第七話 シーン3〜4
3
それから少し経ったエルフの森。幻想的な風景の中を、ガルグは当て所も無く歩いていた。
エルフ達は変わらずつれないが、ほんの少し敵意は和らいだ。今までガルグが行った、戦いの結果と言えるだろうか。子供や頭が柔らかい者は偶に近寄って来たりする。
しかし現在の問題は、その彼等に潜んでいる物だ。
「さーて。どうしたものかなこれは」
露骨に疑って当てを外した。故にガルグはぶらぶらとしていた。
もしスパイがこの森に居るのなら、行動は慎重にするべきだ。探っていることがバレてしまえば、スパイは姿を消すだろう。
ガルグはそんなことを思いながら、ゆっくりエルフの森を散歩する。
すると──
「水の流れ落ちる音?」
ガルグはその音に直ぐ気付いた。
水の流れ落ちる美しい音。その音は心を癒やしてくれる。ガルグはそれに導かれるままに、茂みの奥へと分け入った。
しかしそれは軽率な行動だ。直ぐにガルグはそれを思い知る。
「おっと」
ガルグは瞬間的に、流れ落ちる水から目を逸らした。
確かに滝は在った。美しい──煌めく流れと苔むした岩が。しかし問題はその下で、エルフが水浴びをしていたことだ。
幸い彼女は背を向けていたが、悪いことにガルグは狩人だ。観察眼も記憶力も良い。
「きゃ!」
「すまない。人が居るとはな」
とにかくガルグは謝った。もちろん彼女に背を向けたままで。
「あ……あの。私こそごめんなさい。今直ぐに服を着ますので」
すると彼女からは許しが得られ、ついで衣擦れの音が聞こえ出す。
そして暫く時間が経った後──
「あの……もう見ても大丈夫ですよ」
彼女は鈴のような声で言った。
見ろと言われてそれを無視するのも、それはそれでかなりの失礼だ。そんなわけでガルグは振り返り、挨拶だけでもする事にした。
「どうも」
「えっと……はい。こんにちは」
すると彼女は挨拶を返した。
可愛らしくも美しいエルフ。その態度は非常に控え目で、ガルグに対してもじもじしている。
「私。あの、えっと、ルエルです」
「ガルグだ。知ってるとは思うがな」
だが自己紹介されたので、ガルグも釣られて自己紹介した。
非常に気まずい雰囲気だ。何か話題を作るべきだろう──そう思ったとき、ガルグは気付いた。
「ふむ。お前ホーリーエルフだな?」
「えっと。はい。あの、そうです……」
どうやら当たっていたらしい。ルエルはうつむき加減で答えた。
ガルグが何故気が付いたかと言えば、それはオーラを観察したからだ。
「ホーリーは他のエルフとは違う、魔力のオーラがあるからな」
「わかるんですか?」
「注意して見ればな。俺もオーラのせいで苦労した。変装しても直ぐにバレちまう。偽装できるように修行をしたが、上手く行くまではでは大変だった」
ガルグは何故かだらだらと語った。
オーラとは常に生き物が纏う、魔力で作られた薄いバリアだ。その属性比率は種族ごとに、違うので種族を判別できる。
因みにたとえ同じ種族でも、個体ごとオーラは微妙に違う。
「ご苦労を──されてきたのですね」
「ああ。今は今で苦労しているが」
そこまで言ってガルグは気が付いた。
立場の高いホーリーエルフなら、作戦の内容も調べられる。その上エルフの森が焼かれても、そこから離れて生きていけるのだ。
まさにスパイには打って付けだろう。
「つーわけで俺はそろそろ行くわ」
ガルグはルエルにヒントを貰って、その場を去るため踵を返した。
しかしその途中ルエルから、思わぬ言葉がかけられる。
「あの……私、応援しています!」
「ありがとさん。心に留めておく」
ガルグは少し照れくささを感じ、振り返らずにその場を立ち去った。
しかしその途中、ガルグの記憶が意識に何か訴えかける。
