イシハラとか言ったな?」
「は?」
「今度、シンナーなんか吸って来やがったらボコボコにするからな」
「吸ってないですよ」
「昨日の話しだ」
「あ、はい…」
「俺も薬物は嫌いじゃない。でももういいだろ?俺の下で更正しろ」
「やっぱ、主任も好きなんすか?」
マイカワはいきなり拳で殴りつけた。
「わざわざこんな誰も居ないところで話してんだ。ふざけて喋るんじゃねえ」
「何すんだよ!」
「これくらいでキレてんのか…辞めろ。お前には向いてない」
「辞めてやんよ!」
マイカワに啖呵を切ったとき、親父の背中を思い出した。初めて大きく感じた背中を。
「ああ、勝手に辞めろ。一大決心したようなツラしてても、お前はこんなもんだ」
「くっ!」
「信頼、信用されて男は一人前だ。こんなもんじゃお前を信用や信頼することなんか出来るか」
「どうすりゃいいんだよ!」
「俺を信用しろ。同じ大きさだけお前を信用してやる」
ボスとのセカンドコンタクト。ボスは俺の全てを見抜いていた。俺は誰も信用していなかった。