二章 第八話 シーン3〜5
3
それからガルグは工房に籠もり、一心不乱に剣を打った。十に割れた巨人の核の欠片。それを埋め込んだ十本の剣。作り手のガルグも不思議なほどに、それぞれが違う形になった。だがその力は本物だ。ラグゼ王国の注文通り、竜をも殺せる最高の剣。
だが事件は納品前に起きた。
夜。魔力を感知したガルグは、自らの工房を訪れた。
すると何故かドワーフの男性がガルグの打った剣を持っていた。どうやって入り込んだのか。片刃の赤い剣を手にしている。
「おい。お前、そこでなにしてる?」
ガルグは嫌な予感がしながらも、そのドワーフに話しかけてみた。
だがドワーフからの返答は無い。代わりに──と言ってはおかしいが、彼はガルグに向けて斬りかかった。
「問答無用か。後悔するなよ?」
ガルグはその剣を躱して言った。
しかし相手は宝具を持っている。それに比べガルグは今無手だ。一応ナイフは忍ばせているが、それで勝てるとも思えない。
そこで、ガルグは仕方なく、置いてあったハンマーを投げつけた。
だがドワーフはうなり声を上げてそのハンマーを剣で弾き飛ばす。
「一応、魔力は込めたんだがな」
このままではさすがに分が悪い。勝利するには武器が必要だ。だが他の剣は男の後ろ。そこでガルグは一つの賭けに出た。
「ならもう一丁!」
まずナイフを投げ、ドワーフの男の動きを止める。
そしてナイフが弾かれる瞬間、ガルグは床を蹴って跳躍した。そしてそのまま壁や天井を、連続で蹴って回り込む。
「ここだ!」
そして一番取りやすい、剣をガルグは手に取った。
刹那、男もガルグを追って跳びガルグに向かって斬りかかる。間に合うかどうかギリギリの策だ。
だがガルグはその賭けに勝利した。
諸刃の剣が刃を受け止め、ガルグが振るうと男が吹き飛ぶ。
その直後──不思議なことが起きた。
『大丈夫ですか!? お父様!』
剣を構えたガルグの耳に、知らない少女の言葉が響いた。しかし周囲に居るのは男だけ。ガルグはそれでようやく気が付いた。
「お前が喋ったのか?」
『はい! そうです!』
ガルグが聞いたのは剣の声だ。信じられないが信じるしかない。
『ロダロンを止めて! お父様!』
その剣がガルグに囁いた。耳が痛いほどの大声なので、囁いたと言えるかは疑問だが。
「ロダロン?」
『あの剣です。お父様。ロダロンお兄様は悪い子です!』
「なんだか知らんが、やらせて貰う!」
声を聞き流そうが、信じようが、ガルグがやるべき事は変わらない。
ドワーフの方がまだ殺る気なのだ。男は唸りながら立ち上がり、再び剣をガルグへと向けた。
ここでガルグが生き残る手段は、男の排除を置いて他に無い。
ただそこからは難しくなかった。何せ相手はただのドワーフだ。何かおかしくなっているにせよ、ガルグに腕で敵うワケもない。
たちまちガルグは男を倒し、剣を彼から奪って投げ捨てた。
だが問題はガルグが手に持った、喋りかけてくる諸刃の剣だ。
「これで良いだろう。さあ説明しろ」
『了解しました! お父様!』
ガルグが聞くと剣から粒子が、吹き出して人の形を作った。青い長髪の可愛い少女。
「改めましてお父様。初めまして。私、フィリアリスです」
そして、少女はガルグに言った。
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それからガルグは少女から、自分の打った剣のことを聞いた。彼等彼女等は意思を持ち、時に人を操りさえもすると。それを聞いたガルグは念のため、全ての剣を眠らせた。封印魔法を施して、人を害さない武器にした。もちろん多少性能は下がるが、暴走されるよりは余程マシだ。
こうして竜殺しの剣は生まれ、ラグゼ王国に納品された。
4
ガルグの造り出した剣は当初、竜を滅ぼし王国を守った。伝説の鍛冶師イム・フェルム──その名声は各地へと轟き、ガルグの仕事は大幅に増えた。
だが納品から数年後。ラグゼ王国で悲劇が起きた。実際にそこで何があったのか、ガルグにも良くはわからない。唯一はっきりとしていることは、王国が滅びたと言う事実だ。それも跡形もなく灰になった。
ガルグが王都に駆けつけた時は、既に国は廃墟になっていた。そして一つの噂が流れ出す。曰く、イム・フェルムの打った剣が魔剣となって国を滅ぼしたと。
そして──ガルグは鍛冶屋を辞めた。
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以上がガルグの過去話である。さして面白い話でもないが、リリエはずっと黙って聞いていた。幸い今は暖かい季節だ。風で体が冷えることはない。
とは言え、ガルグは気が付いていた。彼女には用件が有ることに。
「それで、お前はなんでここに来た。公平に俺も聞いてやる」
ガルグはそれを彼女へと聞いた。
するとリリエは悲しい顔をした。
「ガルグ様はお見通しなのですね」
そして彼女はガルグに言った。
「ガルグ様。私に貴方の血を、力を分けて頂きたいのです」
「吹き込んだのはアリスだな」
ガルグはそれを聞き、眉をひそめた。ハーフエルフの血を分ける行為は、非常に大きな危険を伴う。