あのルエルのオーラ、確かどこかで──ガルグは彼女を知っている。少しだけそんな感覚があった。
しかしそれは小さな疑念であり、直ぐにガルグは本題に戻った。
4
良い子も悪い子も寝静まる夜。ガルグは一軒の家を訪ねた。
この森の中で最も大きく、もっとも豪華な作りの家だ。つまり、この家に住んでいる者はエルフの最高権力者である。それはガルグの苦手な奴だった。
ガルグがリビングへと通されると──彼女がガルグを出迎える。
「まあお兄様! ようこそ我が家へ! 今、お紅茶を入れてまいりますね」
寝間着を纏ったエルリアだ。つまりはエルフの姫である。
「茶は良い。エルリア、相変わらずだな」
「はい。エルリアは元気です」
寝ぼけていても良さそうなものだが、エルリアは目を輝かせて言った。
一方、その傍らの人物もガルグにとっては苦手な相手だ。
「貴様も相変わらず無礼だな?」
仮面のエルフはガルグに言った。エルリアの護衛、ミアである。
「あー。ミアも元気そーでなによりだ」
「棒読みするな。斬り付けたくなる」
「お前じゃ無理だな。諦めろ」
早速二人は喧嘩になった。
そしてエルリアが仲裁に入る。
「ミア。お兄様。仲良く、ですよ」
ここまでが鉄板の流れである。
前座が終わったところで本題。
「エルリア。ほんとに茶はいらんから、俺の疑問に答えてくれないか?」
ガルグはエルリアへと要求した。
「わかりました。お兄様。なんなりと」
幸いエルリアは協力的だ。これなら話は簡単だろう。
「特殊部隊の夜襲を知っていた、ホーリーエルフを全員教えろ」
よって、ガルグは端的に聞いた。
だがその瞬間エルリアの、表情が驚きに変化する。
「えーと。はい。良いですよ」
「明らかに嘘を吐いてるな」
エルリアは目を泳がせていたので、当然ガルグに直ぐバレた。
しかしガルグに協力できるのは、この件においてはエルリアだけだ。
「まあ良い。とりあえず言ってみろ」
そこでガルグは一応聞いてみた。
「うう。今このエルフの森に居る、ホーリーエルフは少ないですね」
「具体的には?」
「私とお兄様。それともう一人。マミ様です」
すると案の定、明らかに嘘だ。
「ルエルは?」
「ええ? 誰ですかそれは?」
エルリアは何とか取り繕うが、ガルグと目が全然合っていない。
嘘が下手すぎるにも程がある。とは言え話は進めるべきだ。
「じゃあ聞くが、マミはどう言う奴だ?」
「お姉様ですか? そうですね。芸術家肌のエルフです。普段は自宅に籠もってばかりで、でも絵は凄く上手なんですよ」
エルリアは今度は普通に言った。本当に嘘が下手である。
「作戦については、知っていたか?」
「え? そう言えばあの夜見ましたね……。あのお姉様が夜歩きなんて、珍しいので覚えていたんです」
「ビンゴだな。そのマミとやらが黒だ」
だがガルグはしっかり答を得た。スパイはマミに間違い無いだろう。
「じゃ、行くぞ。エルリア、直ぐに着替えろ」
「え? ここでですか? それはその……。もう少しステップを踏んでから……」
エルリアは頬を赤らめた。わざとやっているのかも知れないが。
「んなわけないだろ。自室でだ。マミの家に出向いて確かめる」
「では正装で。直ぐに戻りますね」
ガルグに言われてエルリアが去った。
するとガルグとミアの二人きりだ。幸いミアは姫の護衛らしく、いつもの仮面と服である。
ガルグは──そのミアをじっと見た。
「なんだ? 私に何か文句でも?」
「いいや。ただ警戒してるだけだ」
「それはお互い様だ。ハーフエルフ」
相変わらずミアはガルグに対し、強い敵愾心があるらしい。
しかし仕方なく二人はそのまま、しばしエルリアの着替えを待った。
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