第四話 シーン1〜2
1
濡れた木材特有の匂いがガルグに幸せを与えてくれる。まだ雨が降りしきるその最中。ガルグは木で出来た雨よけの下、椅子に腰掛けて景色を見ていた。
鉄機兵の調査を終えてから、まだ十数分しか経っていない。しかしこの場所にいるのには、回復以外の理由が有った。
ガルグはエルフに組みする代わりに、エルリアと契約を取り交わした。故にエルフの森の公園で、エルリアのことを一人待っている。彼女が契約を履行するのを。
そんな訳でぼーっとしていると、ガルグの視界で何かが動いた。それは雨水に誘われ出て来た、一匹の小さい蛙であった。自然のシャワーをたっぷりと浴びて、渇きが癒やされて幸せそうだ。
そのカエルがガルグの記憶から、古びた思い出を蘇らせた。
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それはいつの頃だったのか。ガルグ自身にもわからない。ただガルグがまだ少年の、それも小さな頃の思い出だ。
厳つい顔の男性が一人、ギィと扉を開けて入ってくる。大弓を背負う三十路の男。彼はガルグの父で人間だ。
「ガルグ。いま帰った。ん? これは……」
その父は家に入って直ぐに、机の上の物に気が付いた。
ナイフを背に突き立てられた、カエル。無論、父が放置したのではない。
「捕った」
ガルグは端的に言った。
父を喜ばせたかったのだろう。この時の気持ちは覚えていない。が、状況からそう読み取れた。
「お前がか? 何のために捕った?」
「食べる」
ガルグは父の目を、貫くようにじっと見つめていた。
今思うと不気味な少年だ。
「いいか。こいつは毒を持っている」
「食べられない?」
「ああ食べられない。狩人にとっては弓矢以上に、知恵が重要な武器になる」
その父はしゃがみ、ガルグに言った。おそらく伝えたかったのだ。それがとても大事なことなのだと。
しかし当時はピンとこなかった。
「ふう。確かにそろそろか」
すると父は眉間にシワを寄せ、ガルグの目を真っ直ぐに見て言った。
「次からは狩りに着いてこい。ただし静かに、喋らずに」
「いいの?」
「皆そうやって学ぶ。師匠から。俺も教わった」
父はそう言って頭を撫でた。
その教えの大事さを、尊さを、この時のガルグは知らなかった。
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記憶の再生が終わった頃に、ガルグは背中に気配を感じた。
「お兄様。準備ができました」
それは妹のエルリアだった。
「どうぞ、こちらへ」
彼女は言うと、踵を返し再び歩き出す。
雨のせいなのかその表情が、ガルグには少し曇って見えた。
2
玉座へと続く緋色の絨毯。整然と並び立つ石の柱。接見の間と呼ばれるこの部屋は、王の威光を示す空間だ。この荘厳な景色を眺めれば、誰もが畏怖しその頭を垂れる。
一部例外を除いては、だが。
「騎士団長アズマ。戻りました」
アズマは鎧姿で風を切り、国王の御前に現れた。
レイランド王国の国王は──まだ王としては若かった。齢は十六。即位も去年。その上ひ弱で軟弱で、とても王とは思えない姿だ。
「おおアズマ! 遅かったではないか!」
「エルフの新兵器の解析に、私も駆り出されておりました」
「そうであった! 鉄機兵の知識でお前に叶う者はいないからな!」
自分の出した指示も忘れている。これでは威厳が出ようはずもない。
しかしだからこそ彼の右側に、知恵を貸す面倒な男が居た。ローブ姿の賢者フレイドだ。
彼は素早く首都へと舞い戻り、アズマより先に謁見していた。
「アズマよ。王の御前であるぞ」
「すまないフレイド。王とは彼が──幼少期よりの顔見知りなのだ」
レイランド国王の御前でも、二人の男は衝突していた。いかにも険悪なる雰囲気だ。鈍感な王でも感じる程に。
それ故に王は話題を変えた。
「そ……それよりエルフの新兵器だ! アズマ。あれはいったい何なのだ?」
「エルフの機兵でしょう。おそらくは。材質こそ鉄機兵と違うが、構造は存外似通っている。整備士達はアレを木機兵と」
「うむ。では我らもそう呼ぼう」
幸い王の策は成功し、とりあえず兵器の話となった。
だが空気を読めない駄目な王だ。
「しかしアレを持ち帰った騎士には相応の報酬を与えねばな。勲章授与式も盛大にしよう!」
彼は直ぐに間違いを口にした。
「その件についてなのですが、騎士ズズニから要望があります。なに大した事ではないのです」
「おお! なんでも言ってみるが良い! 叶えられる望みなら叶えるぞ!」
アズマの要望に王は応えた。
それを聞くとアズマは笑みを浮かべ、ポキポキと両の拳を鳴らす。そして──瞬時に距離を詰め、フレイドの顔面を殴りつけた。
魔力を込めた騎士団長の拳。それを受けて無事で済むはずもない。吹き飛んで壁に叩きつけられて、落ちたフレイドは鼻血を垂らした。
「ふむ。爽快だ。実に気持ちいい」
アズマはそれでようやく気が晴れた。
「あ、あ、アズマ! 行き成り何をする!」
「王がお許しになられたのですよ。それに奴も賢者の端くれだ。この程度で死んだりはしますまい」
国王は大いに慌てているが、それを含めて更に爽快だ。
「おにょれアズマ! おぼえておれよ!」
「ふん。貴様には付き合っていられん。王よ、私は引き続き──あの兵器について調べて来ます。では失礼」
アズマは笑いながら、その場を優雅に立ち去った。
王の護衛を含めどの騎士も、そのアズマを止めることなどは出来ない。それがこの国の現状を、雄弁に物語り叫んでいた。
評価感想お待ちしてます。
追記:シーン1頭に状況説明を追加しました。
追記2:新三話を差し込んだため整合性を保つために部分的に修正しました。話数も変更しています。