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この物語の始まりは、そう、いつのどこだったのか。確かなことを思い出すのは難しくなってしまった。自分にはもう分からなくなってしまった。
そのことは幾らか理解してもらえるだろう。神の子の生涯とは、どうにもそういうものらしい。
たとえるなら常に目まぐるしい演劇のようなものだ。思いがけない出来事や驚くべき連中が、ひっきりなしに現れては、そそくさと舞台脇へと捌けていく。それらはあたかも無限に発生し続けるオムニバス(※短編の集まったもの)でもあり、その忙しなさによって時間というものはどんどん希薄になっていく。記憶や想いをゆるやかに、かつ確実に深い霧の中へと漂流させるのだ。
だから目の前を過った数多の話の一つ一つをここで語ろうとはしない。きっとそれ自体が無意味に終わるだろうし、そんなことはお前も全く望まないだろうよ。
しかし、かといって説明や注釈の一切ない物語もまた危ういものだ。どんなものにでも一定の前置きは与えられるべきだと私は思う。でなければ真実味はどんどん失われ、単なる空想や妄想のように終始する事にもなりかねない。
そのことは、これから話そうとすることにおいても当てはまる。つまり簡潔に背景としてだ、私の最初の部分、始まりに関する最も重要な部分を述べると、それは遥か文化文明の黎明へと遡り、一つの出来事へと行き着く。
全てはまだ国家や封建という概念すらも確かではない時代の話だ。幾千の群小の部族らが喰いあい、潰しあい、数多の民族が割拠し、興亡を繰り返しながら、やがて一つの大きな塊へと成り立つ過程の中での出来事だ。
そして、そうした歴史の最初期において、必然的に現れる一人の英雄の、いや、超人的人物の早すぎた登場がもたらした悲劇でもある。
ほとんどのものはその国の人間であったことを忘れてしまっただろう。
そのものは民衆の願いや祈りの中から生まれた。幻想と理想を体現し、完璧なる信念と理念とともに、瞬く間に全てのものの標となった。征服によって民族と文化を超越し、あらゆる制約を解き放った最初の人間だった。
その強烈なる個性は、畏怖と尊敬とともに無謬(※一切の破綻のないこと、完全であること)の存在として君臨し、国家は民を慰め、同時に民は国家を糧とした。
先にも述べたように、彼が誰であったのかを語るつもりはない。その物語を端的に語るのはあまりに難しいのだ。かつ無駄に終わることが確実なことでもある。
ただ彼が何者であったにせよ、当時のほとんどの人々が彼を崇め、彼の治める国家が永遠を作り出すと疑わなかったのも事実だろう。それほどに彼という人物は勝利者であり、先駆者であり、権威者であったのだ。
だが、唯一の悲劇は時代が未だ洗練を見ず、彼自身が永遠ではなかったことだ。
失われる魂は限りなく尊い。その偉大なる王の死後、間もなく王朝は崩壊し、国はいくつかに分裂、再び混迷の世へと戻ることとなる。
後継者であった次なるものは野心以上の才能に恵まれなかったばかりか、嫉妬心と猜疑心に狂い、周囲の人間を皆殺しにして、その地位についた。さらに公的占術を担う神託所の祭司たちの行った託宣(※お告げの意)が、正統なる次の王は日の下にて土を踏み、静かな祈りを待つものの中から出よう、などと告げたことですっかり心を乱した。
廷臣や学者たちは、それこそはすなわち帝位の簒奪(※奪い去ること)を示し、不法の子が冒涜の獣となり、やがて聖徒の血と共に地上の権威を失わせると解釈した。
ほどなくして全領土に対し、徴税台帳の整備という名目で、全てのものは父祖の地へと戻るよう勅令が出される。
その頃は情報の伝達はまだ口伝であって、文芸や哲学は一部の教養を許された階級の中でのみ管理されていた。ゆえに民衆の価値基準は伝承の拠り所によるか、あるいは原始宗教的倫理そのものといえる時代でもあった。
