後
「使う・使わないで思い出したけど、弱点ボーナスってあるじゃん?」
「ああ、上のほうでも言ってたな、そういえば」
「実は、この弱点という概念は、環境魔法と深いつながりがあるのだ」
「そうだっけ?」
舟長が首をかしげているが、魔法使いは構わず言った。
ふふふ、という妖しげなほほえみを浮かべて。
「例えば、火山地帯に行くと勝手に炎の属性値が上がるんだけど」
「炎属性の魔法を撃つのに有利な環境が整った、ってことだろ?」
「うん。それと同時に、炎魔法への耐性が上がるんだ」
「なるほど、だから炎属性のモンスターには炎が効きにくいんだな」
属性値は、高ければ高いほど、属性の威力が高まり、相手の攻撃を軽減する。
逆に低ければ、属性の威力は出ないし、相手からも手痛いダメージを受けることになる。
つまり、属性値とは、上げとけば損のないステータスなのだ。
「いくら威力が強いからって、炎魔法を放つんじゃ、全然効率よくないよね。そのために生み出されたのが、弱点という考え方なんだ」
「ふむ。弱点にそんな深い意味があったなんて、いま知ったぞ」
「舟長、ちゃんと勉強しといてよ」
「おまえらは知ってたのか?」
「ううん、初耳」
舟長がアサシンに飛びかかる。
剣士が颯爽と避けて、もみ合っているカップルを冷たい視線で見つめる。
だ、だって、うちでリサーチ持ってるの舟長だけじゃん!
だけではないだろ! オレが主にその役目を負ってるだけで!
そ、そりゃあ、ボクもリサーチアビリティは持ってるけど!
じゃあ、一緒にあとで勉強会な。
やぶへび!
ちなみに、このパーティーは全員リサーチ……弱点判明アビリティを持っているので、このあと魔法使いを教師役にして、全員でお勉強会である。
残念だったね、舟長。
二人っきりの勉強会で、あんなことやこんなことをしようとしていたんだろう?
「妄想も甚だしいわ!」
「舟長、誰に向かって叫んでるの?」
「あ、うん。いや……なんでもない」
弱点の話に戻そう。
弱点となる属性には弱点ボーナスが発生する。
その効果は補助魔法、環境魔法と併用でき、ダメージを1.2倍に引き上げてくれる。
たかが20%、されど20%。
知力・腕力ともに高く、元になるダメージも多いスカイアドベンチャーでは、20%は馬鹿にできない威力上昇だ。
被検体サンドバッグの攻撃を例にとってみよう。
ただの無属性魔法の威力が650。
環境魔法を使っての威力が910。(1.4倍)
さらに弱点ボーナスで威力が1092。(1.2倍)
ついでに補助魔法を使うと、4368。(4.0倍)
200近くのダメージが、増加しているのが分かるだろう。
どんな人物でも、この200分のダメージを、たかが20%だから切り捨てろとは言うまい。
「だから、火山地帯での理想の戦いかたは、地形を味方につけてモンスターからの攻撃を軽減しつつ、弱点属性の環境魔法を使って最大1.68倍のダメージを与える……ってとこかな」
「1.4 * 1.2で1.6倍、1.7倍近くか。でも使われないんだよな? 弱点って」
「そう。最初のほうで舟長が言った通り、環境は上げる以外にも下げられるんだ」
「下げる……か。相手の環境を変えるんだな?」
「うん。大ダメージを与える手段は二つある。一つは弱点ボーナスで威力の底上げをする方法。もう一つが、相手の属性値を変えてダメージ量を増やす方法」
敵の環境すら操作して、不利な状態に変えてしまう。
それが環境魔法のもう一つの顔だ。
人為的に弱点を発生させる、と言ってもいいだろう。
人間は基本、弱点を持たない。
弱点を持つのは、特殊な環境に住み続けたモンスターばかり。
火山や海にいるモンスターは、常に魔法属性に影響されながら暮らしているため、属性相関に沿った弱点を持ちやすいのだという。
一方、人間は、危険な場所は避け、安全な場所を探して生きてきた。
それはすなわち、魔法属性に影響されにくい場所を、永住の地として求めてきたことに他ならない。
それが、人間に弱点のない理由だと推測されている。
「そうか。冒険者でもなければ、戦う相手はいつも人間だもんな」
「冒険者のほとんどが弱点なんか知らないと思うんですが」
「だって、おまえ……すべての弱点に対応できる魔術師って、エレメントマスターだぞ? だったら、冒険者なんかじゃなくて、もっと偉い地位に着いてるに決まってるだろ」
九属性のカラフルエレメントマスターである魔法使いは首をかしげる。
なにを奇妙なことを。ここにいるじゃないか。
「おまえは、最初から九属性使えたんだっけ?」
「ううん。最初は……聖属性だけ、だったはず」
「それから、いろんなモンスターと戦うために、ほかの属性も覚えてくれたんだよな」
「そうだよ。褒めて、褒めてー」
「それは斧戦士に譲るわ。人の寿命とか、良い師匠の出会いとか考えると、普通の魔術師が持てる属性は1~2が限界なのかもな」
斧戦士にもみくちゃにされる魔法使い。
きゃあきゃあ、楽しそうな悲鳴が聞こえる。
魔法使いさんも偉い地位が欲しいの?
