外伝13
「店長、リストまで」
「おう、どうした?」
「コダマ支配人からです」
電話の子機を店長に渡した。
「飲みのアポですね?」
「何でそう思う?」
「俺も店長の顔色で概ね分かるようになってきましたから」
「分かったこと言うな」
「しかもいつものショットバーっすね?」
「そうだ。お前も来るか?」
「もちろんボディガードとしてご一緒します」
「お前に守ってもらうほど老けてねえよ」
「あはは。ですね」
営業が終了し、俺は店長とショットバーへ向かった。
「お疲れ様」
「お疲れさん、コダマとキムラはまだか」
「ユイさん、お疲れ様です」
「イシハラくん、お疲れ様」
「マスター、あと2人来るから、上使っていい?」
「どうぞどうぞ。暇な店なもんでどこでも使って」
俺達は2階へと階段を登った。
「今日のマスター、何か自嘲的っすね」
「世間じゃ景気が悪いんだ。この辺りじゃキングくらいだろう。景気が良いのは」
「そうよ。私なんか給料下がっちゃってね」
「イシハラ、下に行ってビール頼んできてよ」
「了解です」
「お疲れ」
「おう、お疲れさん」
キムラやコダマもやってきた。
やはりこの3人が集まると仕事の話だ。
マイカワ率いるキングは、この辺りでもトップクラスの集客と売上を上げていた。
女の子の質や接客もナンバーワンという噂だ。
その店長がまだ18歳と、業界では革命児とかなり有名だった。
俺が店長に出会っとときから、すでに有名人だったが、その噂はさらに加速していた。
俺が惚れて着いて行く男が本物だということと、出会えたことの奇跡に感謝したい。
「この頃、遊びも忙しそうじゃん?」
「ああ。それで困っちゃっててよ」
店長は蘭三郎のママから、執拗なプレゼント攻撃に遭っていると話し出した。
「そっかーそんなことになってたのか」
「コートと時計どうすっかな」
「もらっとけばいいんじゃない?」
キムラとコダマが余りにも簡単に答えを出すと、店長は苦笑いした。
「ユイ、俺イシハラと言って返してくる。どっかのお姉ちゃんならもらっちゃうんだけどな」
「私も一緒に行く。いざとなったら私がママをやっつけるから!」
「ユイ…ケンカしに行くんじゃないから大丈夫だよ。だからついて来なくていいよ」
「マナブくんを守る!私キレたらどうするか分かんないだから。殴り込みよ!」
「分かったけど、刃物は持ってこなくていいからね…」
ユイさんはおそらく本音だろう。
彼女も俺と同じで、マイカワという男を守る為なら、手段を選ばないだろう。
「こんなにお前のこと想ってくれてんだから連れてってあげれば?」
俺達3人は、蘭三郎へと向かった。
「いらっしゃいませー!」
「ママ居るかい?」
「あら、ずいぶん久しぶりね。今ママを呼ぶわ」
久しぶりも何もない。
このところ毎晩のように来ていたのだった。
「ユイと2人で来てるっていうのは、そういうことね」
「ママ、うちの人は優しすぎるのよ。もらった物も悪いから返したいってね」
「それはアタシが夢見させてもらったからプレゼントよ。これからはユイにちゃんと買って
もらいないさい。この子はこれからなんだから。身なりもちゃんとさせないとね」
「分かった」
「ユイが出てきたらしょうがないわ。アンタと揉めようとも思ってないから。」
店長が出る間もなく、ユイさんが話をつけた。
「じゃ、俺達タクシーで帰っちゃうからよ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「お疲れさん」
ママはユイさんの主張を完全に聞き入れた。
ユイさんと揉めるつもりも無いと。
事態は収拾したかに思えた。
営業は、多忙を極めた。
世間では師走。
今まで師走なんか感じたことが無かった。
街はクリスマスシーズンで彩られていた。
人々が忙しなく行き交っていた。
マイカワという男に出会い、飛び込みで面接を受けてから数ヶ月が経過していた。
俺はいつも通り18時出勤し、店のスタンバイをしていた。
「主任、おはようございます」
「おう、おはよう」
店長が認めてくれたおかげで、部下がもう数人居る。
「おはようございます!」
仕事をしていた者が手を止め、座っていた者が起立した。
「おはようございます!店長」
「おう、おはよう」
この人が存在するだけで、店内という空間は別物になる。
「イシハラ、ちょっと来い」
「はい!」
リストの中に2人で入った。
「クリスマスイベントの出勤はどうだ?」
「すいません。俺の力不足でまだ少ないような状態です」
「今、何人だ?」
「言うとぶっ飛ばされそうなんで、期日までに出勤揃えます」
「そう言うなら黙ってるから、頑張れ」
「うっす!」
俺のことを信用していないと出ない台詞だ。
期待に応える為、やる気に拍車が掛かる。
「スタッフミーティングを10分ほどさせてもらっていいっすか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
俺は店長の許可を得、スタッフを集めた。
「みんなの手を止めちゃって悪いな」
「いえ、どうしました?」
「しばらく、今後のシフトにウエイト傾けたくてな」
「いいですよ」
「任せて下さい」
「ありがとう。みんなで協力して良い売上出して、店長に褒められよう」
「了解です!」
「はい!」
スタッフは俺の要望に応えてくれた。
さすが店長の部下だ。
ビジョンが同じ方向を向いている。
俺は出勤調整に力を注ぐことが出来る。
「おはようございます!」
「おはようございまーす!」
いつものように朝礼を始める。
出勤している女の子達と挨拶を交わして、業務連絡を伝えた。
「それでは、店長お願いします」
ここで店長が驚きの発言をすることになる。