だが、常に戦いによる苦難と艱難は絶えることなく、無知もまた社会全体がそうであったので、必ずしも恥ではなかった。たとえ反時代的な精神が一所でおこったとしても、世代の移り変わりによって振り返るよりも早く忘れ去られ、人々は長く重苦しい空の下で虚ろな日々を強いられた。
しかし、厄介にも健全さや慎ましさを賛美することや、敬虔なる祈りなどは、美徳に帰すると信じられたので、拠り所としての信仰は強大さを増すばかりだった。
かくしてその年、生まれた赤子全てを殺すよう勅令が下った。家々を官吏(※役人のこと)共が回り、次々に子供を惨殺していく。
懇願したり、逆らったり、隠したりしたものは親ともども殺された。例外なくあるいは有力者の子であろうとも殺された。ときには腹の中にいるものまで引き裂かれ母子とも殺された。
民たちは聞きたくもない馬の足音が家の前を通り過ぎるたびに恐怖し、密告という絶望に怯えながら、生まれた子という子を人の目から遠ざけた。
この残酷で悲惨なる大量嬰児殺は、実に数年間にも及び、やがて沿岸の開けた葡萄とレンズ豆の産地から、戒律的で奥深い山合の寒村に達することとなる。
山肌の斜面に細かい雨が降り出していた。先ほどから彼女はもう、ずっと私を抱いたままだ。上体を低くかがめさせ、僅かに身を強張らせる。
「おかあさん、あれは何?」
辺りは既に陽が落ちかけている。影を深める木々の間に静寂が漂い始めている。麓からは不自然な灯りが二十、三十と揺らめいている。それが中腹の方まで続いているのが分かる。
母親は私の問い掛けにこちらを見ない。口元をそっと手で制しただけだ。依然、視線は不気味の列を捉え続けている。
私はその様から直感した。きっとあれがそうなのだ。山狩りだ。恐らく村のものらも加わっている。そうに違いない。だから彼女は答えない。答えようともしない。
いつしかその指先は細かく震え出していた。固く凍てついたものへと変容している。対して私の頬は火のように熱を帯び続ける。むず付くような不思議な感覚すらも覚える。
どれほどそうしていたのか。いつまでここに留まるのか。何も分からない。ただもう数刻はこうしている。
思い起こせば前兆はあったのだ。漠とだが、そのことが思い起こされてくる。事の起こりは一人の男だった。ある来訪者が村へと駆け込んできたことに全ては始まっていた。
元より私のいた村というのは奥深い山中に位置した。外界との交流の乏しい、ともすれば知るものさえ少ないような僻地でもあった。ゆえに日々の生活は常に困窮し、人々は充足とは程遠いものを送ってもいた。
それでも素朴と慎ましさを求める精神から平穏なる日常を何よりの授かりものとし、それをただ一つの祈りとするばかりの村でもあった。
そして、そのような土地柄でもあったことから、まずもって来訪者というもの自体が珍しく、というより、ほとんどないものでもあったのだが、このとき駆け込んできた男というのが、何やらもう尋常ならざる雰囲気を持ち合わせている。幾つかの手傷も負っており、ひどく昂奮した風でもある。
男の曰くに、自分は近隣の村落からやってきたものだといった。あることから追われてきたのだともいった。そして、そのあとは自身の手当もそこそこに、幼子ばかりを集めさせては、村のものたちに向かって怒鳴り声を上げ始める。
当初、男の奇怪な行動に誰も理解を示そうとしなかった。あまりの様子に彼の正気を疑ったのだ。
だが、よくよく話を聞くうちに妙なようにも思えてくる。それが真実であると考えずにはいられなくなる。やがて事の重大性を察すると、男たちは一様に血相を変えた。奥にこもって話し合いを始めるのだった。そして、そのことは時を同じくして女たちの耳にも入っていく。彼女たちもまたその次第を知り、俄かに動き出していくのであった。
