第三週:海と文身(木曜日)
「じゃあ、その白いウミイノシシにヒザを刺された時のことが書かれてあるんですか?」男性の左肩に刻まれた青の文身をまじまじと見詰めながらアイスオブシディアンが訊いた。
「這是我曾祖父的故事」そう男性は答えるとやおら立ち上がり、海に向かって銛を投げるフリをし「祖父很難抓住」と言った。
それから「然而」と、なにかを食べるフリをして、「非常、不好吃――它說」と呵々大笑した。
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すでに消えてなくなってしまったのでどうしても過去形になってしまうが、我々のこの地球においても、海を住処とするひとたち、沿岸地域に居住するひとたちの多くに、このような文身の俗はあった。
もちろん、文身を入れる目的は様々だが、最も原初的な意味はいわゆる『魔除け』であっただろう。自由に動けず、呼吸も出来ず、中に入るまではそこに何があるか何がいるかも分からぬ海中。そこで我と我が身を守るため、大事なひとや子どもを守るため、彼らは魔除けの文様をその身に彫り込んだのである。
そうしてまた、少し時代が下ると、魔除け以外にも、先ほどの男性の例で見たような、自身や集団の歴史を彫り残すツールとしても使われるようになった。が、これは同時に自身の所属を示す記号ともなるワケで、先週少し述べた「トーテム=部族神・祖先神」を自身の身体に宿らせる意味にもなるのである。
それは例えば、こちらの男性で言えば、右頬に入れた青い稲妻のような文様が彼らの部族神である「大蛟」を示しているし、彼の細君であれば、彼女の左胸に入れられた紅の多角模様が、彼女の出身部族の祖先神である「天蓋花」を示しているワケである。
そう。彼ら彼女らはいまだに、自分たちの祖先が花や蛟であると――まあ、実際そうなのだが――信じているのである。
(続く)




