第六話 シーン1〜3
1
地下に作られたレンガ積みの部屋。揺れる魔法の炎で照らされた、堅牢で殺風景な空間。そこには机一つと椅子四つ。簡素な家具が並べられていた。
そしてその椅子の一つには、窮屈そうにアズマが腰掛ける。普段と違い服を着ているが、そもそも体が大きすぎるのだ。
と、その部屋にある唯一のドア。そこから一人、男が現れた。
アズマに助けられたあの男。ローブを纏ったヘイザーだ。
「ふ。来たか」
「申し訳ありません。少々聴取が長引きまして……」
「だろうな。相手はあのフレイドだ。色々引き出したかったのだろう」
アズマはヘイザーに向かって言った。
その顔は揺れる灯りに照らされ、笑みも少しだけ歪んで見える。
「それで、奴からは何を聞かれた? まあ想像など容易につくが」
「アズマ様が何か取引したか。またはエルフの間者を見たかなど」
「ふむ。まったくの予想通りだな」
「それと戦った相手について」
「あのハーフエルフか。何と答えた?」
「見たとおりのことを。問題でも?」
「いや。それで良い。さすがヘイザーだ」
アズマはヘイザーから聞き取って、彼の行いをねぎらった。
だが、ヘイザーは不満があるらしい。
「いえ。カッシスを失いました。私は批難されても仕方ない」
ヘイザーは悲しみを浮かべ、言った。
「お前の性格ならそうだろう。だが戦時中だ。まだ耐えよ」
それでもアズマは評価を変えない。
「ヘイザー。いずれ戦いは終わる。その時にこそお前が必要だ」
「終わるのでしょうか?」
「ああ必ずな。だが終わり方でこの国は変わる」
アズマは先を見て戦っていた。それはおそらくフレイドも同じだ。
「我がロロドール家は争ってきた。奴のマスダン家と、長きにわたり」
「ええ。知っています。有名です。特に相克の夜の逸話など……」
「あれか。数百年前の話だ。今でも、それを引き摺っているがな」
アズマは壁の向こうを見て言った。
「良い機会だ。ヘイザー。お前にも、あの日の真実を教えて置こう」
それはロロドール家に伝えられる『相克の夜』の真実だ。
アズマは自虐的に少し笑い、それからヘイザーに語り始めた。
2
時は五百年近く前のこと。
レイランドの首都。首都レイランドでその惨劇の夜は幕を開けた。
レンガ道を歩く一人の男。貴族特有の派手な服を着て、彼は暗い夜道を歩いていた。彼を照らすのはまだ薄暗い、魔法を使った街灯だけだ。
悲劇はその途中に始まった。
「……!?」
彼は声すらも上げられず、瞬時に命を奪われた。
倒れ伏した彼はミード・マスダン。当時のマスダン家の当主だった。
暗殺者は仕事の証として、彼の身につけたロケットを奪う。
この事件だけでも悲劇なのだが、話はこの場所で終わらなかった。
===============
その夜。ミードが殺された後。より大規模な惨劇が起こった。
舞台は対立するロロドール家。その当主が住む巨大な屋敷だ。そこでは何人もの人間が、一夜にして死体へと変えられた。
子供や一部の使用人以外、ほぼ皆殺しの惨状だ。
それは現在までも語り継がれ──相克の夜と称された。
3
「これが事件の概要だ」
アズマはヘイザーに向かって言った。
だがこれは、確かに概要だ。この程度なら誰でも知っている。
「皮肉な話として有名です。両家が暗殺者を雇い入れ、同日に暗殺を行った。数日後の会議で決められる、大臣の座を掴み取るために」
ヘイザーは悲しそうに呟いた。
「残念だが、それは間違いだ」
だがアズマはそれを聞いて笑った。
「ではいったい……」
「我がロロドール家だ。腐敗した我が家は暗殺者を、雇いフレイド家当主を暗殺。その上で暗殺者を殺害し、口封じを目論むも……失敗。暗殺者からの報復を受けた。見せしめの意味もあったのだろうな」
アズマの口から語られたのは、数百年越しの真実だった。
いくら昔のことだとは言っても知られればアズマには痛手となる。もっとも証拠など何処にも無いが。
それでもヘイザーは不審を感じ、故にアズマへと聞いてみた。
「何故……そんな話を、今私に?」
「お前も知るべき歴史の闇だ。腐敗。暗殺。挙げ句の報復。みな他者を頼った故に生まれた」
するとアズマはその問いに答えた。
「自らを磨き、自らを信ず。それが上位に立つ者の責務だ」
「私に上に立つ者になれと?」
「ふん。なるさ。だから言っている」
そしてアズマは少しだけ笑うと、席を立ち扉へと歩き出した。
「いつも通り、時間をずらして出よ」
「了解。アズマ騎士団長」
ヘイザーに背を向けて去るアズマ。
「貴族でない私が、人の上に? 団長の考えは読めないな」
ヘイザーは彼が去った後、暗がりの中ぽつりと呟いた。
感想、ポイントお待ちしてます!
それと第一話シーン2に、挿絵を一枚追加しました。見て頂けると嬉しいです。