では、彼らを慌てさせた話とは一体どういうものだったか。つまるところそれというのが、あまりに突拍子もなく、理不尽極まるような話でもあった。
彼の曰くに、官吏らはある日前触れなくやってきたという。そして全ての子供を差し出せという唐突なる申し付けを受けたこと、さらにはそのことを拒んだ村人が次々に殺されていったこと、やがて隠したり逃亡したりしようとしたものまでもが容赦なく殺されていったというようなことを矢継ぎ早に語っていった。
またそういった行いは彼の村だけではなく、周辺一帯にも及んでいるとも語った。いずれ例外なく、この村にも達するということであった。
元々この地域というのは、争いや天災などによって、古くから搾取を強いられることの多い土地でもあった。貧苦や飢餓に喘ぐこともしばしばだった。そういった不条理に見舞われるのが常のことでもあったのだ。
抵抗か服従か。突如として降りかかった事態に、今度ばかりは男たちも結論らしい結論を得られない。話し合いは徒に紛糾を重ねるばかりとなる。
ただし一方で女たちの決断は恐ろしく素早かった。彼女らは密かに集められた子供らを連れ出すと、いち早く村の山奥へと逃がすことを決意する。
それは男たちが、やがてはやってきた官吏どもに子供らを差し出すだろうことを知っていたからでもある。
周囲は最早小雨の差し込む闇夜と化していた。山に慣れないものが、日没後の山林を明かりもなく動くことが、いかに危険で無謀であるか、女たちもよく理解はしていたはずだった。さらに山仕事は男の領分である。奥に逃げ込んだところで、早々に追いつかれるのは目に見えていただろう。
だが、やむにやまれぬことを秤にかけられたとはいえ、彼女らに自らの子を差し出すなどということが、どうして出来ただろうか。
最早、女たちは動くことも侭ならなくなり、徐々に子供たちにも不安の予感は伝わっていく。寒さや足場の悪さも相まって、それらは否応なく膨らんでいった。
そうして次第に誰もが焦れるようになった頃、一人が不意に動き出そうとする。私は自分の異常性に初めて気が付くこととなる。私は彼女に向かって声を上げた。
「そっちに行ってはいけないよ、そこの足元のぬかるみに気を付けて。行くならこっちだよ、こっちに通り道があるよ」
それは何ら不思議なことではなかった。私は自分が闇を知らないことを当然のように思っていて、他のものもそうであると思い込んでいたからだ。
一瞬、全員が驚いたようにこちらを見た。明らかに奇異な目を向ける。
しかし、私が何の疑問も持たずに歩き出すと、恐る恐るながら後に続き始める。最初、戸惑うようだったものたちも、その迷いのない様子に徐々に従い始める。
山の傾斜は決して緩やかではなかった。そしてそれは奥に進むほどに険しくなる。
だが、どんなに険しくとも獣の通り道やなんかは必ずあるものだ。連中は山や森を知り尽くしている。そうして自分の領域としている。誰に教えられるでもなく、私はそのことを理解していた。
つまり離れないよう列を組みつつ足元の滑りにさえ気を付ければ、十人、二十人の集団であっても移動することは不可能ではないと気付いてもいたのだ。事実、しばらくはそうであった。その通りに事は進んだ。
だが、いくら先導が一人、闇を見渡しているとは言え、その他は夜目のきかない女子供ばかりである。皆の呼吸が途切れ途切れに吐き出されて、疲労の色は徐々に濃さを増していく。盲いる闇は精神を削り、ぬかるむような斜面は足腰の負荷を徐々に蓄積させる。やがてそのことから隊列を乱れがちにさせていく。
口にはしなかったが、そのとき私は別なものを捉えていた。遠方より人の足音を察していた。
ただずっと距離はある。追いつかれるにしてもまだ先だ。だけど、このままでは、いずれはそうなってしまう。それだけは確実なことでもある。
彼女たちが何を恐れて、何から逃げていたのか、はっきりと理解していたわけではなかったが、女たちが自分たちのために村から逃げているらしいことだけは気付いていた。
