外伝1
本編『ずっと』
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『ずっと外伝ユイ』
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キーボックスに鍵を挿して、ブレーキを握る。エンジンスタートボタンを押すと爆音が轟く。
自分を際立たせたいだけの特攻服に身を包み、集合場所へとバイクを走らせた。特攻服の右腕の
『下克上初代総長』の刺繍が揺れていた。
集合場所の駐車場には30台近くのバイクと40人ほどの仲間が居た。
「オス!」
「総長、こんばんわ!」
後輩が俺に挨拶をしてくる。時代遅れもいいところだ。何が『オス』なんだろうか。
「今晩はどこ流すよ?」
「鎌倉、藤沢辺りにすっか?」
「134号か。海岸線飛ばすのも悪くないな」
「総長、あの辺りでどっかとぶつかったらケンカになるぜ?」
「ケンカ上等!」
俺がバイクの輪の中に入ると、数十台のバイクがエンジンを止めた。
「今日は134号で逗子から鎌倉、藤沢、茅ヶ崎まで流す!マッポ来てもビビるんじゃねえぞ!」
「おお!」
「どっかとぶつかったらケンカだ!下克上は最強だ!行くぞ!」
俺の号令と共に一斉にエンジンを掛けた。耳を貫通するような爆音が鳴り響いた。
土曜の134号は暴走族がよく出ていた。俺はそれを知って、このルートを選んだ。俺達を何も
規制することが出来ない。人、車、信号、警察までもだ。しかし、先頭を走っていた仲間が
俺のところまで戻ってきた。
「総長!蜃気楼とぶつかりました!」
俺は衝突ポイントまで、バイクを飛ばした。
「頭、出て来いや!タイマンで勝負しようぜ!」
下克上、蜃気楼の全てのバイクが、鎌倉海浜公園に入っていった。邪魔が入らないよう入り口を
封鎖し、警察が入って来れないよう道路は通行止めにさせた。
「負けた方が傘下に入るってのはどうだ?」
「上等!掛かって来い!」
勝負は一瞬だった。相手の蹴りをかわした俺のカウンターが相手の顎にヒットした。倒れこんだ
ところをたたみ掛けた。
「勘弁してくれ…」
「覚えとけ!俺は下克上の初代総長のイシハラってもんだ!」
いつも目が覚めるのは、昼過ぎ。高校には入ったが、すぐにケンカで退学になった。最初の方は
親もぎゃーぎゃー抜かしてたが、18になった今となっては何も言わなくなった。
「イシハラくーん!持って来ました」
「おう、上って来いよ」
窓から後輩を呼んだ。持って来させたのは金だった。チームのステッカーを売り捌かせた。
「全部で10万っす」
「ご苦労さん。大島、来月も10万集めて来いよ」
「は、はい…」
俺はいきなり大島を蹴飛ばした。
「イシハラくん、勘弁してください!」
「うるせえ!大橋、原田…お前らもヤキ入れるか?」
「すいません…」
「お前らは金だけ集めてりゃ良いんだよ!」
「失礼します!」
チームの看板があるんだ。金集めなんか簡単だろう。使えない野郎達だ。
チームの特攻隊長でもある、アキラの家に向かった。
「アキラ、シンナーでも吸うか」
「やることねえしな。吸うべか」
「あれ?この前パクってきたの、もう無えの?」
「ああ、あれ?もう吸っちゃったよ」
「じゃまたパクりに行くか」
「当然!」
俺とアキラは1台のバイクで塗装屋の倉庫に向かった。以前もここで一斗缶を盗んだ。
「今日も誰も居ねえな」
「楽勝だべ」
俺達は、裏にバイクを停めると倉庫の中に入った。真っ暗な倉庫内でライターを灯す。
「2つくらい持って帰るか」
「そうだな。俺とお前の1個ずつな」
「これでしばらくもつな。アキラは空気よりシンナー吸うからな」
「いいべよー」
意気揚々と倉庫を出たときだった。
「警察だ!動くな!」
「警察に動くな、止まれと言われて、逃げない奴は居ないわな」
俺はバイクのエンジンを掛けると、警察の方へバイクを走らせた。
「止まれ!」
「だから止まらないってば」
俺達を包囲していた警察官達が避ける。
「ほい、ケツ乗れ!」
俺達は見事、その場を逃げ切った。その日は朝まで、シンナーを吸い続けていた。
いつも通り昼頃に目が覚めるとビニール袋を握ったまま、眠っていたようだ。
「暇だな…」
バイクに跨って、エンジンを掛けた。ちょうど母親が帰宅したところだった。
「アンタ!仕事も行かないで、一体何…」
ギアをニュートラルに入れたまま、アクセルを回す。母親は俺に説教しているようだが、爆音で
全く聞こえなかった。聞こえない振りをして、そのままバイクを走らせた。
バックミラーで確認すると、母親が泣いているように見えた。
日中は夜の集会と違って、ヘルメットは被っていた。もちろん信号もちゃんと止まった。
「何だありゃ?」
電柱に看板を貼り付けている奴がいる。業者とかではない。スーツを着た、若い男達が何人も
似たような看板を貼り付けていた。
「クラブキング…クィーン…ジャック?トランプじゃねえっての」
それを横目にバイクを飛ばした。
コンビニでタバコを買っていると、大橋からポケットベルが鳴った。
「イシハラくん、俺の先輩が人手に困ってるらしいんですよ」
「何屋?」
「配管屋ですね。俺も原田も大島も誘われてるんすよ」
「日当いくらよ?」
「今から面接に来ないかって言われてるんですけど、イシハラくんも行きます?」
「そうだな。そっち向かうよ」
「バカヤロ!何でヨシアキくんだって言わねえんだ?」
「すいません!」
「何コソコソ喋ってんだ?」
「いえ、何でも無いっす」
このヨシアキくんと言うのは、地元でも怖い先輩のトップ3に入る先輩で、恐ろしくケンカが
強い。この頃、噂を聞かないと思ったら、こんな会社をやっていたとは…。
「イシハラは日当7000円で、お前らは6000円な」
「は、はあ…」
「何か文句あるか?」
「いえ!」
「明日、ここに5時に集合だ」
「分かりました」
ヨシアキくんの事務所に5時ということは、4時半には家を出なくてはいけない。
「4時起きか…お前ら起きれる?」
「イシハラくんは?」
「起きれる訳ねえだろ!このまま起きてるしかねえ…」
「俺らもそう思ってたところです」
「暇だからシンナーでも吸うか」
「頂きまーす」
俺達は昼くらいに目が覚めるような生活を繰り返していた。ちょっとくらいなら大丈夫だろう。