リディはそれでも冷静である
R15指定
流血注意
「君は何故優秀なのに官職を目指さない? 何か、他にやりたい事でもあるのか?」
初めて彼に出会ったのは、7年ほど前。
酷い飢饉に襲われる前の年。
父親に連れられここに訪れた彼はその時、まだとある男爵家の息子だった。
少し会話しただけで彼はとても優秀な少年だと気がついた。しかも、魔力もそれなりに強かった。
だが、彼は欲がなく自分のその才能を生かし、上にのし上がる気はないようだった。
それを聞いて、とても残念に思った事を覚えている。
それから暫くその少年と会う事は無かった。
後に彼の家は賊に襲われ父親は死に体が弱い母親も後を追うようにこの世を去ったとだとか。
だが、それも今となっては真実だったのか分からない。
それから数年経ち、彼はバーゼルハイム家の使用人になったと知った。
私は、マチェスタを好ましく思っていた。
それは、彼は無欲だと思い込んでいたからかも知れない。
「苦しいですか? リディ様? 申し訳ありません。用が済んだらすぐ楽になりますので」
成る程。
私は最初からお前の計画の一部だったというわけだな?
そして用が亡くなれば殺すだけか。
つまり、私がお前に殺されるのは目的のついでなのだな?
お前達、皇帝の私をとことん舐めきっているな?
マチェスタが仕える公爵家の令嬢をダシにして、ここに出入りし、この日の為に入念に準備を進めたのか。
お前の体に刻まれたその刻印・・・マチェスタ、貴様。
「どうやって、禁呪に、関する書物・・を手に入れた?」
「はは! 申し訳ありません。ゆっくりお話ししている暇は無いようです」
私を捉えているこの結晶。これは、アースポントだな?
コイツ、アースポントの仕組みを理解し利用したのか?
「君、メリルの騎士なんだって? でも、いいのかな?リディ様は君のご主人様なんだよね? 逆らったら殺すよ?」
「どのみち殺すつもりなら同じだろ? それに、俺はメリルの騎士になった瞬間からメリルの身を守る事に命を使うと決めてるんだよ。リディ様も了承済みだからな!?」
キィイイイイイイン
考えろ。マチェスタの真の目的を。
彼は、一体何の為にメリルを欲している?
禁術を使えばその対価は自分に返ってくる。
マチェスタの体は既にボロボロの筈。
何故なら奴は二度も大きい術を使っている。
そして恐らく今回も。
「はは! 強い。僕剣はさほど強くないからごめんね?」
「テット! メリルを連れてここを出ろ!」
テット。アイツの挑発にまんまとハマったな?
だが、まだ辛うじて正気を保てている。
テットは本当に、分かりやすいな。
「チッ! メリル!」
「テット! 」
そうだ。さっさとメリルを連れて行け!
そして、事態を収拾させろ!
「はぁ・・・しょうがないなぁ・・・」
歯を食いしばれ。
二人共、絶対に、振り向くなよ。
「楽に死なせてあげようと思ったんだけどなぁ?」
振り向くな・・・メリル。
テット、そのまま行け!
ザンッ!
「ーーーーーーーーーッ!!!」
「・・・・え? 」
「メリル!?」
くそ・・・馬鹿が。
人の努力を無駄にしたな、お前。
何故、そこで振り向くんだ!!
「リディーーーー!!」
ビキビキビキビキビキッ
メリルも結晶体に捕らえられてしまった。
これでは、益々テットが手を出せなくなる。
「くそ! メリル!! リディ様!」
「妬けるなぁ。良かったですね? こんなにメリルに想われて・・・腕を失ったかいがあったでしょう?」
酷い痛みで思考が出来ない。
なんとかメリルを逃さなければ。
嫌な予感しかしない。
「う・・・・・ぐぅ・・・」
「リディ! 気を確かに持って! テット!助けを呼んで来て!」
「置いて行けるか! 直ぐ出してやる!」
く・・・そ。血を失えば抵抗が難しくなる。
どうする? このままでは、私はメリルの足枷になる。
それならば・・・・。
「リディ・・・・」
メリル。
なんて顔するんだ。
そんな顔で私を見ては駄目だ。
敵の思う壺だぞ。何故振り返ったんだお前。阿呆が。
あと、なんだろうな?
「・・・・ありがとう・・・・メリル」
「・・・・な、に?」
お前は私にとって過ぎた僥倖だったのかもな。
私は、お前に出会えて幸せになった。
「わた、しを・・・あいして、くれて」
お前だけだ。
お前だけが、なんの見返りも求めずに私の味方でいてくれた。私を求めてくれた。もう、とっくに気付いていたぞ。
だから、私は・・・お前を幸せにする為に、お前を手放すと決めたんだ。
「・・・・・リディ・・・」
「諦めるな、メリル。お前は・・・天才なんだろう?」
考えるのと実際やるのは、やはり違うな。
これは、かなり・・・勇気がいる。
ガリッ
「リディ様!」
「え?」
父様・・・兄様。後は・・・任せたぞ!
「リッーーーーーーーーー」
「お母様。大丈夫ですか?」
「・・・・リディ」
「ええ。大丈夫・・・ねぇリディ。いつか貴方とカスバールの丘から日が昇る所を見たいわ」
「日の出・・・ですか? それなら、今でも」
「きっと、美しいでしょうね。もし、私と見ることが叶わなくてもリディは見るのですよ。貴方の大切な人と共に」
「・・・どうでしょう。それは、難しいかもしれないですね。ですが、善処します」
「ふふふ、ありがとうリディ。愛しているわ」
日の出は見れませんでしたが、かけがえのないものは出来ましたよ。私はそれだけでも結構満足しております。
母様。