できれば!
よーし、分かった。斧戦士さん張り切っちゃうぞー!
あれ、斧戦士さん、どこ行くの?
ちょっと王宮行って、現役の魔術師長拉致ってくる。
……殺さないだけましか。
ちょっと目を離したすきに、不穏な雲行きになっていた。
舟長は、玄関から出ていこうとする斧戦士を止めようとした。
「ちょ、ちょっと待て!」
「もう、舟長うるさい!」
「ぎゃー!」
悲壮感たっぷりの悲鳴に、残りの三人が玄関に集まった。
そこにはきれいに真っ二つになった舟長が転がっていた。
驚いて、目を背ける魔法使い。
剣士は覗き込んで、きれいな切り口だなと、感心している。
アサシンは、怨嗟の声を上げんとする舟長の霊を見て、身体だけ治してやる。
動けない舟長を玄関に残したまま、三人はリビングに戻った。
「どうせ、ホントに拉致ってはこないでしょ」
「あっちも相当な実力者だろ? ほっといて大丈夫だ」
「冒険者(戦士)に負けたとあっては名が廃るしね、うまくやるんじゃない?」
おい、こら、蘇生しろ! 蘇生してください!
舟長の霊がそう叫ぶが、誰もが聞こえないふりをする。
そうこうしているうちに、斧戦士が帰ってきた。
ワープで魔法使いのそばに現れたので、これまた舟長はスルーされる。
「あ、おかえりー。どうだった? 相手の魔法は」
「なんか、今日休みでいなかったみたい」
「なんだ、残念。本職の環境魔法がみられるかと思ったのに」
「いや、こいつ見た目戦士だし、環境魔法も撃たずに、ワンパンじゃね?」
好き放題言われつつ、斧戦士は魔法使いの隣に座った。
「ごめんね、まずは現職の排除かと思ったんだけど」
「いいよー。わたし、まだ冒険者してたいし」
「そっか。じゃあ、まだ温存しておく」
ついに何もしゃべらなくなった舟長と、サンドバックの視線が合う。
オレの駒になるなら蘇生してやっても……ぐえ。
最後まで言えなかったサンドバッグである。
彼のお腹には黒い矢印のようなものが刺さっていた。
もちろん、犯人は斧戦士である。
サンドバッグの前に仁王立ちした彼は、非常に機嫌が悪そうだ。
険悪なムードで見つめあう二人は放置して、三人は舟長のもとへ。
今日のおやつをお供えしてる場合か! 頼む、助けてくれ!
わめく舟長はもちろん、スルー。
三人は舟長の死体のそばに座って話し始めた。
「そういえば、聖と闇だけ、属性値の状況が違うんだっけ」
「厳密には、日陽と月陰もだね。こっちは見えないから、どういう風になってるのか、想像することしかできないけど」
「そういえば、ステータスには表示されないんだったな」
剣士が確認すると、魔法使いはコクリと頷いて説明を始めた。
「聖属性と闇属性は、環境魔法の使用に注意が必要な属性だよ」
「注意?」
「聖属性と闇属性は相反する属性同士だから、聖属性を強めれば闇属性が弱くなるし、闇属性を強めれば聖属性を弱めるんだ」
「聖属性の弱点は闇、闇属性の弱点は聖だよ」
「すると、闇属性のモンスターが出たときが、環境魔法の出番か」
「待って、環境魔法って属性の耐性も上げたり下げたりするんだよね?」
アサシンが何かに気付いて声を上げた。
霊体の舟長も難しい顔で考え込んでいる。
『それって、下手に聖属性だけ高めると、敵の闇属性攻撃で即死しかねなくないか?』
闇属性のモンスターは、当然、闇属性攻撃を放ってくる。
威力を高めるために聖属性の環境魔法を使うと、闇属性に対する耐性が減少してしまう。
1ターンで倒せるならまだしも、のんびりやっていてはこちらの命が危ないのだ。
「舟長、大当たり!」
『一等賞の賞品は蘇生でいいです』
「もー、そんなに生き返りたいの? えい、リバイブ!」
床に突っ伏していた舟長が、よろよろと起き上がる。
魔法使い印のリバイブ――蘇生魔法は、体力を全快にする。
舟長は五体満足に戻った。
「はあ、助かったぜ。魔法使い」
「どーいたしまして!」
にっこり笑う魔法使い。
ほどなくして、向こうのにらみ合いも決着がついたようで。
壁に飛び散った血痕を斧戦士が拭いている。
サンドバッグの死体はすでになく、いつも通り牢屋に転送されたらしかった。
「さて、全員集まったし、弱点に関する勉強会でもやるか?」
「さっきので十分でしょ」
「魔法使いさんが疲れてるので却下」
「ねーわ」
「……魔法使い、おまえは?」
誰も協力者がいないなか、舟長は残った一人に問いかけた。
魔法使いは目をぱちくりさせている。
「おやつ食べたい」
「そうか。じゃあ、おやつの準備するか」
予定は未定。
諦めた舟長は、まず台拭きを取りに台所へ向かうのだった。




