第三十一週:丘とラウンジスーツ(水曜日)
「大公を逃がしてくれ!」
そう叫んだ老人の声に、護衛の隊は一斉に歩くのを止め、老人の方へと銃を向けた。
すると老人は、急いで両手を上げ、持っていた木目調のステッキを地面に投げ捨てると、「違う!私は味方だ!」と、言った。
「何者だ!」と、老人の額に照準を合わせながら護衛隊の隊長が叫んだ。
ひゅぅぅおぉ。と、先ほど隊の後方から聞こえて来た奇妙な音が、今度は、ルザディオクレスの頭上で聞こえ、彼は、その音のする方向へと目を向けた。が、やはり、そこには何も……いや、空間が少し歪んでいる?
「お若いの!」と、ふたたび老人が叫んだ。「それだ!」
「喋るな!」隊長が言った。「名を名乗れ!」
ひゅぅぅおぉ。と、歪んだ空間は徐々に大公の方へと向かっているようである。――そうルザディオクレスには見えた。
が、しかし、他の隊員も大公自身も全くそのことには気付いていない。――唯一、問題の老人を除いては。
「ひょっとして……」と、大公が言った。「Mrか?」――私の知る青年とは違うが?
その瞬間。歪んだ空間の周りに、黒い筋が入った。そうルザディオクレスには見えた。あの奇妙な音は、いつの間にか消えている。大公は異変に気付き始めているようだ。
「お若いの!」と、みたび老人が叫んだ。
と、同時に、ルザディオクレスは飛び出していた。
「オートマータのフェイズシフターだ!」
後ろで老人の叫ぶ声がした。
隊員たちの間を縫って大公の元へと向かう。
黒い筋が今度は黄色く光り始めている。
隊員たちもようやく異変に気付き始めた。
手近の隊員の肩を踏台に、直径80cmほどの空間を掴んだ。鋭い痛み。丘の方へと投げ捨てた。――左右の手が消えていた。
(続く)