でも、このままではきっと駄目だ。駄目になる。もっと急がなくてはならない。その思いが歩みを自然と速くした。すると後方が少しずつ遅れるようになる。見かねたように直ぐ後ろにいた母親が私に言った。
「ぼうや、待って、ぼうや、少し待ってあげて、皆が遅れ始めている」
「駄目だよ、それじゃ。もっと急がないと。すぐに追いつかれてしまうよ」
「でも無理よ。皆、疲れ切っている。これ以上は進めないわ、少し休憩しましょう」
「そんな暇なんてないよ。急がないと駄目なんだ。じゃないと、きっとみんな駄目になる」
そういって私は立ち止まらなかった。それが正しいことだとも思っていた。
というのも、このとき本当に守りたかったのは、そこにいた全員ではなかったからだ。もっとはっきりといってしまえば、自分と母親以外はどうなろうと知ったこっちゃなかったのである。だから、他の誰かを置き去りにしても、ほとんど関心を示さなかったのだ。
そうして無言のまま一方的に歩き続ける。しばらくしたときだった。
せせらぐ水の音に気が付いた。無意識に、沢だと呟いている。
一瞬、誰もが怪訝にした。だけど私は一向に構わなかった。ただ吸い寄せられるようにその音へ従っていった。
するとどうか、果たして直後に開けた場所へと出る。目の前に現れて、緩やかな小川へと辿り着いた。
それを目の当たりにして、全員の緊張が一気にほぐれた。険しい表情を綻ばせる。自分も同様となった。束の間の希望を得る。皆の中に輝きが戻り始めていた。
だけど、それは単なる幸運ではなかったのだ。必然でもある。何故なら彼らは水の在り処を知っている。だからこそ、この場所へ行き着くことができた。全ては彼らのおかげなのだ。
片足を入れて確かめる。思った通りだった。さほど深くもない。流れも緩やかだ。何にしても小雨によって地面の具合が悪いのは変わらない。このまま淵に沿って移動するだけなら隊列を崩すことなく進めそうだ。上手くすれば夜陰に紛れて逃げ切ることも可能かもしれない。
そのように思った。いや、そのはずであった。
だが、その考えが浅はかであると、直ぐに思い知らされることとなる。
唐突に、近くで発見を知らせる怒号のような声が上がった。「奴らだ、女どもを見つけたぞ!」
それは明らかに村の男らのものであった。ほんの川上の方から聞こえてくる。思わず誰もがその方を振り向いた。
どういうことなのか、まさか先回りされていたのか。いいや、違う。この山の具合でそれは容易ではない。そうではなかったのだ。そのことが直ぐに分かる。
吠えたてる犬の声が続いて聞こえてくる。そうである。彼らは狩猟犬を使ったのだ。奴らはもとは野生の狼でもある。恐ろしく五感がいい。おまけに飼いならされた分だけ頭もよく、音をまるで立てずに獲物に忍び寄ることができる。そうやって確実に仕留める、そうであるように仕込まれている。
私は痛感した。自分一人、いや、彼女とだけなら逃げ果せたかもしれない。だが、今はこれだけの人数がいる。明らかに他のものが足手まといとなっている。やはりだ、やはり彼らを連れたまま山に手慣れた連中から逃げ切るなど不可能だったのだ。
後悔にも似た感情に囚われる。どうして自分たちだけで逃げなかったのか。自分と彼女だけなら何とかできたはずなのにと。
だけど今はもうその暇すら与えられない。男らは徐々に迫り来る。素早く四方を取り囲み始める。
それによって、他のものたちは震えあがり、一斉に狂乱を起こし始める。あるものは勝手に列を離れ、またあるものは火が付いたように泣き叫び、さらにあるものは他のものを犠牲にしてでも先を行こうと列を駆け出し始める。事態はたちまち収集のつかないものへと変わっていく。
