第十七週:愛と競技会(土曜日)
「――アンタに教えるとブートストラップになるから、教えられないって」
*
突然だが、ここに一人の小説家がいる。
毎度のことながら彼は、金曜締め切りの原稿について、木曜の夜遅くになっても主人公の名前すら決められないでいた。
「ど、ど、どうしよう。ああ!ムダに失われた時間をもし、取り返せるものなら……」
と、小説家は悩む。すると、そんな彼の前にタイムマシンに乗った美女が現われて、「あなたの望む時間・望む場所へ連れて行ってあげるわ。うふん」と、言ってくれる。
すると当然、小説家は「三週間後の、近所の書店に連れて行ってくれ」と頼む。
「そんな所で良いんですか?」と、美女は訊き返すが、「もちろんだ!」と、締め切り間際で頭のおかしくなった小説家は言う。――そこなら完成した小説が立ち読み出来る。
そうして、結局二人は、三週間後の未来へと飛ぶことになり、小説家は自分の小説が載た未来の最新号を手に取ることになり――そこに載っている他の執筆者のもっと面白い小説を盗作したいと云う衝動をどうにかこうにか押さえ込み――自身の小説の内容を詳細に書き留め、元いた時間に戻ることになる。
それから、その後、元の時間に戻った彼は、タイムマシンの美女へのお礼もそこそこに、先ほど未来で書き留めて来たメモを整理し、原稿を書き、金曜日の午前中には、担当の女性編集者にそれを渡すことが出来た。
*
「これが、ブートストラップパラドックス」
……それの何が問題なんですか?
「分かんない?」
別に流れ的には矛盾は起きてませんし、みんなハッピーになれて良いじゃないですか?
「ああ、これの問題はね、『小説のアイディアはどこから来たのか?』ってとこなんよ」
(続く)