「確かに俺の血には力がある。呑めば百年不老不死になり、魔法も使いこなせるようになる」
よってガルグは彼女に言った。
「だが同時に賢論種が呑めば、殆どが死ぬ毒も持っている」
賢論種とは人間やエルフ、ドワーフなどを含めた総称だ。つまり一般的な人が呑むと、殆ど全てが死に至る。
「そもそもこれは子供を残せない、ハーフエルフの神が持つ力だ。神話によるとその神『エルギア』は、他の神々に弓引いた。しかしエルギアはたったの一人だ。いくら何でも勝てるわけがない。そこでエルギアは血を使い、自らの眷属を創り出した」
「そのお力がガルグ様の血にも?」
「まあ所詮エルフ族の神話だし、ホントのところはわからないけどな」
ガルグはリリエに向かって言った。
「なんにせよ俺の血を呑めば、呑んだ奴は俺の眷属になる。迫害されるハーフのその下だ。無論、死ななければの話しだが」
これは非常に強い警告だ。しかし全く使う気がないなら、ガルグも説明などしていない。
「アリスちゃんが私に言いました。聖剣はそのリスクを減らせると」
「おい。人の話聞いてたか? 仮に儀式が成功したとして、人間を辞める事になる。因みに念のために言っておくが、ハーフと同じで子供も出来ん」
「私はガルグ様の妻ですから。貴方の眷属なら本望です」
一方リリエも頑固な物で、決して自分の意思を譲らない。
「そこまでして復讐したいのか?」
そこでガルグは目を見て言った。
彼女の狙いは復讐だ。そのためだけにガルグと結婚し、聖剣を手に機兵にまで乗った。
「それは……私にもわかりません」
しかしリリエはガルグに言った。
「ただ私は戦場に出て、このままではダメだと思いました。このままなにも出来ずに終わるなら、たとえここで死んでも同じです」
リリエの覚悟は本物だ。そんなことはガルグも分かっている。つまり問題はガルグにあった。
もしここで儀式が成功すれば、彼女は即席の戦力になる。しかしそれは打算の賜物だ。そんな横暴が許されるのか。彼女は命を賭けると言うのに。
だがガルグは散々悩んだ末、結局儀式をすることに決めた。
「良いだろう。アリスを持って来い」
「はい! ありがとうございます!」
リリエに言うと彼女は駆け出して、暫くしてバルコニーに戻った。
その手にはアリスの本体が有り、傍らに精霊アリスが浮かぶ。
「お父様! きっと上手く行きますよ!」
「アリス。お前は後でお仕置きだ」
ガルグはアリスに言いながら、魔法でショットグラスを生み出した。酒を飲むための小さなグラスだ。そこに手を斬り付けて、血を注ぐ。
そして、ガルグは続けて言った。
「この儀式はただの血じゃ意味が無い」
もし普通の血で上手く行くのなら、血を狙う者も出るはずだ。もちろん居るかも知れないが、多くの場合は徒労に終わる。
ガルグが血に魔力を注ぎ込むと、日を受けたルビーのように輝く。
「これで良い。後は飲むだけだ」
ガルグはそれをリリエに手渡した。
するとアリスが青い粒子になり、リリエの体を包み込む。
「止めるならこれが最後のチャンス……」
ガルグはリリエに言おうとしたが──リリエはその途中でそれを飲んだ。
「おいこら。せめて最後までは聞け」
ガルグは怒るがもう遅い。
血を飲み込んだリリエの体には、早速大きな異変が起きる。リリエが両手で自分を抱いて、そのままふらりと倒れ込む。
ガルグはその体を抱き留めた。
「ガルグ様。ものすごく、寒いです」
すると、リリエはガルグに言った。
「言わんこっちゃない。ベッドに運ぶぞ」
ガルグは慌ててリリエを抱え、部屋の中に向かって歩き出す。
その途中リリエはガルグに言った。
「ガルグ様。抱きしめてください。それできっと……震えは止まります」
こんな時まで男殺しである。しかしまあ、少しなら良いだろう。
「ほら。これで良いか? じゃあ行くぞ」
ガルグは一つ彼女を抱きしめて、それから彼女をベッドに乗せた。
5
チュンチュンと、死ぬほど解り安く、小鳥たちが時間を知らせている。リリエが血を飲んでから数時間。月は太陽にかき消され、外はすっかり朝になっていた。しかしリリエはまだ目覚めないので、ガルグも全く眠れない。リリエの眠るベッドのその横で、ガルグは腕を組んで仁王立ちだ。
途中ティアが色々言ってきたが、ガルグはこの場を離れなかった。それがリリエの覚悟へと応える、ガルグに出来る唯一の努力だ。
などとガルグが考えて居たら、リリエの目蓋がぱっちりと開いた。
そして二人の視線がぶつかる。が、彼女はその視線を逸らした。
「あの、ガルグ様。昨夜のことは……」
なんと、彼女は赤面していた。昨日の台詞が今になり、恥ずかしくなって来たらしい。死にかけたのにやたら元気である。
「それより体は? 問題無いか?」
「あ、はい。なんだかスッキリしました」
彼女はあっけらかんとして言った。
ガルグの身にもなって欲しいのだが、そんな者は何処にも居ないらしい。
「とにかく、今日一日は休んでろ」
ガルグは諦めて彼女に言った。
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