最早、彼らの声はそこまでと迫っていた。その様子に母親は何かを悟ったようだった。もう終わりだわ、と小さく呟いた。意を決したように彼女は私を呼んで、優しく抱きしめる。
「もっと、もっと一緒にいたかった。まだまだしてあげたいことが沢山あった。けれど告げなくてはならなくなった、今となっては真実を明かすことも難しくなってしまった、私はあなたの母親のふりをしていただけ、本当にごめんなさい、私はあなたの母親ではないのです」
突然なる彼女の告白について、そのとき私はただ純粋に、無垢に何一つ理解しなかった。おかあさん、という言葉をぼんやりと口にしただけだった。
それから彼女は私を解放し、そっと口づけをする。それは永遠を覚えるようなものだった。柔らかく暖かい心地よさに溢れるものだった。
それが終わると同時に、すぐ後方で女たちの叫びたてる声と幼い悲鳴が次々に聞こえた。早くいきなさい、と彼女は振り返り言った。「私は大丈夫だから。貴方はここにいてはいけない、早く逃げなさい、あとで必ず、私もいきますから」最後の方はほとんど絞り出すように告げられた。彼女の顔はとても険しいものだったが、悲壮は懸命に隠されていて、そこには強い意志のようなものが宿されていた。
そのとき私の思考は未だかき乱されていたままで、本当に後で彼女に会えるのだろうと、その言葉をただ信じた。
私は歩き続け、歩き続け、そのうちに夜が明ける。そうしてだんだんと歩くのをやめた。
振り返り戻ろうかと何度か考えた。
だが、彼女が言った言葉と最後に見た顔を信じることにして、近くにあった木の洞にしゃがみ込んで休んだ。
母親が嘘をついたということは全く考えなかった。ただ彼女の告白したことを時折に漠と思い起こして理解しようと努めて、それでも何も分からないまま少し眠った。
それからの時の流れについては定かではない。日の昇りとその沈みを眺めながら、移り行く森の営みをただぼんやりと見守った。
幾日か、幾月か、幾年か、それとももっと遥か長い年月か、ただ母だけを待っていた。最初にあった希望はやがて恋しさへと変わり、恋しさはその記憶へと変容する。次第にあらゆる記憶は単なる出来事へと擦り切れていく。無自覚で無感覚なまどろみだけが極まっていく。
その中で、いつしか身に宿る熱は失われ、残滓となった幼き自我もまたあまりに脆かった。全てのものが虚構のように消え去ると、もう肉体は急速に単なる質量へと化していくだけだ。それはもう人の外側を保っただけの、がらんどうのようだった。瞼はゆっくりと癒着へと向かい、その眼は光さえも忘れていく。例えばもう見えていても注意を払わない何か、そこにある木々や岩石や大気と変わらぬものへと成り下がっていく——。
〝……死んじまったのかい?〟それは誰の声だったのか。〝……いや、まだ僅かに息はしているようだ、だけどもうこの子は助からないだろうよ〟〝…なんて可哀想に、きっと親にでも捨てられちまったんだね、可哀想に〟
森のどこからかは分からない。あえて言うならあらゆる場所から。ひそひそとした声が聞こえてくる。〝……いいや、そうでもないさ、この子は五体満足だ。まだマシな方さ〟〝…ああ、その通りだ。決して悲惨な死ではない〟〝…最近は何せそういうことが多すぎる〟
その声たちはとても不思議な反響で語り合っている。動物の鳴き声か、木々のざわめきか、あるいは微かに蠢く体内の音か。重なるように囁き合って倍音(※ハーモニクスの意)を奏で、人の可聴域を超えた未知なる声はさらに続く。
〝……だけど不思議だな、この子は一体何者なんだ?〟〝…そうだな、死ぬには惜しい子供だ。これほどのチセイを宿した人間も珍しいからな〟〝…だがどうする? 時期が悪い、今時分は滅多に人なんて通らないぜ?〟〝…誰かが助けてやらないとこの子はもう駄目になる。きっとこのまま子供のうちに死んじまうだろうよ〟〝…いや、そうでもない、待てよ。通行人だ、誰かが来る〟〝…知っているぞ、あいつは……女衒だ〟